神隠し 其ノ陸

現在時刻は7時ちょうどである。昨日は後輩の女の子である天羽さんを深夜に連れ出し、女子である凪のもとへ深夜に訪問した。のだが、あれ?やってることやばいな。まあいいや、目を瞑ろう。昨日は結構夜遅くに帰ってきたのだが、疲れていたのか直ぐに眠ることができた。そのため、今日は昨日の朝と違ってちゃんと起きることができた。でも、早く起き過ぎたな。今日は昨日と違って雨も降ってないから自転車で登校できるからあと1時間ぐらい余裕がある。

「凪のとこでも寄ってくかぁ。」

なんとなくそう思った。そうしようと思った。


「それで、なんでも学校に行く前に私のとこなんかに来たわけ?結構遠いでしょ。」

「まあ、なんとなくだよ。なんとなくそうしようと思ったんだよ。あと自転車だからそんなに遠くはないよ。」

「そう、昨日の夜に会ったばかりなのに、もっと言えば半日も経ってないのに私のところに来るなんて、何か話したいことがあるんじゃないかしら?」

「本当に何も無いよ、なんとなくだよ、なんとなく。」

「そう、そういう事にしといてあげるわ。」

「うん、ありがとう。」

「ええ、感謝しなさい。それでいてあなた、もう朝食は済ませたのかしら?」

「え?ああ、そういえば食べてないな。完全に忘れてた。」

「そんなことだろうと思ったわ。あなたはいつも考えごとしてるとそうなってしまうのね。ちょっと待ってなさい。おにぎりとお味噌汁をもってくるから。」

そう言って、凪は部屋をでて奥に行ってしまった。

そうか、僕は考えごとしてたのか、昨日1日の出来事のことを考えていたのか、いや、思い出し、そして確認していた。大事なのは事実なのである。この世の中には真実が人の数だけ存在する。何故なら、視え方や捉え方は人それぞれだからだ。だが、事実は、事象は、1つしか存在しない。大事なのは事実を、事象を多くの側面から認識する、のではなく、球体として全体を把握することなのだ。だから、何回も復唱するように、往復するように確認する。

昨日の帰りに聞いた、天羽さんの心当たりについてのことも。

「お待たせ、簡単なものだけど、ちゃんと食べなさい。」

「ああ、ありがとう。世話をかけるな。」

「このくらいで済めばいいのだけれど、そうもいかないわよね。」

「ああ、それも含めて、世話をかける。」

「ええ、本当に、あなたは世話がかかるわ。」

「ありがとう、美味しかったよ。そろそろ、学校に行かないと。それが普通だからな。」

「ええ、そうね。またいつでも来なさい。ご飯くらいなら朝でも昼でも夕でも夜でも食べさせてあげるわ。」

「ああ、ありがとう。またご馳走になりに来るよ。じゃあ、行ってくるよ。」

「ええ、行ってらっしゃい。」



僕は凪のところで結構ゆっくりしていたようで、学校には特段余裕を持って到着したとは言えないような時間だった。そう、意外と、いや、普通にギリギリだった。まあ、遅刻は免れたから良しとしよう。

