神隠し 後日談

目を覚ます。時間を確認する。時刻は12時過ぎ。昨日というか今日の明朝、帰ってきてから結構寝ていたらしい。まだ寝ていたいという気持ちを抑えて、とりあえず、洗面所に行って顔を洗う。

「酷い顔だな、お前。」

鏡に映る自分の顔をみて、呟く。まだ、疲れが残っているのか、顔色は悪く、少しやつれているようだった。もう一度、冷水を顔に浴びせて、気持ちを引き締める。

リビングに行き、シリアルを用意しゆっくりと食べながら昨日のことを思い出す。

「凪のところ、行かなきゃ。」

食べ終わった食器を片付けて、出かける準備をする。今日は暖かそうだから、そんなに厚着しなくていいかな。

「行ってきます。」

誰もいない部屋にそう呼びかけて、玄関を後にした。



いつも通り本殿まで意外と遠い階段を登っていく。下までは自転車で来たからそんなに大変ではなかったのだが、やはり長めの階段を登るのはやや大変ではある。すると、上から1人の女の子が階段を降りてきた。

「、、、」

「、、、」

お互い干渉せずにすれ違う。僕は彼女のことを一切見ないようにすれ違う。彼女が誰なのか、が どんな表情をしているのか、今の僕には関係のないことなのだから。



階段を登り切って、本殿の方に向かうと、凪が昔ながらの竹と木でできた大振りの箒で掃除をしていた。

「よう。」

「あら、思ったより早く来たのね。」

「まあ、たまたま目が覚めたから。」

「そう、だからいつもより眠そうなのね。」

「はは、そう見える?」

「、、、」

「、、、」

「それで、天羽さんはあのあと大丈夫だった?」

「ええ、特に目立った問題は無かったと思うわ。あなたの記憶もすっかりなくなってた。」

「そうか。でも、まだ心配だから定期的に凪が見てあげてくれないか?」

「ええ、そのつもりよ。あなたこそ、なにも異常はないの?」

「ああ。特になにもないよ。昨日までの記憶もあるし、その前の記憶もちゃんとある。」

「そう。それなら良かったわ。あと提案なんだけど、この怪奇現象に名前をつけないかしら?」

「名前?」

「そう。もう何回かあってきているし、なまえがあった方が分かりやすいでしょ?」

「確かに、そうだな。でも、どんななまえにするんだ?」

「そうね。今までのものは怪異の類が多かったわよね。」

「そうだな。あと思い出というか記憶に関係してたな。怪異と回想、怪想症候群とかでいいんじゃないか?」

「ふふ、なんかあなたらしいネーミングセンスね。」

「なんだよ、それっぽいだろ。」

「ええ、いいんじゃないかしら。」

「じゃあ、怪想症候群で決まりだな。」

「それにしましょう。」

「、、、。」

「、、、。はあ、なんか他に話したいことあるんじゃないのか?」

「そう、なんだけれど。あの、そのね、」

「なんだよ。珍しく歯切れ悪いじゃん。」

「そうね。あなたに話すかどうか迷っていたのだけれど、やはり話そうと思うわ。」

「え?なんだよ。どうしたんだよ、急に神妙な感じになって。」

「実は天羽さん、あのときまだ寝てなかったの。境内をでて、部屋に戻ったときに天羽さんに頼まれたのよ。記憶が無くなる前に手紙を書きたいから紙と鉛筆を貸して欲しいって。」

「、、、。それで。いったい誰に宛てた手紙なんだ?」

「、、、あなたね。まあ分かっていたわ。それはあなたに宛てた手紙よ。そして、これが天羽さんがあなたに書いた手紙。朝起きて、記憶が無くなっていたら、渡して欲しいって頼まれたわ。」

「ああ、分かった。わざわざ、ありがとう。」

「その手紙。どうするつもりなの?」

「どうするも何も。なあ、どうすればいいのかな?」

「どうするかはあなたが決めるべきではなくて?」

「そうだよな。分かった、自分でよく考えるよ。」

「そうするといいわ。それで?今日はご飯食べていくの?」

「いや、凪も疲れてるでしょ。お互いゆっくり休もう。」

「そう。じゃあまたいつでも好きなときに来なさい。待ってるから。」

「ああ、ありがとう。じゃあ、また今度な。」

「ええ、また。」



神社の階段を降りながら考える。

「これ、どうすればいいのかなぁ。」

手紙を見ながら考える。

「はあ。なんで僕の記憶も奪ってくれないのかなぁ。」

これを読んでしまったら、僕はどんな気持ちになるのだろうか。やっぱり、どんなに意識して相手に情を抱かないようにしても、事情や経緯を知ってしまったら、無のままでいる事は難しい。

