113 女装メイド生活1日目

 扉が開かない。

 隣ではサーニャさんが心配そうな顔で僕を見ている。

 いち早くここを開けてサーニャさんの弟を探さないといけない。

 のに。



「失敗したの?」

「大丈夫。もう一度補助魔法をかけるから」



 もう一度マナオールアップをかける、今度は体の中心にある魔力を全身に流れるようにだ。

 ドアノブを触ると、一瞬で力が抜ける感覚に陥った。



「っ!?」

「ちょ、だ、大丈夫顔青いわよ」

「え。うん……ごめん。サーニャさん少しドアノブを触ってくれるかな?」

「別にいいけど」



 サーニャさんがドアを触っても鍵は開かなかった。



「やっぱりあかないわ」

「力が抜けるとかない?」

「無い」



 と、言う事は僕だけなのか。

 ええっと、どうしよう。

 基本的に僕は自分で決める事が嫌なのだ、だって何をしても怒られるから。



「とりあえず今日は少し様子を見よう」

「はぁ? 貴方ってA級冒険者なんでしょ? え、こんな感じで諦めるの? もしかして私の体を前払いでっ」

「サーニャさん少し声が大きいです。ルシ、シルもいるし」



 サーニャさんの声が小さくなる、振り返ると同じ部屋に詰め込まれたルシもシルもベッドの中で寝ていた。

 お腹がいっぱいになり、安心したのかな?



「……わかったわ。明日こそ頼むわね」

「う、うん」



 サーニャさんはベッドにもぐりこむと体を小さく丸めた。

 僕も空いているベッドに仕方がなくはいり、目を閉じた。



 ――

 ――――



 目覚まし用のベルがなり強制的に起こされた。

 近くの箱を叩くとその音が止まる、同時に部屋の扉の鍵が開いた音がした。



「ねむい……リバーあともう少し寝かせて」



 僕は布団に包まると、突然に腕を叩かれた。



「いっ!」

「何寝ぼけてるの?」

「あれ? サーニャさんどうしてここに?」

「いつまで寝ぼけてるの!!」



 怒り出した。

 サーニャさんの弟を探すのに潜入したんだった、僕も成り行きで手伝う事になり昨夜は僕のマナオールアップの不調で不発に終わった。



「とりあえず、朝食作りにいこう。ばれないように仕事をしたほうがいいと思うんだ」

「…………そうね。少しでも油断させて情報が欲しいルシ、シル」

「「はーい」」



 二人が返事をすると部屋から出て行く。

 僕も最後に部屋から出ると勝手に鍵が閉まった音が聞こえた、試しに開こうとするも空かない。


 4人で固まり厨房にいく。

 厨房には箱があり食材が山の様にあった、張り紙には使いすぎ注意とかかれていて、調理をしろって事だろう。



「ラックさん。得意な料理は?」

「無いよ? 焼くと煮るは出来る」

「…………聞いた私がバカだったわ、あのドキフを起こしてきて」

「一応様つけたほうがいいよ」



 にらまれた。

 大きな屋敷の廊下を一人で歩く、窓や床をみても汚れていないので掃除はちゃんとされているのだろう。

 大きな扉の前で『ドキフ様の部屋』と看板が立っている。



「うっ」



 一瞬昨日の僕のファーストキスが思い出された。ヒゲ口周りにあたり、口の中に……慌てて窓を開けて胃の中の物を吐き出す。

 下に誰もいなくてよかった。


 何度も深呼吸してそっとノックをした。



「ドキ――ぶこっ!」



 扉が外側に開き、僕は鼻をぶつけた。

 長身のドキフさんが僕を見下ろしてきた。



「おはよう子猫ちゃん☆」

「お、おはようございますドキフ様」

「部屋の前でげーげーしていたら、寝ていても起きるわ。気分が悪いのかしら、体が硬くなっているわね、堅くなっていいのは先端だけよ?」



 色々とギリギリな発言だ。

 でも、ぱっとみ女性にしか見えない、ヒゲだって見た感じは生えてない……そったのかな?



