神隠し 其ノ漆

現在の時刻は午前0時、場所は凪のいる神社の境内。そして、ここにいるのは僕と凪と天羽さんだ。

「あの、制服で来て欲しいって言われたので制服で来ましたけど。」

「ああ、制服で来てもらったのは、君の怪奇現象を解消するための儀式をするからね、正装が良かったんだ。僕も制服だしね。」

そう、今日は天羽さんの怪奇現象を解決する儀式をするためにこの時間に集まったのだ。

「ええ、今日の集合時間が遅かったのも、儀式のためよ。」

「そうだったんですね、あんまり説明されなかったので。」

あ、普通に集合時間と迎えに行く時間だけ伝えて大丈夫か確認しただけだった。

「律?あなた、また、」

「いや、その、はい、ごめんなさい。」

言い訳のしようがない。僕の悪い所がでた。

「はあ、まあ、いつものことだからもう慣れてしまったのだけれど。」

「あの、お取り込み中申し訳ないんですけど。今日の儀式ってなにをするんですか?」

天羽さんが純粋な疑問をぶつけてきた。まあ、それはそうだ。僕が説明してないんだから。

「そうね、今日する儀式は特に難しいことはないわ。天羽さんは私たちの指示通りして貰えば、問題ないわ。あなたは、それだけで大丈夫よ。」

確かに、それだけさえ出来れば問題ない。

「わかりました。あまり全体像が見えませんが、先輩たちを信じます。」

「そうか、ありがとう。それじゃあ始めようか。」



「あ、天羽さん、最後におまじないがあるんだけど。」

「はい、なんですか?」

僕はこれで最後の準備を終えた。



僕らは境内の中に入っていく。

先頭を進んでいた凪が口にする。

「目を伏せて頭を下げて貰えますか?」

僕は素直に従うが、天羽さんは急なことで呆けている。

「何をしているんですか?もうここは神前なのですよ。」

凪の雰囲気の変わりようで、天羽さんは理解が追いついて無いようだ。

「天羽さん、言う通りにして。大丈夫、悪いようにはしないから。」

「分かりました。」

天羽さんも頭を下げたようだ。ここから始まる。



「こちらに、捧げるための用意したお酒があります。天羽絢香さん。こちらのお酒を唇につけてください。お酒は人間ではないものとの距離を近づけると言います。」

天羽さんがこちらを見る。

「大丈夫、言う通りにして。」

天羽さんは、頷いて、言われた通りにする。

「それでは、余計な力を抜くことから始めます。頭を下げたまま、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしてください。ここは、あなたのいる場所です。あなたが居て当然の場所です。」

