第三章 第四話 ~ 力ある者の論理 ~
いくら自分の欲望の儘に振舞うと決めたところで……サーズ族の居住区ではそう美味い物がある訳でもない。
贅沢をしようにもそもそも水も食糧もろくになく、むしろ俺が口にしている食料と呼び難い粗食こそが彼らにとって贅沢なのだ。
……正直、帰還に一週間もかかるという制限さえなければ、こんなクソみたいな場所、とっとと立ち去りたいのが本音である。
そんな儘ならない現実に嘆息しつつも俺は、傍らに昨夜の包帯の少女を侍らし……食事というよりは餌という味の食事を口に運ぶ。
塩辛い以外の感想が出てこない食事に辟易した俺は、犬に餌を上げるのとほぼ同じような感覚で、口元に食べ物を運べば反射的に食べてくれるその少女に餌付けをしつつ……まるで寵愛を与えているかのようにあちこち撫でまわす。
──こうでもしないと、コイツが食べ物に変わっちまうんだよな。
内心でそんな言い訳をしつつの行為ではあるが……一応、俺としてはこのぶっ壊れた少女のことを、思いのほか気に入ってしまっていた。
捨て猫に一度でも触れると、置き去りにするのにも後ろ髪が引かれるように……こんな正気を失い顔に大きな火傷痕がある、性的な対象にならないほどに幼い少女であっても、一晩抱きしめて寝たことで情が移ってしまったのだ。
……まぁ、撫でまわしていると言っても痴漢が電車の中でやるような性欲の対象としてのソレとは全く異なり、動物愛護家がペットを撫で回す感覚でしかなかったが。
それでも、生き物の子供を撫でまわすというのは気分が良いものである。
アニマルセラピーとかいう言葉がある通り、自分よりもわずかに体温の高い小動物に触れる行為は、何と言うか殺伐としていて心まで乾くようなこの世界で、俺が出会えた唯一の癒しと言っても過言ではないだろう。
「どうやらソヤツをお気に召しましたようで。
我々としても御身に満足頂けたのならば、昨日粉骨砕身、頑張った甲斐があったというものです」
「……まぁな」
その頑張った内容が、既婚女性たちを無理やり連れて来たことだと知っている俺は、チェルダーの言葉を適当に聞き流しつつ、全く別のことを……この食料も水もない世界で、どうやって自分の欲望を満たそうかと考えていた。
尤も、こんな場所で満たせる欲望なんざたった一つしか存在していないのだが。
──綺麗だった、な。
……そう。
俺が思い出していたのは、戦場で出会ったあのセレスという名の美少女のこと、だった。
何しろサーズ族の中で手に入るのは人妻か、もしくはこんな心の壊れた少女だけなのだから、美女・美少女を欲する俺が他所の女に目を向けたのは至極当然のことである。
以前、戦場で出会った彼女を……金色の髪に青い瞳、白銀の鎧に覆われた白い肌をそれぞれ思い出した俺は、心の中で「どうすれば彼女を手に入れられるか」を真剣に検討し始めた。
そうして少女の姿を思い出していると、ふと気付く。
セレスの胸元に踊っていた、×と〇を組み合わせたような……恐らくは聖印と呼ばれる忌々しい飾りのことを。
彼女たちがラーウェアの戦巫女と呼ばれていることから察するに、恐らくはアレが創造神ラーウェアとやらの聖印、なのだろう。
「そう言えば、創造神ラーウェアって何だ?
