054 ラック強制的に移動させられる

 僕の体の上でミリアさんが馬乗りになっている。

 大きな胸が邪魔してミリアさんの顔半分が隠れているので、その凄さを改めて実感した。

 ミリアさんの手には木剣が握られており、僕の耳近くの地面へと突き刺さる。



「私の勝ちだな」

「僕の負けです」



 暫く見つめ合った後に馬乗りになったミリアさんが僕の体からどいてくれる。

 少し重かった。とは正直な感想を今は黙っておく、余計な事を言ったら本当に殺されるかもだから。



「ラック本気でやってるのか?」

「本気ですよ……ほ、ほら補助魔法も使ってますし」



 1回だけだけど。

 僕とミリアさんがなぜ戦っているかというと、リハビリのため。

 僕としては、そんな必要は無いけど、ミリアさんの体がなまる。という事で一緒にトレーニングをしている感じだ。


 最近では無理をしなければ足の痛みは余りないとの事、これもそれも僕の補助魔法とリバーの薬が効いたおかげだろう。と喜んでいた。



「まぁいい、次は補助魔法を3回かけて戦おう」



 いやいやいや、そこまで全力で練習はしたくない。ええっと……どうするべきか。

 ミリアさんは僕に手を差し出して体を起こすのと手伝ってくれる。

 あっそうか。



「わかりました。アームマナアップ、アームマナアップ、オールマナアップ!」

「ばっ!」



 ミリアさんが僕から離れたけどもう遅い。僕は3



「ラック! 私にかけてどうする! こうなるとラックは自分自身に6回はかけて勝負する事になるぞ、流石に体の負担が」



 嫌だよ……。



「えっと、僕ではお相手無理なので、ナイに頼もうかなって……」

「逃げるんだな」



 ミリアさんの顔が不機嫌になってきた。

 多分これは何を言っても怒られる。



「えっいや、はいっ!」

「………………」

「待ってください! これはミリアさんのためを思ってです」

「私の?」



 よかった。とりあえず話は聞いてくれそうだ。



「僕の補助魔法ってその危ないじゃないですか……僕自身も最高で多分5回が最高です」

「そこまで行けるのか……体の痛みは?」

「えっ? いや最初の事は痛かったですけど、最近は特になかったですね」

「それは凄い、私の方も以前よりは動ける」

「よかった」

「じゃぁ、ラック武器を構えろ」

「はい! ……………………いや、そうじゃなくてですね」




 ミリアさんの自然な流れで僕は木剣を手にする事だった。

 小さい舌打ちが聞こえたようなきがする。



「少し体を休ませたい。というか、ナイも最近暴れたりないと思うので……」




 中庭で洗濯物を干しているナイのほうをみる。見られたナイは会話を聞いていたのか。小さく返事した後に戦闘用のハンマーを袋から出した。




「ほら、やる気いっぱいですし」

「殺す気の間違いだろう。仕方がない……彼女に木剣を使う様に伝えてくれ、ラックは下がって良し」

「そうします!」 




 なぜかリバーと一緒に働いているナイに僕はバトンタッチする。

 ナイは強い。


 指を取ったりつけたり、剣で刺されても死なないし、ナイ曰く不死身ではないらしいが、今の僕やミリアさん相手なら余裕で戦えるだろう。



「ナイ。交代しよう、リバー、ナイを借りるよ。ええっと全力は出さないように……練習試合だからね」

「ん……」



 大きなハンマーを袋にしまうと僕の持っていた木剣を手渡した。

 ナイはしばらく木剣を見た後に道具袋へとしまう。



「いや、しまわないで」

「ん……」



 収集癖があるのかもしれない。

 とにかく、これで僕の今日のリハビリは終わりだ。強い人には強い人が戦えばいい。

 近くの椅子に座って汗を拭く。



「うわああああ!」

「おっと、冷たすぎたですかねラック様」

「リ、リバーか……うん。背中に冷たいのをいきなりつけないで……」

「冷水で絞ったタオルですよー気持ちいいですよー」



 うん、今日も話を聞いて無いようだ。



「ありがとう」



 受け取って顔などをふくと本当に気持ちい。



「ラック様、使い終わったらこちらに」



 リバーはガラス板を二枚持っている。

 なんで?




