009.5 (第三者視点)辺境貴族の暮らしと秘密

 最近では辺境の貴族。から隻腕の辺境貴族。と呼ばれる事が多くなってきた。

 


 本来であればザック・グリファンという名前があるのだがな。


 生まれつき片腕が無い状態で生まれた 俺は人々から良くも悪くも好奇の目で見られて育ってきた。


 他人の嘲笑など、捨て置けと父に教えられ、父の教えの元、残った片腕で訓練し、知識を広め人並みぐらいには武器も扱えるようにはなった。

 

 失笑などしてくるような奴は力で対抗した。

 今では怖い物はない。と噂されているがそんな俺でも毎月この時間は酷く緊張する。


 父であるアルト・グリファンもそうなのだろう。歩き方がぎこちない。


 本来であれば執事があれこれと客の世話をするのだが、父や俺自身が客の相手をする。


 大きな扉を開けると、水色の長い髪が綺麗で長耳の女性が席から立ち上がった。



 毎回周りを確認はするが従者はいないようだ。

 今日もお一人か。



 メリッツ様だ。



 身長は高く豊満な肉体でうっすらと透けている衣装、それでいて型崩れもしてないスタイル。


 メリッツ様は両手を広げると、どうぞ。といわんばかりに待っている。



「し、失礼する」



 まず先に、父であるアルト・グリファンがエルフのメリッツ様とハグをする。


 人同士のハグとは違い、父はたっぷりと時間をかけてハグをし終わった。


 メリッツ様は次に俺の顔を見て両手を広げて待っていた。


 杖を壁に立てかけると、俺はそのハグを受ける。

 毎回思うが、とてもいい匂いで早くに母を亡くした俺は毎回このメリッツ様のハグに緊張する。


 父にいたっては、完全にこのエルフの女性に惚れているのだ。


 一度子供の時に『そんなに好きであれば、めとれば、あいじんにでもすればいいのでは』と聞いた事がある。


 その時の父は『メリッツ様にも旦那はいるし、貴族と言えとそう簡単に何でも思い通りはならない。それに、彼女達が本気になれば我々など物理的に首が飛ぶ。彼女達が欲しいのは我々ではなく辺境を収める人間なのだ。そのような人をめとるなど、お前がドラゴンをペットにしたい。というのと同じだろう』と力強く言ったのを覚えてる。



「ザックさん、大きくなりましたね」

「一月ぶりですので、そう変わってないかと思います。それよりもメリッツ様はいつもお美しい」



 ひゆではない。

 本当にそうで、俺が初めて会った頃からこのエルフはこの姿のままなのだ。



「まぁお上手。いいこいいこ」



 俺はハグされながら頭を撫でられる。

 横にいる父が俺の事を羨ましそうにみてきていると、



「アルト。こちらに来なさい、貴方もこの一月無事に再会出来た事で褒めましょう」

「あ、ありがとうございます」



 巨漢の父が、この時だけは子供の様になりメリッサ様へとあまえる。



「それじゃ。再会の挨拶はこれぐらいにしてお仕事しましょうか」

「はっ」



 メリッツ様が革張りのソファーへ座ると、革袋を取り出しテーブルの上へと無造作に中身の宝石を転がした。


 サファイヤ。


 エメラルド。


 ルビー。


 ターコイズ。


 銀水晶やプラチナの欠片、最後にはダイヤまである。


 どれもこれも貴重な宝石で、偽物ではなく本物だ。

 これを譲ってくれるのだ。



「一応いいますけど、鑑定はしてくださいね」

「こちらとしてはしなくても、と思ってますが。こちらが先月の鑑定結果です」

「はい、よくできました」



 メリッサ様は父から鑑定書を貰うと中身を確認した後に後ろへ捨てた。

 その鑑定書は床に落ちる前に空中で書き消えた。


 驚く事はないが驚く、精霊魔法の一つだろう。



「では、今月分をお納めください、これで辺境の森も守られます」

「た、確かに……」



 会話だけ聞いていると、エルフが宝石を渡し、森を守っているかのようであるが、実際はその逆である。

 エルフの縄張りに人間が来ない様にしてるだけなのだ。



 村とは言えないほどの人間であれば住んでも平気で、実際にあの森には温泉などがある。

 ただ、街や都市。木々の伐採しすぎや開拓などが双方にとって困るだ。


 と、俺は父から教えられてる。


 その父は祖父から教えられ、祖父は俺から数えると曽祖父から教えられている。



 エルフのほうも、約束を守っている俺達に月に1回こうして宝石という飴をもってくる。


 過去にそれを破った一族は既にこの世に存在はしてない。



 もう一度教えを頭に叩き込む。我々はエルフを守っているのではなく、エルフに守られているのだ。



「ふふ、ザックそんな難しい顔をしなくてもいいのですよー。

 それともグィンさんが心配なのかしら」

「グィン……? ああ、あの出来損ないの弟ですか。これっぽちも。家訓の教えを嫌い、冒険者になると出ていったきりです」

「夢を追うのは素敵よ」

「そうですかね……いえ、メリッツ様がいうのであればそうなんでしょう」

「お上手ね」



 メリッツ様は口元に手をあてて上品に笑う。

 その姿だけでクラっときそうで困る。



 確かに俺には弟がいた。

 両手両足、さらには魔力持ち。というのに怠けて過ごし、事ある事に自分には才能がある。そして才能が無いと俺や父を馬鹿にしてきた。



 普段から片腕の俺を馬鹿にし、俺の周りのメイドや、間に入っていた父などをけなしていた。



 一緒に生活すればそのうちに性格も変わり、仕組みもわかるだろう、と思っていたが。

 メリッツ様との会談の時に、宝石をもっとくれ。宝石を隠している場所を教えろ。など非礼を働いた。



 メリッサ様は、弟に貴方が当主となれば考えましょう。と頭を撫でて対応していたが、俺や父が青くなったのは当たり前だ。



 しまいには、メリッサ様が帰宅後に男エルフは滅ぼして女エルフは奴隷にし、娼館を作るべきです。宝石は我々が管理すれば。と言い出したので父も大変激怒した。



 後日。であれば。と、一度本気で叩きのめしたら、金庫から金を持って屋敷から出ていったのだ。


 まったくもって情けない。


 父であるアルト・グリファンが笑顔で話しに入ってくる。



「さて、メリッサ様。暗い話はそれぐらいで、どうです。東方の蒸留酒。コメから作ったのを頂きました。

 後はいつも通り食事会。という事で」

「あらあら、こんな人妻を酔わせようだなんて困りますわ」

「はっはっはっは。先月はワインを50本ほど飲まれましたね」

「美味しくってつい、ご迷惑でしたわね。今回の宝石にはその分も入っておりますわ」

「いえいえ。宝石などいりません、メリッサ様と飲めるだけで幸せですので。ザック、宝石を鑑定士に預けてくれ。

 メリッサ様をお連れするから、すぐに戻ってくるのだぞ」

「はっ」



 俺は散らばった宝石を袋に入れ直し、部屋を出ていく。

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