あちこちで聖印を見かけるが」
「この世界を創ったと嘯く、万能を騙る神のことでございます、我が主よ。
我らサーズ族とべリア族両者の信仰を集め……されど誰も助けなかった無能のクズの呼び名です」
破壊と殺戮の神とか呼ばれていながらも、べリア族やサーズ族……この世界の信仰をさっぱり知らなかった俺が、何となく口にしたその疑問に返ってきたのは……凄まじい憎悪の込められたチェルダーの声だった。
その憎悪に当てられたのか、それとも俺の手が妙なところに触れたのか、俺の腕の中で少女が一瞬だけ身体を固くする。
……尤も、心が壊れているこの少女のことだから、そんなのは所詮ただの反射に過ぎないのだろうけれども。
「神話は語っております。
この世界は、創り出す神であるラーウェアと滅ぼす神であるンディアナガルの両柱による、善と悪が相争う世界であり……
そして世界の滅びの時、創造神ラーウェアは破壊と殺戮の神ンディアナガルの手により討たれ、全ての人々は神の御許へと導かれると」
彼らの神話なのだろう。
そんな説法をチェルダーは熱く語っていたのだが……宗教の話なんざ、俺にとっては関心のある話ではなく、この山羊頭の神官が話す言葉は全て、ただ右から左へと聞き流すばかりだった。
そもそも俺が興味を持っていたのは、サーズ族の行く末でもなければ、この世界の神々でもなく、ましてや俺のこの無敵の力の出どころでもなく……ただ、「あのセレスとかいう美少女の身体はどんな感触なのだろう」というただ一つの欲望だけだったのだから。
「……で、その神が遣わした存在とやらがあの二人の……」
「ええ、あの戦巫女共でございます。
連中の切り札にして、我らの戦士たちを次々に屠りし悪魔の使徒。
一体どれだけの者どもがアイツらの手にかかったことか……」
だからこそ俺は、興味が欠片も湧かない宗教論へと達しそうになったチェルダーの話を強引に捻じ曲げ、あのセレスとかいう少女の話題へと誘導してみる。
チェルダーが俺のそんな内心を察したのかどうかは定かではないが、一応俺の誘導に乗る形で、話題をあの二人の戦巫女へと移してくれていた。
「切り札、なのか?」
「はい。
重要な戦にはほぼ先陣を切って現れ、我らの陣を崩し拠点を破壊し……
サーズ族虐殺を先導した、最悪最低の連中にございます」
──へぇ、あんな綺麗な顔をして、実は凄い連中なんだな。
言われてみれば確かにすごい槍術を使っていたなぁと思い返しつつ、適当に話を聞き流していた俺は、不意に脳裏を過った一つの真理に気付いてしまう。
──今の俺は力の権化。
チェルダーが告げる神話の片割れにして、世界を滅ぼす破壊と殺戮の神の化身であり……その無敵の力によって、どんな我儘でも許される存在である。
……だったら。
──欲しい女がいるんだったら……
──力ずくで奪ってしまえば良いだけ、じゃないか?
……そう。
今、ハーレムにはこの小学生を出たばかり程度の、性欲が湧きすらしない小娘一人しかいないのだ。
こんな小娘を相手にするよりは、一目で心を奪われるほどの美少女をハーレムに入れて好き放題したいと思うのは当然のこと、だろう。
現実問題、こうして異世界に連れてこられてまで苦労している俺の、念願の初体験の相手として……あの美少女ほど相応しい存在はいやしないだろう。
「はははっ、そうか。
そうだよな」
そう結論付けた俺の口からは、知らず知らずの内に笑いが零れ出ていた。
女性を力づくで我が物とするような行為は、日本では犯罪と呼ばれてしまうことだろう。
それも……一度でもやらかせば、警察に捕まって人生が終わってしまう類の、凶悪犯罪と呼ばれる代物である。
──だけど。
ここは日本とは縁も所縁もない異世界の、しかも法の手の及ばない戦場なのだ。
そしてどんな理由があったのかは知らないが、俺は軍ですら止められない無敵の存在に……法を護る必要すらない超越者となっている。
そんな俺が、堅苦しくて他の連中と足並みを揃えるための法律を守らなければならない理由なんざ、一体何処にある?
「あの、我らが主よ。
何か楽しいことでもありましたでしょうか?」
「いや、確かお前たちは食料が足りないとぼやいていたな?」
知らず知らずの内に笑みが浮かんでいたのだろう。
俺の笑みに気付いたチェルダーがそう問いかけてきたのだが、素直に理由を話す訳にもいかない俺は、話を逸らすためにそんな問いを返していた。
「え、ええ。
……確かに、我らは未だ絶滅の危機に瀕しております」
「だったらもう一回、連中から食料を奪ってやれば良いって訳だ」
チェルダーにそう言い放った俺が浮かべていた笑みはよほど凶悪だったのだろう。
近くに並んでいた、明らかに邪教徒らしき黒マントたちからさえ、抑え切れない困惑の声が漏れ出ていた。
だけど、こんな連中の内心など……俺にはどうでも構わないような些事でしかない。
こんな色気もない黒衣の神官連中に好かれたところで意味なんてない以上、コイツらの機嫌取りに体力気力を要するつもりなんざ欠片もないのだから。
ついでに言えば、あのセレスとかいう戦巫女の立ち位置がようやく分かった以上、こんな連中に構ってやる暇など、俺の中には存在していなかった。
──切り札、ね。
そう聞くと、べリア族が暮らす都市の奥深くに仕舞い込まれて、どう足掻いても手が届かない存在のように思えてくる。
だけど。
切り札というものは、必要な時に切るからこそ切り札と呼ばれるのである。
──つまり、べリア族の連中を追い詰めさえすれば……
──俺は、あの美少女にもう一度会えるって訳だな。
そして、出会うことさえ出来たならば……俺はこの破壊と殺戮の神の力とやらを用いて彼女を圧倒し、この腕に収められることだろう。
「……ああ、楽しみ、だな」
俺は次の戦いで訪れるだろう、自らの未来に思いを馳せ……軽く笑みを浮かべると、小さくそう呟いたのだった。
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