神隠し 其ノ肆
その後、天羽さんとはあまり会話をせずに、凪の待っている神社まで歩いていった。正直、こういうときに、気の利いた一言でも言うことができる人間がモテたりするのだろう。でも、そんなことが僕なんかにできるはずもなく、ただ、天羽さんはほぼ初対面の人に感情を吐き出してしまったかことに対してなのかどうかよく分からないが、話し始めたときとは別に、気まずそうに俯いて、ときたま紅茶を手の中で転がすだけだった。
「着いたよ。ここの階段を登れば、凪のいる神社があるから。」
僕は彼女の間にあった沈黙を破って、そう伝える。
「そうですか、分かりました。あの、それにしてもちょっと、ここの階段長くないですか?」
「確かにちょっと長いように見えるけど、今は夜だし先が暗くて見えないのも関係してると思うよ。」
実際、少し長めの階段だとは思うが、夜で暗くゴールが見えないのは、いつもより階段を長く見せていた。
「あと、確認なんだけど。特に凶器とかのあぶないものもってないよね?」
「え?なんですか、急に。持ってないですけど。」
うん、ごめんね、その反応が正しいんだけどね。
「その、凪はさ、僕の怪奇現象にも関係ある人って言ったでしょ?だから僕にって大事な人なんだ。危ない目には合わす訳にはいかないんだ。君のことを疑ってるとかじゃなくて、一応の確認ってことで。」
天羽さんは、少し考えて、
「分かりました。私の今の持ち物はスマホと財布、家の鍵ぐらいです。特に凶器になりそうなものは持ってません。」
「ありがとう。じゃあ凪のところに行こうか。」
僕たちは、暗闇に続いている階段を登り始めた。
「あら、思ったより早かったわね。」
階段を登りきった先には、凪が待っていた。
「ああ、待たせるよりはいいだろ?今日は巫女の服装なんだな。」
「ええ、そういう気分だったから。あなたはいつも通りって感じの服装ね。」
そう言うと、凪はこちらに近づいてきて、僕の後ろにいる天羽さんに話しかけた。
「初めまして、天羽綾香さん。私は月見里凪。多分、律から少しは聞いてると思うけど、あなたが怪奇現象から抜け出すための力になるわ。これから、よろしくお願いね。」
天羽さんは、僕の後ろから少し緊張した様子で、出てきた。
「あの、こちらこそ、初めまして。ご存知と思いますが、天羽綾香っていいます。これから、よろしくお願いします。」
天羽さんの反応を見ると、凪は提案してきた。
「じゃあ、ここでは寒いから。とりあえず、建物の中に入りましょう。奥に、家があるから。」
「分かった、助かるよ。あと、少し冷めちゃったけど、コーヒーと緑茶、どっちがいい?」
天羽さんを迎えに行く前に買ってきたホットドリンクを凪に差し出した。
「ふふ、あなたコーヒー飲めないじゃない。だから、コーヒーを貰うわ。緑茶はあなたが飲みなさい。」
「別にそんな事気にしなくていいのに。コーヒーが残ったらコーヒーも凪にあげてたよ。」
「だからよ。あなたも寒いんでしょ?温め直してあげるから。あなたも飲んで温まったほうがいいわよ。」
「ああ、そうだな。ありがとう。」
そう言って凪は先に行ってしまった。
「あの、先輩。ひとつ聞いていいですか?」
天羽さんが、後ろから聞いてきた。
「なんか、気になることでもあった?」
聞き返すと、天羽さんは、少し不機嫌そうな感じで質問してきた。
「気になるっていうか、先輩と月見里さんってどういう関係なんですか?結構仲良さそうに見えましたけど。」
また、難しいことを聞いてきたな。
「その、一言で表すのは難しいかな。なんというか、まあ、腐れ縁みたいなものでもあるというか、なんというか。」
本当に難しいことで、歯切れの悪い回答になってしまった。
「そうですか、まあいいです。早く月見里さんのところに行きましょう。待たせたら悪いですし。」
そう言って、スタスタと早歩きで凪の向かっていった方向に進んで行った。
置いてかれた僕は、2人を追いかけるように神社の奥の方に向けて歩き始めた。
家に入り、玄関で靴をしまっていると、
「あの、先輩はよくここに来るんですか?」
と、天羽さんが聞いてきた。
「そんなに、しょっちゅう来る訳では無いけど。たまに呼ばれたりとか用事があるときに来る程度かな。」
凪と知り合ったこと自体が、そんなに昔のことでは無い、なんなら最近のことなので本当によくここに来てる訳ではない。
「そうですか。」
それ以上天羽さんは何も言わずに、凪に案内された部屋に入っていった。
3人でテーブルを囲み、お茶を飲んで、ひと息ついたところで、話は始まった。
「早速本題に入りましょう。天羽さんはどんな怪奇現象が起こっているの?」
凪があまりにも単刀直入な質問をした。
「そうですよね。その話からですよね。私の身に起こっている怪奇現象は、人に触れることが出来ないっていうものです。」
