014 準備だけはしっかりした。

 少し古い馬車が来た。

 その馬車を操縦、すなわち御者をしてるのもエルフで顔は凄い若い。


 僕達の前で止まると、御者の部分で座っているエルフが僕達を見下ろす。



「お父様ですわ!」


 

 荷台から飛び出るクアッツルが僕とミリアさんに紹介してくれた。お父様って、すごくと若く見える。



「ええっと冒険者のラックです……ずいぶんと若いんですね。いっ!」



 足のすねをミリアさんに蹴られた。

 小さい声で、エルフに若いは嫌われる事が多いんだ。と伝えられた。



「気を悪くしたのなら私からも謝ろう。無職のミリアだ」



 あ、ミリアさんって今無職なんだ。

 クアッツルからお父様と呼ばれたエルフは僕やミリアさんを見て、ペっと僕に唾を吐いた。



 うん、完全に親子だ。



 僕にはかかるはずの唾はミリアさんが手で受け止めた。



「ミ、ミリアさん!」

「こんな人間に娘が信頼してるなど虫唾が走るな」



 どうしよう、クアッツルの父さんは人間が嫌いみたいだ。

 これ以上下手な事を言って怒らせるのは悪いし。



「えっと、あの! クアッツルには大変お世話になって助かってます」

「こんな古い馬車とエルフの助けを借りないと何もできない人間風情がっ! 娘がどうしても。というので顔を見に来たが……ん? お前とお前。体内の魔力が変す――」




 唾をハンカチで拭きとりながらミリアさんが前に出る。



「どう思ってくれても構わないが、そんなに嫌いな人間に馬車を貸す事を認めた軟弱な男なんだな」

「軟弱? 弱い人間がよくほえる」

「その弱い人間に負けるエルフはだろうな」


 


 一発触発だ。

 と、いうかミリアさん、お願いですから挑発しないで下さい。




「風の精霊よ。かの者を吹き飛ばせ! ですわ!」



 クアッツルの声が聞こえたかと思うと、御者台にいたクアッツルのお父さんが吹き飛んでいった。




「ごめんなさいママ。お父様は人間が嫌いなんですの。そのハンカチは弁償しますし。すぐにこのハンカチを使ってくださいまし。ああっ洗ったほうがいいですわね」

「……いや、私も言い過ぎた。

 クアッツルが私を信頼してくれているのに、クアッツルを否定するような事を言っていたので、つい本当に言い過ぎた。別に喧嘩をしたいわけじゃない、後で謝罪しよう。

 大けがをしていなればいいが」

「ママ……」



 ミリアさんはクアッツルのお父さんが飛んでいった方を眺めたので、僕も一緒にそっちをみる。

 かなり遠くまで飛んだみたいで姿や声すらも聞こえない。



「大丈夫かな」



 感動していたクアッツルが僕の方を向いて来た。



「大丈夫ですわ。アレでもわたくしより精霊の扱いに長けていますし、今頃はどこか木の枝にでも捕まっておりましょう」

「クアッツル、エルフって全員が人間嫌いなの?」

「そういうわけじゃございませんわ。確かに人を好まない同族は多いですけれど……」

「ラック、あまりクアッツルを困らせるな。手を洗ってくる」




 じゃぁ少し洗ってくる。とミリアさんが消えると、クアッツルが僕にゆっくりと寄ってくる。




「あなたも男性なら、ママを押しのけて! 唾を体に受けなさい!」

「無茶苦茶な……」

「何か言いましたですわ?」

「次回から気を付けるよ」

「それと、本当に申し訳ございませんわ。お父様はお母さまを人間にねとられたと勘違いしており、余計に人間が嫌いなったのです。前までは里の誰よりも人間がお好きにだったんですけど」

「へぇ……」



 返事に困る。


 あれ? クアッツルのお母さんっていなくて、ミリアさんがママって呼ばれているって話じゃ。


 殺されたじゃなくてネトラレタってその場合は死ぬ前にネトラレタって事? いや……あっ……出ていった……。


 クアッツルと父を置いて人間と駆け落ちしたって事なのかな。

 それ以上は流石に聞けない。




「よくわかりませんが、突然に理由もなく慈愛の目で見るのは辞めてくださいましな。ペッ!」

「ご、ごめん」



 ミリアさんが手を洗って戻って来た。



「どうした……ラックは苦笑してるし、クアッツルは地面に土を……唾を隠しているのか、借りている身分でうるさいかもしれないが私もここを使っているんだ……出来れば唾を吐きまくらないで欲しい……」

「き、気のせいですわ! この男が悪いのです!」



 ミリアさんは少し笑うと、御者台の上へと乗り込む。



「時間はたっぷりある、クアッツルに分けてもらった食料もあるし、気分転換といこうじゃないか」

「無職ですもんね」

「悪かったな」

「えっ!?」



 明るかったミリアさんの声が、突然に不機嫌になった。


 なんで!?


 僕はクアッツルに助けを求め視線を返すがクアッツルは横を向いて先に荷台へと乗り込んだ。



「クアッツルに助けを求めるな、言いたい事があるならはっきりといっただろうだ? お前は何も出来ない役立たず。だから時間があるんだろう。と」

「ええ……僕はそこまでは言ってないです」

「じゃぁ思ったんだな」



 全力で首を振る。



「役に立たないってのは、僕も散々言われて……本当にそんなつもりじゃ……」

「っ! す、すまなかった……ラックが一番言われたくないだろうに。さぁ馬車に乗ってくれ」

「えっは、はい」



 散々言われたけど、ミリアさんは役に立ってますし。僕が変な事言っていたらごめんなさい。と、謝ろうとしたら、なぜか逆に謝られた。



 何で?



「あなた、元気だしなさいですわ」



 荷台に乗ると、クアッツルからも励まされた。

 いや、あの……役に立たないのは自分でもわかりきっていて、そこまでクヨクヨもしてないんだ。


 だからできる限り他の事で頑張ろうと……。



 少し揺れると思う、では出発だ。と、ミリアさんが馬車を動かして街道へと出ようとする。




「ママ! 待ってください」



 隣に座っていたクアッツルが突然に叫ぶ。



「な、なんだ……忘れ物でもしたのか? もしくは何か発見した。とか?」

「ええ! そうです。忘れてました!」




 僕も身を乗りだして周りを確認する。

 背後には辺境の森、目の前には遠くに街道でそこまでは草原が広がっている、見渡しがよく魔物もいるような感じはしない。



「そちらから行きますと五日ほどかかりますわ」

「無駄に時間はあるからな平気と思うが、問題でも?」

「はい、森の滝へと向かってくださいまし、そっちにエルフしか知らない道があるのですわ、なんと徒歩半日でつきますわ」



 へええ……え?



 それって馬車いらないよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る