裁定者編 其ノ壱

天羽さんの一件があったあと、特に何事もなく平穏な日々が続き、1ヶ月を過ぎようとしていた。変わったことと言えば、あまり前ほど凪に会わなくなったことだ。まあ、正確に言えば会えなくなったのだと思う。あれから、天羽さんはよく凪に会いに神社にきている。だから、僕自身が天羽さんと会わないようにしてるのもあって、放課後など凪に会いに神社に行っても、天羽さんが先にいたり、後から来たりして、なかなかゆっくりと話すということは無くなった。僕的には、凪に女子の友達みたいなものが出来て良かったと思ってる面もある。天羽さんのことを気にする僕を見て、凪は「そんなに気にしなくてもいいんじゃないかしら。」と言っていたが、何がきっかけで前の記憶が蘇る分からないのも事実である。だから、少しでも不安要素を無くすために極力接触は避けるようにしている。もちろん、神様の力を信じていない訳では無いが、人間の持つ未知の可能性も信じている。だから、このような行動を取るのだ。全然、何も伝えず僕の記憶を消したり、手紙を読まずに燃やしたことを負い目に感じたりとかして、勝手に気まずくなってるとかそういうのじゃない。そんなんじゃないから。うん。まあ、そんなこんなで約1ヶ月が過ぎ、GWも間近に迫ったある日、僕たちの平穏に変化が訪れる。



日付は4月30日、前日が昭和の日で祝日、そして3日後である5月3日の憲法記念日から本格的なGWが始まるとても微妙な時期、なんで休みにならないのか生まれてからずっと疑問である。そんな日に変化の兆しは起こっていた。



もう1ヶ月近くも通って嫌でも慣れた教室に、入って自分の席に向かう。

「おー、望月。おはようさん。」

「ああ、おはよう須藤。」

席が近い須藤と挨拶して、荷物を机の中にしまい座る。まあ、普段から教科書は置きっぱなしだから出す荷物なんて筆箱ぐらいしかないのだが。

「なあ、知ってるか?」

なんだ、豆しばみたいだな。

「なにをだよ?」

そういや、豆しばとか懐かしいな。あれ?豆柴だっけ?

「今日、うちのクラスに教育実習の先生が来るらしいぜ。」

「へー。それにしても、なんでこんな連休が始まる微妙な時期に来るんだよ。」

「言われてみれば、確かにそうだな。」

今日を入れたとしてもあと3日学校に来たら長めの連休だぞ?

「おはよう、律。あと須藤も。」

「ああ、おはよう南。」

「おはようさん。」

僕らが話してるの見たのか、南もこちらの方に寄ってきた。何の話をしていたのか聞かれてたので、今の話の流れを須藤が説明する。

「私もなんでこんな連休前の微妙な時期に来るのかなって思って、ほかの先生に聞いてみたのよ。」

「へー、そんで?」

須藤が先を促す。僕も気になるのでそのまま南の話をきく体勢に入る。

「それが、結構優秀な人らしくて、卒業単位は取ってあるから本当は連休明けからでいいはずなんだけど、少しでも生徒たちと長く交流したいからって大学の授業がない今日から来たいって強くお願いされたらしいのよ。」