「一応聞くけどそれは?」

「いえ、そのタオルをガラス板にはめ込んで額縁に入れようかと思いまして」

「ど、どうして?」

「ラック様が偉くなった時にプレミア価格で売ります♪ 汗が染み込んだタオルなどマニアの間では高額で売れるんですよ」



 目が真剣だ。

 さすがに売れないよ……それにそれが売れるなら下着のほうが売れるでしょ。

 もちろん、だからと言って下着を出すつもりは無い。



 リバーを見ていると木の裂ける音が突然に鳴る。


 視線をあげると、ミリアさんとナイが木剣を撃ち合い、お互いの木剣が壊れた音だ。


 勝負は引き分けかな?

 ミリアさんが黙って手を出すと、ナイがその手触って舐め始めた。


 いやいやいや。



「犬猫かな?」

「魔族には握手って表現ないんでしょうかねぇ」

「あっそういえばリバー! そのナイってなんでついて来たの?」



 聞くのを忘れていた。

 当然のように僕達と一緒に朝食を食べ、運動し、リバーの仕事を手伝い、夕食や入浴をすませて、リバーと一緒に寝て朝起きる。

 こんな生活がもう6日ほど続いていた。


 何か目的があるならそれに沿ってあげたい。



「死んだラック様を担いで魔法陣まで送ってくれた後、そのままついてきましたね」

「そ、そうなんだ」

「ラック様がご迷惑なら、今から追い出しましょう! リバーが説明してきますね」



 走り出すリバーのメイド服を掴んだ。

 小さい悲鳴を上げてリバーが咳き込み始める。勢いが良すぎて首が締まったっぽい。



「ご、ごめん!」

「だい、リバーはだいじょうぶ……です……」



 絶対に大丈夫じゃない。



「迷惑じゃないから大丈夫だよ」



 よく考えたらあの大きなダンジョンの中、ノイは一人だったに違いない。

 そんな場所にまた置いていくは、普通の神経なら出来ないよ。


 あの墓もきっと大事な人の墓だったに違いない。きっと寂しかったんだろうな。暫くは一緒にいてあげてもいいし、他の魔族を探すのもいいのかもしれない。何所にいるか知らないけど。


 どうせ今の僕には予定もないし。



 汗を拭きながらミリアさんが戻って来た。

 練習試合は終わったのだろう。



「ラック、体に痛みが生じて来た。私は部屋に行く」

「あっはい」

「3日後には全員で王都にいくから、それまでにはなおす」

「はい、わかりました」



 ミリアさんが足を庇いながら部屋へと歩いていく。

 補助魔法の耐性がついたとはいえ、3連かけではやっぱり体が痛くなるらしい。


 師匠からも3日に1回ぐらいが丁度いいと思うよ。と、言われていたからなぁ……流石に僕も反省する。

 3日後には王都かぁ。



 え?



「リバー!?」

「はい、リバーです」



 僕のパンツを干し終わったリバーが駆け寄ってくる。



「3日後って、え? 初めて聞いたんだけど!?」

「あれ、ああ。言ってませんでしたね。ミリア様の旧友の方と連絡が取れ行く事になったんですよ? ミリア様曰く、ラック様の冤罪が晴れるそうですし」



 それは嬉しい。

 でもその、僕としては、隠れながら一年ぐらいはここに住むんだろうなって考えていて。


 後問題がある。



「それは嬉しいんだけど……ナイの事はどうするの?」



 木剣を振りまして嬉しそうなナイをみる。

 口数が少なく笑顔だけど魔族だ。



「わかりました。リバー、ナイを元の場所に返してきます!」

「まったまった! ミリアさんにも言われたけど、拾ってきた以上元の場所に置いておくのは……罪悪感がやばい」

「ここに置いては……」

「封印するのでそれでよければ……大丈夫ですラック様、忠犬は何百年たっても待ってると言いますし、置いていきましょう」



 何百年もたったら犬だって死んでるよ。



「連れてくよ……その前にナイ自身の事も聞いておきたいし」

 

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