019 褒美はとても嬉しい物ですけど、流石にそれは……

 おどろく事があった。

 剣が軽い。


 昔グィンからもらった魔法剣。羽のように軽い魔法がかかった剣を振った事があるけど、それに近い軽さだ。


 結局あの剣は借金の返済で取られたけど。


 何度も剣を振ってその重さを確かめる。



「流石はエルフの従者か。だがこちらもエルフの騎士として全力で行くつもりだ」



 対面のザックさんが僕を見ては口元を動かす。



「従者ではないですし、ええっと、手加減をお願いします」

「ふっ怪我人だからと言って手を抜かないで欲しい。俺は今自分を鍛えなおしたい!」



 ザックさんが剣を下に振り下ろしながら走って来た。

 

 下からの斬り上げ。


 忘れがちなんだけど眼鏡をかけているのでその動きは良く見える。

 それに、その使



 振り上げた剣を途中でピタっととめての切り落としの連撃二段斬り。



 僕はザックさんの片腕が無いほう、左側へと回る。

 当然ザックさんも死角には入らせないように僕を蹴りでけん制する。



 僕と距離が離れた所でザックさんが剣を降ろした。



「強いな……君の勝ちだ」

「はい?」

「初手の二連撃をかわされたんだ。素直に負けを認めよう」



 勝ちも何も、剣を振り下ろされて僕がそれを避けただけなんだけど。



「ミ、ミリアさん?」

「ラック。君は勘違いしてるかもしれないが、これは練習試合。

 しかも特にルールは決めていないからな、お互いがお互いを認め、片方が負けをみとれば勝負はつく」



 あっそうなんだ……。



「では二試合目だ」

「はいっ!? ミ、ミリアさん」

「最初に何本制とか決めてないから」



 ミリアさんから冷たい一言が帰って来た。

 これって、ザックさんが満足するまで終わらない地獄の練習試合では。


 怪我はしたくない、怪我はさせたくない。


 どうすれば……。



「次は打ち込んでくれ」

「ええ…………」

「嫌なのか?」



 包帯から見える目は僕を射抜くような視線だ。



「い、いきます」



 深呼吸。


 深呼吸を数回繰り返す。

 眼鏡のずれを直して剣を握った手に力をいれた。


 剣の型は僕は知らない。

 なので。ザックさんが先ほどやったように動く。


 斜め下に構え走る。

 ザックさんとの間合いに入った瞬間剣を振りあげた。



「っ!?」



 驚いた顔が見えたけど、僕はもっと驚いた。


 握っていた剣から手が離れ、練習用の剣が空高く飛んでいった。



「あっ! ミリアさんっ!」



 ミリアさんは半歩動くと、元居た場所に僕が飛ばした剣が地面に刺さる。

 良かった怪我はないようだ。


 ほっとして前を向いた瞬間に顔の先に剣が付きつけられていた。



「試合中によそ見はいかないな。俺の勝ちだ」

「…………負けました」

「惜しいな、足の速さもない。それに下から斬り上げた剣は重みが加わる真似するなら最後まで真似するんだな、それに私の技は元は二刀……いや、その話は今はいいだろう」

「気をつけます」

「さて。第三試合だ」

「えっ!」

「嫌なのか?」



 嫌です! と言いたいけど、きつい目で見られると嫌とも言えない。

 しかも相手は貴族様だし……どうしてもグィンに怒られている時を思い出す。



「やります」

「それでこそ男だ。君は戦いが好きじゃないのか? 安心しろ次で終わりだ」



 こういう突然の優しさがそっくりで……。


 ザックさんは腰に手をあててまだ僕の側にいる。




「そういうわけでは……」

「ふむ……君はミリアが好きなのか?」

「えっ!」

「そうか、そうだろう。彼女の噂は俺も聞いた事ある。一閃のミリアといえばアスカルラ騎士団の何部隊かの隊長。いや最近は怪我で除隊したという話であるから元隊長だな。

 多少年齢はいっているが、その人気と実力は冒険者ランクで言えばA以上といわれてる」

「へぇ……」



 僕の返事に、包帯越しでもわかるほどザックさんの眉が動いた。



「知らなかったのか……?」

「はい、強くて綺麗ですし、でも乱暴というか、てっきりどこかの山賊団の娘とかそんな過去が」

「おっほほっほっほっほ! ママが! ママがっ! さん! ふふふふっ」