昨今では、なかなかいなさそうなタイプだな。

「そうか。よっぽど学校が好きなのか、ただ暇なのか、はたまた変人か。まあでも、こっちの学校の先生達からの受けはさぞかし良さそうだな。」

「おい、望月。言い方ってものがあるだろ。」

おっと、叱られてしまった。

「でも、実際そうらしいわよ。しかも、女性で見た目の美人と来てるわ。もう、男の先生は鼻の下伸ばしっぱなしって、平塚(ひらつか)先生が面白そうに言ってたわよ。」

「確かに、陽和(ひより)先生は面白がりそうだな。でも、なんで2人はその実習の先生のこと知ってるんだよ。まだ、今日来たばっかりで誰でも挨拶してないはずだろ?」

そう言う僕のことを、須藤と南はため息つきながら呆れた目でこちらを見ている。

「お前、あのなぁ。本当にそういうところだぞ。」

「なんだよ、2人して。」

南がそういうところが良くないらしい僕に教えてくれる。どういうところなのか思い当たる節がありすぎて、どれのことだか分からないが。

「今朝、校門前で挨拶してた先生たちと委員会の人たちがいたでしょ?その中に居たのよ。その教育実習の先生が。」

え?まじで?いや、思い出そうとしても全然思い出せない。

「おい、こいつ言われてもピンと来てないぞ。周りに興味が無さすぎるんだよなぁ。」

「まあ、それが良いときもあれば、良くないときもあるからさ。少しは気をつけたほうがいいわよ?」

フォローかと思ったらちゃんと落とされたし、なんか可哀想か奴を見る目でみてくるなよ。僕を憐れむんじゃない。

「ありがとう。前向きに善処するよ。」

精一杯の強がりをしてみた。そんなこんな話し込んでいると、朝礼のチャイムが鳴った。

「じゃあ、2人ともまた後で。」

南は席に戻っていく。

「ああ、また後でな。」

「おー。」

僕たちは返事をして担任の平塚先生が来るのをまった。



少しすると、平塚先生が教室に入ってきた。

「えー、みんなおはよう!今日のお知らせなんだが、このあとの連休が終わったあとから教育実習に来る予定だった人がいたんだが、その先生の強い要望で、連休前の今日からこのクラスに来ることになった。みんな仲良くしてあげてくれ。じゃあ、入って自己紹介を頼む。」

平塚先生にそう言われて、入ってきた女性の人はゆっくりと歩いて黒板の前まできた。その間、僕はその人から目を離すことが出来なかった。実習の先生がめっちゃ綺麗だったからとかじゃない。確かに容姿端麗で、優しそうな雰囲気だが、そんなことを言っている場合じゃない。


その人の後頭部には輪っかのようなもの、その後ろに純白の翼が生えていた。


周りを見渡しても、教室のみんなそんなことに気付いていないようで、何も誰も騒ぎにはなっていない。そんな僕をつゆ知らず、実習の先生は自己紹介を始める。

「教育実習できました。宙輪理(そらわことり)です。本当は連休が明けてから来る予定だったのですが、少しでも長く皆さんと一緒に過ごしたかったので、無理を言って今日から実習にこさせてもらいました。担当の教科は、国語です。これから3週間とちょっとですが、よろしくお願いします。」

至って普通の感じのいい挨拶である。クラスのみんなは盛り上がっている。

「はーい、みんな静かに。今日の1時限目は私の国語の授業だが、宙輪先生への自己紹介や質問の時間にしようと思う。そのときに質問したい人は考えておくように。」

そう言って、朝礼は終わり、先生たちは授業の準備のために職員室に戻って行った。それを眺めていると、教室を出ていく瞬間目が合って、笑いかけられた気がしたが気のせいだと思うことにした。


それから授業までは、実習の先生の話題で持ち切りだった。

(宙輪先生めっちゃ美人じゃなかったか!!)

(ああ!!彼氏とかいんのかなぁ。)

(化粧品とか何使ってるのかな!!)

(スタイルも良かったよね、何か秘訣とかあるのかな!!)

そんな教室を宙輪理先生の後頭部の輪っかと翼のこと考えながら眺めていると須藤と南が話しかけてきた。

「律?大丈夫?ちょっと顔色悪いけど。」

「ああ、言われてみればいつもより血色悪くなってるぞ。」

ああ、動揺が出てたのか。

「大丈夫、気にしないでくれ。ちょっと朝からみんなテンション上げれてすごいなって思ってただけ。」

「なんだよ。平常運転かよ。」

「まあ、なんでもないならいいけど。無理しちゃダメだよ。」

「ありがとう。2人とも。」

なんだかんだ、2人はいつも優しいのだ。

そして、話題は実習の宙輪先生のことになる。

「どうだった?宙輪先生。綺麗だったでしょ?」

「ああ、そうさなぁ。綺麗だし、人当たりも良さそうだし、何より胸がデカくていいな。」

こいつ、デリカシーの欠けらも無いな。

「須藤。だからあなたはモテないのよ。」

「んな!!なんで今のがダメなんだ?!」

これが須藤のいいところでもあり、わるいところでもあるんだよな。でも、さっき散々言われてから厳しく言ってやろう。

「それが分かってない時点で、お前に希望は今のところなさそうだぞ?」

「なんだよ。律までそっち側かよ。」

南がこちらに視線向けて来る。

「そう言う律はさ。どう思ったのさ。」

「うーん。まあ人当たりも良さそうだし、媚びてる感じも無いし、男女問わず人気出そうなんじゃない?」

真面目に答えたつもりだが、南はこの答えに不服のようだった。

「そういうこと聞いてるんじゃないんだけどな。まあ、律だししょうがないけどさ。」

なんか、諦められてしまった。なんか、ごめんな?

