016 隻腕の貴族は涙を見せる

 両脇に100人は座れるんじゃないか? っていう細長いテーブル。

 その向こう側にザックさんが座っていて、反対側の真ん中にクアッツル。両隣に僕とミリアさんが座った。



 テーブルの上には何もなく。

 ザックさんが手を叩くと綺麗なメイドさん達が料理を運んできてくれた。



 何で僕はここで料理を食べているんだろう…………。



 目の前に出されたのは白い大きなお皿でその真ん中に四角い料理が乗っている。

 一切れのパンがあり、その上にチーズ、トマト、あとよくわからない物を、木の串で落ちない様に止まっている。


 メイドさんにナイフとフォークを渡された。



「前菜のパンとレアチーズのトマトソティーです。どうぞ食べてください」



 手で食べた方が早いよねこれ。

 


 クアッツルをみると、クアッツルは手で食べ始めた。


 うん、少し安心した。

 僕も手で人掴みで食べる、ちらっとミリアさんがこちらを見たが、何も言って来ないし大丈夫だろう。



「なるほど、これは失礼しました」



 ザックさんは持っていたナイフとフォークを横に置くと、切り分けていたはずなのに手で食べ始める。



「申し訳ございませんわ。人間の作法はよくわかりませんの」

「配慮が足りなく申し訳ございません」



 その後も一口台のお肉や、一口サイズの飲み物。

 一口で食べれる焼き魚に謎の緑色のソースなど、10品以上来たけど味も量も足りない。


 デザートです。と最後に小さいケーキが二つ来るとクアッツルは嬉しそうだ。


 全部を食べ終わるとザックさんはゆっくりと立ち上がる。

 近くにいた執事さんが体を支えようとしているが手でそれを制した。



「夜も遅いですし、お部屋をご用意しております。従者のお二人も同じ部屋のほうがよろしいでしょう。街へ行くのは明日のほうがよろしいかと思います」



 従者ではない。

 じゃぁなんだろ……友達?