静まり返った。境内の中で、呼吸する音だけが強調して聞こえる。

「落ち着きましたか?」

はい、と天羽さんは答える。

「それでは、質問します。嘘の無いように、好きに答えてください。」



「あなたの名前は?」

『天羽絢香。』

「誕生日は?」

『10月1日。』

「1番好きな色は?」

『桃色。』

「小さい頃の失敗談を聞かせてください。」

『言いたくありません。』

「好きな小説家は?」

『あまり本は読みません。』

「好きな音楽は?」

『音楽もあまり聞きません。』

「中学校の入学式、どう思いましたか?」

『単に勉強する場所が変わるだけだと思いました。私の中学校はほぼ小学校からの持ち上がりだったから。』

「初恋の人はどんな人でしたか?」

『言いたくありません。』

「それでは、今までの人生で1番辛かったことはなんですか?」

『、、、、、、、』

「どうしたのですか?あなたの記憶について聞いているのですよ。」

『お父さんが、』

「お父さんが?」

『お父さんが闇金に手を出したこと。』

「それだけですか?」

『そ、それだけって、』

「まだ、あるのではないですか?」

『お父さんが借りていた闇金の人が来て、』

「その人が来て、どうなりましたか?」

『その人が来て、お前の父親の借金を返してもらうといって、私に乱暴を、多分拉致しようとしたのか犯そうとしたんだと思います。』

「そうですか、でも、しようとしたということは、結果的にはされなかったのですね。」

『はい、近くにあった花瓶でその人をなぐって、なんとか抵抗しました。でも、お父さんは助けようともしてくれませんでした。』

「そして、どうなりましたか?」

『闇金の人を怪我させてしまったから、お父さんは、』

「お父さんは、罰を受け、もっと闇金の世界にのめり込んでしまった。」

『はい、そして、それから何回も闇金の人が家に来るようになって、お母さんはお父さんと離婚して、関係切って、今は闇金の人が来ることは無くなりました。それでも、』

「それでも?」

『それでも、考えてしまうのです。あのとき私が抵抗しなかったら、家族は壊れなかったんじゃないかって。少なくとも今のようにはならなかったんじゃないかって。』

「それならば、それはあなたの感情です。どんなに辛くともあなたが背負わなくてはならいないものなのです。だから、あの頃受け止めきれなかった感情も時間が経った今なら受け止められるでしょう。だから、返して貰いなさい。」

『返して貰う、ですか?』

「そうです、目を開けてちゃんと見てみてください。」



天羽絢香は目を開け、頭をあげる。

そこにいたのは、犬、いや狐のような動物である。しかも、ただの狐では無い。大きい、体躯は虎と同じ、いやそれ以上あり、背中には、羽が、翼が生えていた。



「何が見えますか?」

『翼が生えた大きい狐のようなものが見えます。』

「あなたは、こちらの方と1度お会いしたことがあるのではないですか?」

『、、、あると思います。中学校を卒業して、高校生になるまでの春休みに会ったと思います。』

「あなたが人に触れられなくなった日と同じではないですか?」

『、、、そうです。この狐に会った時から人に触れられなくなりました。』

「それならば、言うべきことがあるのでないですか?」

『言うべきこと、、』


狐の雰囲気が急に変わる。

狐が天羽さんの方を向いて、襲いかかる。


「危なったね、天羽さん大丈夫?」

『は、はい。大丈夫です。』

間一髪で狐の強襲を止めることができた。

『あ、あの、この狐はなんなんですか?』

「ああ、このお狐様は、天狗様だよ。」

天羽さんは疑問を投げかける。

『で、でも天狗って人と同じ見た目じゃないんですか?』

「現代ではそうかもしれないけれど、元を辿ると犬とか狐とかそういう姿だったらしいよ。」

「関係のない者の発言は控えてください。仮にもここは神前であり、実際に目の前に天狗様がおられるでしょう。」

凪が釘を指してきた。

「申し訳ありません。失礼をお許しください。」

僕は謝罪の言葉を口にする。

次の凪の一言でまた場の雰囲気が変わる。

「天羽絢香さん、あなたはこの天狗様に言うことがあるのではないですか?」

すると、何かを理解した天羽さんは地面に正座し、頭下げる。

『天狗様、私のお父さんを返しては貰えないでしょうか?もう大丈夫です。私は、あのときの感情を今なら受け止められます。私はもう誰とも深く関わりたくないと、触れ合いたくないと、怖いと思っていません。だから、私の感情を思いを返しては貰えないでしょうか?』

天狗は僕から離れていき、言葉を口にする。


“分かりました。しかし、なんの代価もなしに貴方にこの感情を返すことはできない。元々、お前が要らないと申したことから始まったこと。それを、取り下げると言うのならばなにか代価を払って頂こう。”


やはり、そう来るか。

『代価というのは、何を差し出せばよろしいのでしょうか?』


“それ相応のものであれば、なんでも良い。しかし、それ相応と思えないものは受け取れない。”


天羽さんは、答えあぐねている。それもそうだ、こういうことは初めてなのだから。でも、これに関しては対策をしてきてある。

「申し訳ございません。天狗様、私に発言させて貰ってもよろしいでしょうか?」


“お前は、、、いいでしょう。私のことを止めたという事実に免じて、発言を許す。”


「ありがとうございます。天羽絢香さんの代価に関してですが、ここ数日の、私についての記憶というのはどうでしょうか?」

天羽さんがこちらを見て、驚いている。


“はは、お前はそれで良いのか?人に忘れられるということが、どれだけ残酷なことかお前分かっているのか?この娘に、それだけの価値があるとお前はそう思っているのか?”