そうこうしているうちに、一限目の予鈴がなり各々席に戻っていく。


授業は特に問題なく進んだ、後頭部の輪っかと翼は健在だったけど。また周りを見てみたが、やっぱり僕以外の人は平塚先生を含めて、誰も気づいていないようだった。内容は宙輪先生の自己紹介と僕たちの自己紹介、そして宙輪先生への質問でほぼ時間をつかってしまった。平塚先生もそれを予想していたらしく、それを止めるようなことはしてこなかった。授業は和気あいあいとした雰囲気で平和に終わった。ただ、授業が終わったあとの宙輪先生の最後のあの行動がなければ。


「チャイムなっちゃったので、名残惜しいけど今回の授業は終わりにします。次からはちゃんと授業するからね。あとみんなに書いてもらった自己紹介の紙を一緒に運んで欲しいから。えっと、じゃあ、望月くんいいかな?」

、、、ん?今僕が呼ばれた?

突然の事で反応ができない。

「あれ、望月くん?ダメだったかな?」

教室にいる全員が僕の方を見てくる。

おい、教室の空気終わってるって。

「おい、望月。手伝ってやってくれ。」

平塚先生が催促してくる。

あなた、絶対面白がってるでしょ。

「あ、すいません。大丈夫です。」

なんとか、返事をした。

「良かった。じゃあよろしくね。それでは、号令お願いします。」



渋々教室の前にプリントを受け取りに行く。

「じゃあ、私は先に戻ってるから。望月、よろしくたのんだぞ。」

やっぱりこの人楽しんでやがる。まあ、お世話になってるし、僕のことも気にかけてくれる良い先生なんだけどさ。

「はい、まあプリント運ぶだけなんで。」

その返答を聞いて、こっちを見て微笑んで何も言わずに出ていってしまった。

「お待たせしてすいません。行きましょうか。」

傍で待っていた宙輪先生に声をかける。

「ううん、全然大丈夫。でも、望月くんってあんまり人と関わらなそうなのに、陽和先生とは仲良さそうだね。」

意外と見られていてびっくりしてしまった。

「そんな風に見えますか?僕は自分のことを騒がしいタイプだとは思ってませんけど、人付き合いは普通ぐらいだと思いますよ。」

平静を装いながら返答する。

「だって、望月くんだけだったよ。さっきの授業でずっと窓の外眺めてたの。他の人はみんな何回か目が合ったけど、望月くんは朝礼のときの1回しか目が合わなかった。」

え?待って?凄すぎだろこの人、そんなとこまで見てるの?すごい通り越して、怖いんだけど。

「凄いですね。周りの事すごく見てるじゃないですか。僕には真似出来ないですね。でも、じゃあなんでそんな僕を使命したんです?」

これは純粋な疑問だ。もっとコミュニケーション取りやすそうなやつなんてたくさん居たのに。

「だからこそだよ。他のみんなは直ぐにコミュニケーション取れるけど、望月くんは時間掛けなきゃだめそうだったから。」

このマジで全員と仲良くなろうとしてるのか。やっぱり凄い通り越して怖いな。

「変わってるんですね。」

「そうかな。変わってるのは望月くんの方だと思うけどね。ありがとう、ここまでで大丈夫。」

気付けばもう職員室の目の前だった。

「あ、はい。それじゃあ、失礼します。」

「うん。ありがとうね、あと本当はね、望月くんに頼んだ理由は他にもあるよ。あのね、あんまり後ろにあるのはジロジロ見ないでね。恥ずかしいから。」

「え、ちょっと。」

僕の呼びかけは聞こえてないのか、職員室の中に入って行ってしまった。

僕が後頭部の輪っかと翼が見えてるのはバレているのか?でも、口封じをしてくる素振りはない。確信はないから、今反応をみて確かめたのか?まず、ここに教育実習出来たのも偶然なのか疑っていたが。一体今、僕が置かれているのはどういう状況なんだ?そんな思考の堂々巡りをしながらすっかり暖かくなった春の陽気で、やけに生ぬるい廊下を歩いて教室に戻った。

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後悔の詩 無式透色 @ToiroMushiki

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