 僕が喋っている途中で、突然クアッツルが笑い出した。

 思わず全員がクアッツルをみると、クアッツルは涙を拭いて、大丈夫ですわ。と叫びかえしてくる。


 どう見ても大丈夫じゃないし。

 おそらくは……。



「クアッツル様は会話を聞いていたんだろうな」

「やっぱり?」

「君達は、いや君はクアッツル様とミリアとの関係はなんなんだ?」



 なんなんだ? と言われても。



「温泉仲間……ですかね?」

「温泉……? 報告書に辺境の温泉に客が来たと書いてあったな。それだけか?」

「はい、それだけです」

「我々が何百年もかけて築いたエルフとの関係を君はいともたやすく超えているのを見ると、虫唾が走る」



 言葉とは違い優しい声だ。

 僕が喋る前にザックさんはさらに話しかけて来た。



「先ほどの動きは良かった。一見ド素人に見えたが戦いの時になると動くものだな。隠し玉があるなら全力で頼む」



 隠し玉か。

 補助魔法しかない。



 ザックさんは僕から離れていくと執事さんの所へ戻っていって水を飲みだした。


 僕もクアッツルやミリアさんの所に一度戻る。



「ラック! 君は私の事でザック様に何か言っただろ!?」

「えっ、何かって何ですか」

「それを聞いている! クアッツルが突然笑い出すし私を見てはもう一度笑うし」

「綺麗な人です。としか……あの、すみません!」



 謝る。ミリアさんの顔が少し赤い。



「何が綺麗だ。どうせ君の事だ私どこかのならず者の娘とでも言ったんだろ」

「本当に綺麗な人ですね。と。いえ、その事じゃなくて。ミリアさんの過去を、前にどこにいたか聞いてしまって……」



 怒っていたミリアさんがため息をついて頭をかき始めた。



「私が騎士団にいたって事か?」

「はい、秘密だったんですよね?」

「いや、聞けば……いや、やはり答えなかったかもしれないな。極秘任務で足をやられてな、ヒーラーや神官などが手当てをしてくれいたが治らなく。隊を辞めて辺境の温泉って所だ」



 そうだったのか。



「でもママの足は良くなりませんでしたわよね」

「ああ。だからラック、君が一時的としても私の足を治したのは奇跡と思っている、胸を張れ」



 思わずミリアさんの胸をみてしまう、うん張ってる。



「ママのどこをみてるのでしょうか?」

「べ、別にみてないよ」

「ラック。貴族の試合は3本制が多い、今は引き分けの状態だ。全力でいけ」

「全力でいけ、と突然にいわれても……剣をふるうだけでも精一杯です」



 ミリアさんは腕を組んで僕を見始めた。

 僕もミリアさんをみるんだけど、ミリアさんが組んだ腕の上におっぱいがあって、ちょっと正視しにくい。



「ラックが私に補助魔法を使っただろ、あれみたく重ねが――」

「断ります!」

「まだ全部言ってない!」

「あれは、ミリアさんが頼んだからかけたのであって、かけた後地獄みてましたよね。絶対に嫌です!」

「安心しろ、下の世話程度は私がやろう」



 下って……。

 トイレの事だよね。



「絶対に嫌です!」

「そんなに嫌な魔法を君は私にかけたのか? あん?」

「僕が嫌なのは重ね掛けであって、それも副作用を見た後ですし、僕にメリットは何も無いです」

「わかった。少し待ってろ」



 何が!?

 ミリアさんが、突然に歩き出す。


 また自分が戦うとか言うんじゃないよね? 執事さんとザックさんの所まで歩いていき、数回言葉を交わした後に戻って来た。


 隣にいるクアッツルに聞いてみようとみてみると、クアッツルは首を振る。



「わたくしの遠耳の技は風精霊の助けを借りてですわ、今は使ってませんのよ。先ほどのは精霊の気まぐれですわ」

「そうなんだ」



 ミリアさんが笑顔で戻って来た当たり、僕に対して怒ってはないようだ。



「待たせたな、ラックも男だしそういう事じゃないと喜べないよな。

 それに失恋もしたんだ、私も考えが足りなかった、許してくれ」

「許すも何も……何の話を」

「褒美の話だザック様に勝てば高級娼婦館に行けるぞ。ザック様の提案で、素人がいいというのなら屋敷のメイドでもいいらしい。良かったな」

「ぶうええええええええええ!」

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