010 初めての手料理は血の味がした


 「中々に美味しいだろう?」



 ミリアさんにそう言われて僕は何とかスープを飲み込む。

 正直口の中は血の味しかしない。


 切った傷にも染みるけど、それでも、それでもいうしかない。



「はい。とても美味しいです」

「そうか、少し殴りすぎた。からな……せめて料理ぐらいは持て成せて良かった」



 そうなのだ。

 僕は殴られた。


 よく考えればミリアさんがオムツなんて持っているなんてわかったはずだけど。

 あの時はオムツが一番と思ったのであるからしょうがない。


 何て僕は馬鹿だったんだろう。

 仮にオムツがあったとしてはかせるのも僕だ。


 幸いミリアさんには突っ込まれなくてよかったかな。


 血の味しかしない夕食を終えてそろそろお暇しようかと考える。

 

 普通に考えて僕が女性の一人暮らしの部屋に長くいるのも悪いし。

 冒険者をしていたので、雑魚寝や野宿などは平気なんだけど、ミリアさんのほうが平気じゃないだろうし。



 これでも一般常識はあるほうだ。



「ごちそうさまでした。では僕はもうそろそろ、仮ベットのある温泉の場所に戻ります」

「そう……だな。戻るなら早く戻ったほうが良いだろう、いや、もう日も暮れて遅いか。この辺はシャドウウルフがよく出る、気を付けて帰れ」

「………………」

「どうした? 深刻そうな顔で、



 シャドウウルフは数体で行動する森のハンターと呼ばれる魔物で、冒険者や騎士団が定期的に狩るような魔物だ。



「あの、僕に倒せると思いますか?」

「それすらも倒せないのかっ!? ………………いや、そうだったな。スライムですら倒せない実力だったか。

 しかし、それじゃ何しにこの森に来たんだ」



 何しに、って温泉です。

 あとチケット貰ったので。



「休暇です」

「そうだったな……送ってあげたいが、私も本調子じゃないからな、足は痛むし全身もまだ痛い。そこの剣を持ち上げ私に手渡してくれ」

「はぁ」



 僕は壁に立てかけてあるミリアさんの剣を持つ。

 うん、重い。


 その重いのミリアさんに渡すと、軽々と片手で反対側へと置いた。



「剣を貸してもいいとおもったが、その様子じゃ魔物には相手にならないな。人であれば騙せたかもしれないが」

「ですよね」

「いつもどうしていたんだ? パーティーだったんだろ?」

「いつもはですね。応援してました!」

「声に出してか?」



 ミリアさんが、この軟弱な奴だな。と小さく口に出している。

 聞こえてます。



「あの一応は補助魔法をこっそり飛ばしてました。後ははい、おっしゃる通りで応援です」

「それで魔法をかけられた方は強くなったのか?」



 僕の目にはあまり変わらない。

 凄い人が凄くなっても凄い。としかわからないからだ。



「お守り程度です。で、でも昔は凄いって言ってくれたんですよ!」



 本当に最初の頃は『ラック凄いじゃないか!』『まぁ悪くないでござるな』『ラックはいつかは才能開花するって信じてた』まで言われていた。



「じゃぁ今はそのパーティーには全く役に立たないな」

「それを言われると……ごめんなさい」



 その代わり宿の手配や物の売買。冒険者ギルドへの報告など、雑用は僕がやっていた。

 それでパーティーは何となく回っていた。はず。



「うじうじするな。ラックのおかけで私は助かってる」

「ほ、本当ですか!」

「ああ、足を治したらまた一から仕事に戻りたいと思っている」



 仕事。

 あれ?



「ミリアさんの仕事ってそういえば何なんですか?」

「ふふ、何だと思う?」



 難しい質問だ。

 正直にわかりません。と答えるのは一番早い。


 でも、ミリアさんの顔を見るとあててみろ。と言っているような気がするからだ。


 僕なりに推理する。


 力が強い。


 冒険者ではない。


 女性である。


 僕やクアッツルを守ってくれようとする。


 辺境に隠れて傷を治している。


 リーダー気質だ。


 後は結婚はしてない。もしくは、出来ない。




「まだか? 正解。いや仮に近かったら一晩ぐらいなら私の家にと――」

「え、はい! わかりました!」

「そ、そうか……わかっちゃうかー、照れるな」

「脱走犯! それも女頭領」



 ミリアさんの手から下げるはずのスプーンがカランと音を立てて床に落ちた。



「なるほど……な」



 あ、まずい。



「って、言うのは冗談でして」

「いや、もういい。私は寝る。

 そうだな、答えは間違えているが、正解を教える気にもならない。

 それに、ラックがそう思っていたのなら同じ建物にいてはラックの命がいくつあっても足りないだろう」

「えっえっ!? あの、体を押してますけど。そっちは玄関で」

「問題でもあるのか?」



 顔が近い。

 サラサラの銀髪が僕の顔にかかるほど近い。


 あと、眼が怖い。



「無いです」

「そうだろう」



 僕は体を押されてミリアさんの家から外に出され、する必要もないだろうに鍵をかける音が背後から聞こえて来た。


 森の中に、獣や魔物のかん高い声が響く。

 思わず両手で体を押さえると、背後から鍵の開く音が聞こえた。



「ミリアさん!」



 ミリアさんが顔だけを出して僕と視線があった。



「生きていたら明日も治療を頼む。ラック、君も冒険者だったら死ぬ気で走れば温泉場まではつくだろう? そういう事だ。おやすみ」

「えっはい。おやすみなさい」



 顔が隠れ扉しまると、もう一度鍵のかかった音がした。



 …………。


 ………………わかったよ。走るよ。

 道は幸い分かれ道までは覚えている、後は走ればつくだろう。


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