「何から何までありがとうございますわ。忘れてましたわ、こちらを」



 クアッツルが小さい革袋を取り出すと、執事のお爺さんがザックさんの所から走って、いや早歩きでこっちに来る。

 クアッツルの隣まで来ると、クアッツルは執事のお爺さんにその革袋を手渡した。


 そして執事のお爺さんはまた早歩きで戻ってザックさんに手渡した。



「これは……受け取るわけには」



 ザックさんは執事の人に革袋を手渡すと執事さんはまた早歩きでこっちに戻ってくる。


 クアッツルの隣に来ると、クアッツルはそれを受け取らない。



「わたくし個人ではなく里の物ですし、ご遠慮なく。

 人間はお金が無いと動きませんわ。

 これからも街を守り森をお願いいたしますわ」




 クアッツルが言うと、執事さんはまた早歩きで戻っていく。

 ちょっと息が上がってきてそうだ。


 執事さんがザックさんの横につくと、ザックさんが突然静かに泣き出した。



「な、泣くほど受け取りたくないのですわ!?」



 ザックさんは目を押さえると首を振る。



「失礼、これほどエルフの里に信頼をされて。義には義で返すつもりが……愚弟のせいで、この関係も終わるかと思うと……くそお……」



 周りのメイドさん達もすすり泣き、執事さんも眼がしらをハンカチで押さえ始めた。




「ザック様。話して楽になるのであれば……幸い友であるエルフは口は堅い。

 私も、この横にいる友人であるラックも口は堅いだろう」



 口元を拭いたミリアさんが力強く言うと、周りが静かになる。



「これは従者の方やクアッツル様に恥ずかしい所を見せてしまった。心配ご無用…………ただ。いえ、これは俺の家の問題です。

 爺、客人を部屋に」



 執事さんが一礼をして僕達の所へ、やっぱり早歩きで来る。

 もう息が切れている。



「こ、こちらぜーはぁぜーはぁ」

「ゆっくりでいいですよ」

「申し訳ございまげっほげほ」



 片腕のザックさんは僕らを見ては一礼して見送ってくれた。

 僕らは執事さんの後をついて暫く歩いた後に客室へと入る。



「すごい」



 豪華なキングサイズのベッドに、呼びのベッド。

 暖炉やゆらゆらと動く椅子に革張りのソファーもある。



「まぁまぁのベッドですわね」



 文句を言いつつもクアッツルは嬉しそうで、一番大きいベッドへと顔からジャンプする、そのまま体が跳ねると嬉しそうに何度も跳ねだした。



「あれ? ミリアさんは驚かないんですか?」

「ん? ああっ貴族のもてなしは受けた事があるのでな」

「何か気になるんですか?」

「隻腕貴族ザック・グリファンと言えば、かなり強いと言われていてな、それがああも怪我をしているのが気になってしまったぐらいだ」



 そんなに強い人なのか。



「ミリアさんよりも?」

「…………一度手合わせはしてみたいと思った事はあるが、私はこの通り君がいないと足を引きずる人間だ。勝負をする前から決まっているよ」

「あっ、足に魔力を流します」

「頼む。少しは痛みが取れたんだ、治療がきいているのだろう」

「実際は治療じゃないんですけどね……」



 ミリアさんがベッドに座り足をだす。

 履いているズボンをめくり素足を出した。

 僕はその指先を丁寧に障る。



「そ、そのあまり顔を近づけないくれ」

「え。なんでです? いっつっうわ。クアッツル!?」



 クアッツルがしゃがんでいる僕の首に足を絡ませてきたからだ。



「ママの気持ち、いいえ! 女性の気持ちぐらいわかりなさい! だから振られるんですわよ」

「うっ…………」

「クアッツル。ラックにそれは禁句だろう。鈍感でデリカシーもないがラックだって一生懸命に考えているんだ」

「うぐっ!」



 どっちもひどい。



「ラックそんな顔をするな、私はお前を認めている…………飲めば強いんだし」

「え。最後小さい声で何を言ったんですか?」

「空耳だろ」

「そうですわ、エルフのわたくしでさえし空耳ですわ」




 絶対悪口だ。

 でも、言っていないって言ってるし悪口なら直接言う二人だからそんな事もないか。


 じゃぁやっぱり空耳なんだろうな。



「す、すみません。ではレギンスマナアップ足魔力アップ



 体内にある魔力を水と思って僕の手からミリアさんの足、スネ、ふくらはぎや、ふとももへと流す。


 上から下へ、下から上へ。


 流すたびに小さく声を出すのを、極力聞かない様にして流す。


 集中だ。


 集中。


 『魔法はイメージだよ。詠唱が馬鹿みたいに長い魔法使いがいるだろ? ああいうのは詠唱を長くすることでイメージを練っているんだ。もちろん手順として踏んでいる魔法もあるがそういうのは例外。

 私みたいな人間はマナブースト。ほらこれだけで君を強化できる…………あまり変わってない? おかしいな、マナブースト! マナブースト! マナブースト! どうだい、これだけ…………とにかく集中したまえ。

 ま、まて! 君の魔法は私にはかけなくていい。どんな副作用……いや未熟な腕でかけられても困るからね』



 師匠の言葉を思い出す。



「めろ! ――ク。ま、まて。もうラック! おっあっ!」





 僕の頭が強く叩かれるのと、部屋の扉が開くのが丁度同じだった。


 

 ザックさんだ。



「明日の予定を聞こうとおもったが、お愉しみ中だったか。失礼する」



 直ぐに扉が閉まった。

 


「あれ? 今のってザックさんでしたよね」

「………………ラック今すぐザック様を呼んで来い」

「え、あれミリアさん、怒ってます?」



 顔が赤い。



「あれだけママが止めてっていうのに、続けるからですわ……でも、もっと見てた、失礼しまわしたわ。あなた、ママに斬られる前に呼んできた方がよろしいと思いますわよ」

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