「今日は間に合ったんだな。流石に2日連続は良くないからな。」

ああ、僕もそう思っていたところだよ。

「律はだらしないからね。本人もちゃんとわかってるみたいだけど。」

「僕も、流石にだらしなさ過ぎるとは思ってるよ。でも治そうと思って治せてたらこうはならないでしょ。」

まあ、だらしないのはここまで来たらアイデンティティになってしまっているからな。

「そういえば、昨日の女の子なんだったんだ?」

「その話か、昨日遅刻したろ?その理由があの子に登校中ぶつかっちゃったからなんだ。だから、その謝罪的な、まあそんな感じ。」

ほんの一部の本当のこと、そしてほんの少しだけの嘘。

「へぇー、あの子とそんなことあったんだ。そんなことで、いちいち謝りに来るなんていい子なんだね。」

「確かにいい子っぽかったよ。まあ、だからと言って友達になった訳でもないけどな。」

そう、友達になったとしてもだ。結末は変わらない。

「そろそろ授業始まるな。俺トイレ行ってくるわ。望月は?」

なんだ、こいつ連れションなんて珍しい。

「じゃあ、僕も行こうかな。」

「男同士で連れションなんて仲良いね。じゃあ、うちは席に戻るよ。また後でね。」

女の子が連れションなんて言うんじゃありません。と言う前に、席に戻ってしまった。じゃあ、その連れションってやつに行ってくるから。



「で?何か話あるんじゃないのか?」

須藤がこんなことするなんて珍しいのだ。

「ああ、お前、昨日本当は何かあったんじゃないか?」

やっぱりこいつ鋭いな。

「無かった。ていうのは、まあ嘘になるな。でも、大丈夫だよ。心配かけたな。」

「ああ、そうか。まあお前がそういうなら大丈夫なんだろ。昨日も言ったけど、なんかあったら相談しろよ?」

「ああ、ありがとうな。須藤は優しいな。」

こいつは本当に優しいんだよな。

「はは、そんなことないよ。誰にでも優しい訳じゃない。」

「ははっ、それもそうか。」



その後は、それとなく、なんとなく、いつも通りになっていく日常を過ごし、その日常がある程度終わって放課後になった。

「望月、じゃあな。今日は部活あるからまた明日な。」

「ああ、頑張れよ。」

僕達はもう3年生でそろそろ引退が近いから気合いも入るだろう。

「須藤、部活頑張ってね、また明日。うちも今日は予定あるから。律もまた明日ね。」

「ああ、また明日な。」

僕もちょっと忙しくなるから丁度いいか。



学校が終わった後、自転車を走らせながらまた考えごとをしていた。何をすればいいのか。どうすればいいのか。何をするべきなのか。昨日、天羽さんに出逢った時のこと。放課後になるまで感じていた違和感。放課後天羽さんに会った時に話したこと。夜に凪のところまで行くまでに天羽さんと話したこと。凪と天羽さんと3人で話したこと。凪と2人で話したこと。そして、帰りに天羽さんが話してくれたこと。今日になって、凪の所に行ったこと。凪と話したこと。須藤と話したこと。全部何回も復唱するように、往復するように、確認して、そこから分かる事実を考える。大事なのは、人は時間が経つと考え方も感じ方も変わってくること。それが良いように働くことも、悪いように働くこともある。実際に、昨日の朝昼夜、今日の朝昼今で感じ方は違うのだ。これまでの、思考も感じ方も全部合わせて答えを導き出す。ここまで来たら、あとは辿り着いた先に行くだけだ。



僕は、天羽さんにまた今夜大丈夫か聞いたところ、今日は親が家にいるため夜中に外出が出来ないと言っていたので、今日中の解決は難しそうだ。とりあえず、凪とだけでも確認しておこう。



「それで、あなたは結論が出たのかしら。」

「ああ、とりあえずは出たよ。」

「へえ、聞かしてもらっていいかしら。」

「いいけど、一部は伏せてもいいか?」

「それは、何故かしら?」

「実はさ、昨日天羽さんを家に送るときに、心当たりがあるっていって、聞かしてくれたんだけどさ。これは、流石に本人から聞くべきだと思うから。」

「そう、やっぱりあなたは。まあ、いいわ。じゃあ、そこを伏せて聞かしてもらえるかしら。」

「ああ、まあ、そこが大半を締めてるんだけどさ、結論だけいうと神隠しみたいなものなんだよ。」

「神隠しって、あの神隠し?ある日突然に消えるっていう都市伝説みたいなものかしら?」

「その通り、でも僕が言ってるのは神隠しの中でも天狗隠しってやつだね。」

「その天狗隠しっていうのは、なにかしら?」

「天狗隠しってのは、天狗攫いとも言うんだけど。子供限定の神隠しみたいなものだね。まあ、天狗っていうのは色々な説があると思うんだけど、天狗って神として信仰の対象になってるのもあるんだよ。だから、天狗攫いって言われることもある。」

「それで、その神隠しじゃなくて、天狗がなんの関係があるのかしら。」

「さっき言った通り天狗っていうのは、色んな説があって、どれが本当の天狗か素人の僕たちには分からない。でも、肝なのは天狗って事じゃなくて、天狗隠し又は天狗攫いが子供限定だと言うところなんだ。」

「子供限定が肝って、まだ話が見えないんだけれど。」

「子供ってことは、まだ思春期なんだよ。思春期ってのは多感な時期で悩みも人一倍多い。そんな悩める子供の、悩みだけを攫ってくれたってこと。まあ悩みというより、辛い、受け止めきれないこと、なのかもしれないけれど。」

「神隠しって人を攫って何か悪いことしてるイメージが勝手についてたけど、人を救ってたってことかしら?」

「まあ、そういうことになるかな?これ全部当てつけなんだけどな。それでも、何かしらに規定しないといけないからな。そうじゃないと本人を呼べないだろ?僕らで何かしらの姿を与えなきゃ交渉もできない。」

「そういうことね。でも何故、天羽さんは天狗なんかに遭ってしまったの?」

「僕達と一緒だよ、たまたまそこに居たんだ。いつだってそこに居て、いつだってそこに居ない。僕らが身をもって体験してることだろ?」

「確かにそうね、話を戻すけれど、神隠しっていうのは神様が人を攫って何かに使ってるって勝手に思っていたけど、そうすることで人救っていたって解釈になるけど、そういうことでいいのかしら。」

「そうだな、でも神様に、天狗に、攫われたら悩みが解決するわけじゃない。人が失踪してしまうように、悩みが無くなる、もっと言えば奪われるってことなんだよ。その奪われた悩みが、人のアイデンティティの形成にとって大事な物だったら、それはなにかしらの被害はでるんじゃないか?少なからず、昨日天羽さんが話してくれた心当たりは、そういう人間関係のことだったよ。」

「そう、人には色々あるものね。神様が救ってくれたとしても、なんでもかんでも上手くはいかないって事ね。じゃあ、その攫われたものを返して貰えばいいってことかしら?でも、それは返してくださいって言えば返してもらえるのから?」

「そこは、今までと同じだよ。僕達は辿り着いたんだ。そこからは、同じだよ。」

「ああ、それはそうだったわね。じゃあ、明日にでも行いましょうか。」

「天羽さんの予定さえ合わせればできるからな。」

こうして、僕達怪奇現象を規定して、解決にあと一歩のところまできた。でも、この怪奇現象が解決してしまったら、天羽さんの悩みが、辛いことが、帰ってくることになる。それはそれでまた、怪奇現象より辛いことなのかもしれないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る