「はい、大丈夫です。人に忘れられるということがどういうことかも分かっております。でも、私は大丈夫です。私には影響ありませんから。」


“何を言っているのだお前は?人から忘れられるということの意味を本当に理解しての発言か。”


「はい、それも分かっております。でも、私は普通では無いので、大丈夫だと思われます。」


“確かにお前は先程私を止めている。まず、普通の人間なら出来るはずがないが。それ以前に、関係の無い人間が私が見えている、更に触れることなど、普通なら有り得ないことだが。”


天狗がこちらをまじまじと見ている。


“ははっ、そういうことか少年。それにそこの巫女の娘もか。お前らが2人だから出来ることなのか。これは1本取られた。その提案を飲もうではないか。しかも、ここ数日の少年との記憶はこの娘にとってかなり大きく大事なものらしいからな。”


「ありがとうございます。それでは、この条件でお願いします。」

「ちょっと待ってください!!何を勝手に決めてるんですか先輩!!私は、それでいいなんて一言も言ってないですよ!!」

天羽さんが、こちらを向いて叫んでいる。

「いいじゃないか。ここ数日で出会ったばかりの学校の先輩の記憶だけで、その怪奇現象が治るんだ。安いものだろ。」

「そういうこと言ってるんじゃないです!!だって、私は先輩がいなかったらこの怪奇現象と私自身と向き合うことすら出来なかったから。」

違うよ、天羽さん。僕がいなくてもいずれは向き合えたんだ。たまたま僕と出会って、たまたま僕が怪奇現象に詳しくて、たまたま解決する方法が上手くいっただけなんだ。

「そんなことないよ。僕がいなくても天羽さんは1人で何とか出来てたよ。今だってそうだ。1人で向き合えてたじゃないか。」

「それは、詭弁です。綺麗事です。」

「いいじゃないか、綺麗事で。世界は綺麗なものが沢山あった方がいいじゃないか。」

天羽さんの声は震えている。それでも、僕は押し通さなきゃいけない。これ以上のことを天羽さんが代価として、払うことがないように。

「私は、私は!!先輩のことを忘れたくないです。助けてくれた人のことを、大事な人のことを忘れたくないです。」

天羽さん、それは僕のことを過大評価し過ぎだよ。そんな、大層な人間じゃない。でも、ありがとう。そう思ってくれるだけで救われるんだと思う。

「天羽さん、僕が君を助けたんじゃない。君が君自身を助けたんじゃないか。僕はたまたまその場に居合わせただけだ。だから、僕のことなんか忘れて、望んでいた日常に戻るんだ。」

いつの間にか天羽さんは泣き出していた。

「そしたら、私はあなたにどうやって恩返しをするんですか?貰ったまま返さずにあなたのことを忘れて日常に戻るんですか?」

「天羽さん、僕に恩なんて無いんだ。あと、多分、日常に戻ったら、僕みたいに怪奇現象がある人がいるといつまでも本当の日常に戻れないと思うんだ。だから、最初からこの条件を出すつもりだったんだ。綺麗さっぱり僕のことを忘れて欲しい。」

天羽さんは、泣きながら、それでも頷きながら僕の話を聞いていた。

「どうしても、ですか?これしか無いんですか?」

「ああ、これが1番いい方法なんだ。分かってくれたなら、天狗様の方を向いてから、もう一度目を伏せて、頭下げてくれないかな。」

天羽さんは、もう一度僕を見つめて、何も言わずに天狗様の方を向いて、言う通りにした。


“準備できたか?では代価を払ってもらう代わりに、お前の感情を、思いを、返そう。”