「まあ、情を抱かないように意識してる時点で情は抱いちゃうんだけどな。」

こればっかりは難しい問題だ。

意識しないように意識してる時点で、それを大きく意識してる証明なんだから。

「でも、しょうがないじゃん。こうするのが1番手っ取り早くて、1番被害が少ないんだもんなぁ。」

いつもこうなるんだ。元から孤独なはずなのに、ふと孤独を理解すると底がない空洞を堕ち続けてるような感覚に陥る。

日は傾き、冷たい風が頬を撫でる。

「もう4月なのに、まだ夕暮れは寒いなぁ。」



現在の時刻は8時05分。 あの出来事から初めての登校日である。そして、また運の悪いことに生憎の雨である。ならば、いつものように自転車は使えないのである。そう、お察しの通り、また遅刻しそうなのである。昨日は早めに寝たのにな。おかしいな。この前注意されたばっかりなので遅刻はよろしくないのだ。急いで準備をして家を出る。こういう時は制服だと服を選ぶ時間を削減できるからいいと思う。うん。そこだけ。雨で視界の悪い中小走りで学校に向かう。ハチャメチャにデジャブっているが、まあ気のせいだろう。よし最後の角だ。そこを曲がれば校門まで一直線だ。現在時刻は8時20分。よし大丈夫そうだな。安心したのも束の間。角を曲がった瞬間なにかにぶつかってしまった。おい、リプレイか?

「きゃあ?!?!」

「、、、、、、、、、、、、」

時間が止まったような感覚に陥る。目の前にいるのは僕のことを知るはずのない。今は普通のはずの女の子だった。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

地面に尻餅を付いたまま、あまりにも呆然としていたので心配した声音で聞いてきた。

僕は、はっとして咄嗟に答える。

「あ、ああ。大丈夫です。すいません。そちらこそ大丈夫ですか?」

できるだけ、平静を装う。僕が彼女のことを知っていることを悟られないように。

「それなら良かったです。こちらこそすいません。あ、手貸しますよ。」

彼女は手を差し出してきた。

「ああ、ありがとうございます。」

少し躊躇いそうになったが、多分バレてない程度の間で手を取ることにした。

彼女の手は、こんなに外は冷えているのにとても暖かかった。

「これじゃあ、私たち遅刻ですね。」

彼女は少し困ったように笑いながら話してくる。

「そうだね。また先生に怒られちゃうなぁ。」

「先輩、もしかして常習犯なんですか?」

彼女は驚いたように聞いてくる。

そんな感じ他愛の無い会話してるとすぐ学校についた。

「それでは、私はここで。」

「うん、お互いあんまり怒られないことを祈って。」

「はい、そうですね。」

そう言って、彼女は去っていった。

彼女は最初会ったときにあった不安のような影はなく明るい子になっていた。初対面の僕に対しても友好的に接してくれていた。

そんな彼女をみて、手紙をどうするべきかを決めることが出来た。

鞄からまだ読んでいない天羽さんからの手紙を取り出す。

それを、僕は破いた。

もう、読むことが出来ない程に破いた。

それを、外にある焼却炉の中に入れて燃やした。

もう、僕が会った時の天羽さんはいなかったのだ。もし、僕が天羽さんに対してこれから友達になりたいとかそんなようなことを思ってしまってはいけないのだ。そして、もう彼女は怪奇現象はないから、僕のような普通じゃない奴との関係は絶っておくべきだと考えた。

「ああ、なにやってんだろうな。」

雨の音が燃えてる紙の音をかき消してなにも感じることは出来なかった。雨が僕の感情も思い出も全部洗い流してくれるだろう。

このあとしっかり担任の先生に怒られて、何も 無いいつもの日常に戻るのだ。

「、、、はあ。寒。」

季節外れの白い息が、空に漂って、ゆっくりと消えていった。

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