003 辺境に着いたらやる事は一つ!

「着いた!」



 感動のあまり思わず声が出てしまった。

 ガーリーの街から相乗り馬車で十日、さらに別の馬車で二十日、そこからさらに…………もう数えたくもないぐらいに遠かった。


 

 辺境。



 もう見たまんま。


 雲より高い山があり、その下に森が見えた。家などは数件ぐらいしか見えなく、村と呼べるような感じもない。


 僕が降ろされたのはさらに手前の草原だ。


 この辺境、普通は何々の森や聖なる泉など名前があるようなものだけど、名前はない。


 しいて言うなら魔物がわんさか出る森から近い辺境。というぐらい。


 不思議な事に奥地には魔物が多いにもかかわらず森からは魔物は大量に飛び出してこず、今いる草原エリアは比較的安全、と途中で乗った人が教えてくれた。


 そんな事もあってここに住む人は基本的にいない。


 この森を開拓しようとして帰ってこなかった大量の人間もいるとかいないとか噂も一緒に聞いた。


 馬車の御者が本当にここでいいのか? と何度も何度も聞いて来たので頷くしかない。



「だってチケットはここなんだもん」

「その年で、もん。とかは、きもいですな」



 いつの間にか口に出していた感想を御者に聞かれ、冷たい一言を貰った。



「と、とりあえず着いたんですよね!」

「ええ、一応はこの奥に秘境の温泉があり、見えますかな? そうあれです。手前の小屋が脱衣小屋で、小屋の備品で数日は暮らす事が出来ましょうが……いいですか? 食料は保存食がおいてありますし十日に一度この場所に来ますので、変な事は考えないように。では……」



 はぁ……変な事とはなんだろ。

 そういえばここに来る途中も何度も目的を聞かされた。



「いいですがー! ぐれぐれもっ――――」



 御者の人が馬車に乗りながらも僕に迎えにくるからと念押ししてくれた。


 仕事熱心な人だなあ。

 僕もあれぐらい熱心に冒険者をできればよかったんだけど。


 今の僕は特に何もない、しいて言えば傷心旅行とでもいうのだろうか。


 しょうがないだろ…………ずっとずっと好きで結婚するのが当たり前と思っていたサーリアに振られたんだ。


 それにあの街にいても出来る事はないし、この辺境チケットで温泉でも入って疲れを癒すしかない。



 御者の男性に僕は大きく手を降った。

 御者の人も大きくて振り返してくれた。



 草原から森の方へ歩く、森を眺めても魔物の姿見えない。


 背中まで汗を流すほど歩くと、やっと小屋までついた。


 脱衣小屋の中は複数の部屋があるようで右が温泉、左に少し大きな部屋と簡単な木造ベッドが四つほど並んでいる。


 天然のお湯が使い放題、何て贅沢なんだ。



「楽しみすぎる」



 急いで服を脱いで全裸になって脱衣小屋をでる、湯気が凄くて僕の眼鏡が一気に曇った。


 これでは何も見えない。

 眼鏡を外し近くの棚へと置いた、そのおかげでボヤっとしか見えなくなった、ゆっくりとお湯が沸き出ている所まで行くと温泉へと手を入れてみる。



「熱いっ! …………けどまぁ慣れればいけるかな。懐かしいなぁ……温泉なんて村にもあったっけ……あの頃は楽しかったなぁ、サーリアが僕と温泉に入ろうって言われて……」



 僕がまだ12才の頃だ。

 服を脱ぐサーリアにドキドキしながら僕も服を……じゃなくて。



「うう、感情的になっちゃだめだよね。では失礼して」



 足のつま先から腰、お腹、最後に肩まで温泉につかる、色は白系のお湯で肩から下が見えなくなった。


 誰もいない温泉は広くて、暫く使った後に僕はスイーっと泳ぐ。

 突然に何か柔らかい壁に当たって壁に手を付いた。


 顔をあげると人のような顔がある。いや人だ、しかも男ではなく女性である。



「す、すすみません! まさか人がい……はっ!? えっ!? うあっもごもごもごもごもごもごも!」



 温泉の中から出て来た白い腕は的確に僕の口を押えた。悲鳴が途中で変な奇声になり口の中に温泉の味が広がる。



「うるさい、騒ぐな……次に騒いだら殺す」



 白髪の女性が首をくいっと動かすと、湯舟の近くに長剣がおかれていた。

 あっ、ちゃんと自衛の武器が近くにあったのか、いや、そうだよね。

 女性がこんな場所で温泉だもん普通の事だし、急に現実に戻される。



「げ、げほっ、す。すみません! 直ぐに出ます」

「顔の近くで立ち上がるな、汚い物が見えるし、入浴であれば気にしていない」



 僕は慌ててお湯の中に入った。

 汚くないし、毎日清潔にしてるし……いや、そうじゃない。た、助けてサーリアっ!


 …………僕は馬鹿だ、サーリアはもういないんだ。



「と、ととと突然すみませんでした。ええっと僕はラック、これでも冒険者で――」

「聞いて無い」

「はい、すみませんでした」



 どうしよう、会話が止まってしまった。

 ちらっと横を見ると白髪の女性で少し眺めの髪をお湯につからない様に後ろでまとめていた。

 胸の部分は見えないけど、たぶん大きい。

 触ってしまったし。



「ゆっくり入れ、私は先に出る」

「あっはい」



 女性は背中を見せて、右足をかばうように温泉から出た。

 足が悪いのかな。



「…………レギンスマナアップ魔力ブースト足



 気づいたら手を前にして魔法を唱えていた。

 歩いていたはずの女性が突然振り向いて、足取り軽やかによって来た。

 

 ま、前を隠して! 体のあちこちに傷がありそれでも大きな胸と引き締まったウエストなどが見える。近眼である僕がはっきりと見える位置まで戻ってきてしまってる。



「おい! 私にをした!」

「何って……ええっとですね……なんて言ったら……」



 勝手に補助魔法をかけた。とは言えない空気になってきている。

 言った方がいいのだろうか。



「男のくせに、ウジウジとお湯から出ろ!」

「無理です!」



 それは即答できる。

 裸の女性が目の前にいて、僕も裸で出れるわけがない。

 僕だって出たい、緊張もあるしお湯につかりすぎて体が熱いのだ。


 さらに血が一ヶ所に集まっていくというか、体全体が熱いのか女性の裸がグニャグニャとあっこれ、ダメな奴だ。

 また皆に迷惑かけちゃう……な……。

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