「朝食の準備をしております!」

「ラック君と言ったわね、主人を起こすのであれば朝食の準備ができてから起こしてちょうだい」

「ごもっともです」



 見た目だけは女性のドキフさんと食堂に入ると、ルシとシルが料理を運んでいた。

 サラダ中心にパンとスープなどである。



「今回のメイド達は手際がいいわね、さて頂くわ」



 ドキフさんが椅子にすわり料理を食べていく、僕らの事を信じているのか、毒見などはしない。そりゃそうか……? いやでも僕が考えすぎなのかな……。



「さて、ドキフお姉さまは食後の後、美容入浴をするわよ……そうねぇ……ラック。このドキフお姉さまと一緒に入りなさい」

「いっ!?」

「嫌なの?」



 当たり前だよ! だって、この人。女性が好きな心が女性だけの男性で、僕が男ってしったら『もぐ』って言ってるんだよ!



「こんなに美しいのに?」



 ドキフさんは胸のしたで手を組む、豊満な胸を強調してどこからどう見ても綺麗な女性。



「えっ……まぁ……そうですよね、一緒に――」

「ド、ドキフ様」



 サーニャさんが横から会話に入ってきた。

 そのとたんにサーニャさんの前にムチが飛ぶ。

 危ない、思わず一緒に入るって言う所だった。



「ドキフお姉さま、もしくは――」

「申し訳ありませんドキフ女王様」

「はい。ええっとサーニャと言ったわね、何かしら?」

「わ、私が一緒にお入りします!」



 青ざめた顔でサーニャさんが代わりを申し込んでくれた。

 男の僕としては嬉しいけど、補助魔法師ラックとしては、もしくは冒険者ラックとしては変わってもらう事は駄目だろう。


 



「あの、僕じゃなくて代わりにサーニャさんでもいいでしょうか」

「どうして?」

「ええっと、恥ずかしいので」

「んまー! 可愛いわ。じゃぁ仕方が無いわね……ちびっこは小さすぎるし、サーニャ。食事が終えたら手伝いさない」

「は、はい……」



 サーニャさんが小さく返事をする。

 ごめんなさい、僕としては精いっぱい謝ります。



「そんな青い顔をして同僚を守るだなんて素敵……安心して、男と違って直ぐに手を出す事はないわ。お互いにピュアな気持ちよ☆ 後の三人は……そこの予定表に沿ってちょうだい」



 じゃぁなんで僕の唇を奪ったんですか!? と問いたいけど怖いので黙ってる。

 ドキフさんが食堂から出て行く、すぐにサーニャさんを見ると小さく震えているのが見えた。



「ええっと……ごめんなさい」

「べ、別にいいわよ! 貴方が男ってわかったらその、アレをもがれるんでしょ……私の弟探しも困るし。そ、その代わり私が時間を稼ぐから弟の手がかり絶対に見つけてよ!」

「うん」



 僕としてはそう返事するしかない。

 小さいルシとシルはまだよくわかってなくて、サーニャ達と一緒にお風呂入りたい……など言ってくる。



「二人とも、後で入る時間を聞いてみるから」



 そういうと双子のメイドは素直に言う事を聞いてくれた。

 僕は予定表を見ると、屋敷の掃除、食糧の確認、庭の手入れ、晩食の用意、寝床の用意。食事、入浴時間など書かれている。

 後はご丁寧に立ち入り禁止の部屋まで書いてある。


 その下に1日銀貨5枚という金額書かれていてこれが給金なのだろう。


 うん。うわさに聞いていたとは反対にまともだ。

 なんだったら高待遇まであるんじゃ、リバーがいれば確認出来るんだけど、早く助けに来て欲しい。


 なんで行方不明が起きるんだろう、それを調べるのが僕の仕事なんだけどさ。

 食事を終えてサーニャさんが青い顔で出て行った。


 シルとルシは食器を片付けに厨房に行く。

 僕は手が空いたので掃除道具を持って屋敷を調べる事にした。



「さて……どこから回ろうか。やっぱり地下の立ち入り禁止の所だよね……場所は入浴施設の横だし」



 深くため息をつく。



「っと、その前に」



 マナオールアップ。

 静かに口を動かして呪文を唱えると全身から力があふれてくる。

 手に持ったホウキをぐるぐると回すと手になじんできた。



「うん。魔力はある……と言う事は魔法封じの罠なんだろうか……こうなると」



 僕はもう一般人以下だ。

 D級冒険者の実力以下だよ? 何も出来ない。でも手がかりは見つけないといけない、自分も逃げないといけない。


 つんだ! という奴だ。



「いっその事泳いで逃げる?」



 窓の外から湖を見る。

 この屋敷が湖の中央にあるといっても僕が全力で補助魔法をかければ逃げる事は出来るだろうなぁ。



「…………はぁ。そうもいかないよね」



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る