天狗様が天羽さんの頭に触れると、天羽さんは力なく地面に倒れてしまった。


“これでこの娘から預かってたものは返した。そして代価もちゃんと貰った。次に、起きたときには、もう人間に触れるようになってるし、少年のことも覚えていないだろう。”


「分かりました。凪もありがとう、疲れただろうけど、天羽さんを今晩泊めてやってくれ。」

「ええ、それはいいのだけれど。あなたは大丈夫なの?」

「昨日も言っただろ?僕は凪がいれば大丈夫なんだって。」


“本当に何も異変が起きないのだな、少年。私が見る限りでも、何か異常がある訳ではない。普通は誰か1人でも自分に関する記憶を完全に焼却された場合、存在としての規定が多少なりとも揺らぐはずなのだが。”


「ほら、天狗様もこう言ってるから大丈夫だよ。今は天羽さんの方を頼むよ。」

「分かったわ。天狗様、失礼致します。」

そう言って、凪は天羽さんを連れて境内を出ていった。僕が運ぶと言ったら、天狗に話があると呼び止められてしまった。


“少年。いや、星の少年と呼ぶべきか。お前は前にもこういうことしたことがあるのか?”


流石に鋭いな。

「ええ、全く一緒と言うわけではないですが、似たようなことは何度か。あと、星の少年は少し恐れ多いので、辞めたい頂いてもよろしいでしょうか。」


“そうか。それならば、私の親切心からの忠告がある。もう同じような方法を取るのはやめなさい。確かに、今の少年は大丈夫かもしれない。しかし、何度も通用するような方法じゃない。何より、あの巫女が可哀想だ。”


「忠告ありがとうございます。でも、もうこれ以上、怪奇現象に合うこともそうそうないでしょう。」


“そうとも限らないぞ。こういうものは引かれ合うからな。”


「では、そうではないことを祈るばかりです。あと、失礼ですが、天狗様は結構お喋りなのですね。」


“そうかもしれないな。それでは、私はお暇するとしよう。少年、あの巫女は何があっても守るのだぞ。正直、私自身、少年と巫女のことを半分も視ることが出来なかった。それは少年自身も同じなのだろう。それでも、少なくとも巫女は少年にとって大事な存在であることには変わりない。”


「分かりました。最後まで気にかけて頂きありがとうございます。」


“それではな。もう二度と私と会わないことを祈るんだな。”


そう言って、天狗は飛び立った言ってしまった。

境内を出ると、凪が待っていた。

「律」

それ以外何も言わずに、名前だけが呼ばれた。でも、それだけで凪がなにを言いたいのか、聞きたいのかが分かった。

「ああ、大丈夫だよ。今のところ何も異常はない。」

「律」

「本当だって、天狗様も今のところは異常は見えないって言ってたから。」

「そう、それで?何を話してたのかしら?」

「もう、同じような方法を取るのはやめろって忠告をもらった。何回も通じるよな方法じゃないって。あと僕自身は大丈夫だとしても、凪が可哀想だって。」

「ええ、本当に毎回心配なんだから。私自身は意識的に何か出来るわけでもないし。」

「それは本当ごめんなさい。これからは気を付けます。」

「これからは気を付けますって。また怪奇現象に関わるつもり?」

「天狗様が言ってたんだよ。僕がもうそうそう怪奇現象になんて合わないでしょうって言ったら、こういうのは引かれ合うものだからって。」

「そう、でも、もう無闇に首を突っ込むのはやめなさい。せめて、私に相談してからにしなさい。」

「はい、善処します。」

「本当に分かっているのだか。それと、天羽さんはもう部屋の布団で寝ているわ。あなたはどうするの?」

「僕は1度家に帰るよ。凪の記憶はあっても、僕の記憶は無いんだから朝居たら不自然だろ?明日は学校休みだから。ゆっくり寝かしてやってくれ。僕もまた明日来るから。」

「、、、分かったわ。それじゃ、また明日。待ってるから。」

「ああ、また明日。ありがとうな。」

「ええ、本当に感謝して欲しいわ。」

そう言って、凪と別れて帰路についた。

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