僕は今朝、実際に体験しているから分かっていたことである。
「ええ、それは律から少し聞いていたわ。良かったらもっと詳しく教えてくれないかしら。」
凪は天羽さんが辛い思いをしているのを察しても尚、深く踏み込んだ質問をする。正直、嫌な役回りを押し付けてるような気がして、あまりいい気分ではない。
「そうですね。触れられないのは人って言った通りで、他のものは触れます。この、先輩が買ってきてくれた紅茶も触れますし、人以外の動物も問題なく触れます。」
やっぱり、人だけだったのか。今朝鞄を持ったり、傘を持っていたりした時点で何となく分かっていたことだが、確認というのは大事である。
「人から手渡されたものとかも問題なく触れるのかしら?」
「はい、今のところは大丈夫です。実際、今貰った飲み物の入ったコップも、問題なく触れます。」
ここまで、黙っていたがひとつ気になったことがあった。
「その、ひとついいか?今は触れる触れないっていう表現で聞いてるけど。人に触れないのは手だけなのか?それとも、身体のどこも他の人と触れ合えないのか?」
ここは、大きな問題だと思った。手だけ人と触れ合うことができない、と、身体のどの部分も人と触れ合うことができない、では怪奇現象が起こる理由は明確に変わってくると感じたのだ。
「それは私も気になっていたわ。天羽さん、実際のところどうなのかしら?」
少し、驚いたような顔をしていた天羽さんは、咳払いをしてから平静を取り戻し、こう答えた。
「今の話を聞いただけで、そこに気がつくのは凄いですね。私が人に触れられないのは手だけです。加えて、手袋とかをしてても、この手は他人に触れることが出来ません。」
そうなのか、手袋などの他のものを間に挟んでも触れないのは変わらない。怪奇現象ってのは、やっぱり。
「そうなのね、あんまり気を概して欲しくないのだけれど、もし天羽さんがいいのならば、私に触れられないかどうか試してもらっていいかしら?」
あまりにも、相手の傷を抉るような事を凪は提案した。
「大丈夫ですよ。あんまり好きではないというか避けてきたことですけど、見てもらう必要はあると思っていましたから。」
天羽さんがそう答えると、凪は天羽さんに向けて右手を差し出した。
「では、お願いできるかしら?」
「はい、行きます。」
2人は握手をしようとした。が、2人の手は握り合うことなくすり抜けてしまった。凪は自分の手を見つめたあと、天羽さんに向き直ってしっかり目を見て話した。
「ありがとう。もし辛い思いさせてしまったのならごめんなさい。」
「大丈夫です。こちらこそ、気を遣わせてしまって申し訳無かったです。」
そう言って、2人は謝りあった。
正直とても怖かった。僕自身が、今朝彼女に触れることが出来なかったという事実が少し安心材料であったが、人に触れることが出来ないという天羽さんに対して凪が触れようとするとは思わなかった。僕と凪は、人ではない部分があるから、もし彼女と触れ合うことが出来てしまうのでは無いか、もし触れ合うことが出来てしまったら僕たちは人ではないという証明になってしまうから。
「他に聞きたいこととかありますか?」
「そうね、いつからその怪奇現象が起こっているのかしら。」
それは、僕も聞こうと思っていた事だ。
「気づいたのは、高校1年生になる直前の春休みです。」
そうして、天羽さんは怪奇現象に気づいたときの話をし始めた。
「その日は、お母さんがお昼からお仕事で、仮眠をしていたお母さんを起こさなきゃいけなかったんです。それで、お母さんを頼まれた時間になって起こしに行ったんです。いつも通りお母さんを起こそうと、肩を揺らそうとしたんです。」
心なしか天羽さんの声は震えてた。
「そしたら触れないんです。私が寝ぼけてるのかと思いました。夢の中のかなって。でも、何回やっても触れないんです。混乱してたんですけど、とにかくお母さんを起こさなきゃいけなかったので、大きな声をだして起こしました。」
そして、その後、色々試したことも話してくれた。
「本当に最初は信じられなくて、色々試しました。お父さんが寝てる間に試してみたり、近所のおばあちゃんの荷物を持つふりをして触ってみたり、でもなにをしても誰も触ることが出来ませんでした。そして、誰にも相談出来ずに高校1年生になってしました。」
ここからは、高校に入ってからの話をしてくれた。
「まず、どうやって隠すかを考えました。春休みだったので一応を考える時間がある程度あったのが救いでした。」
そして、新しい友達を作る時に距離をある程度置くようにしたこと、体育の授業はなんとか理由を付けて見学するようにしてることなど、徹底してバレないようにしてたことを話してくれた。
「でも、今朝は珍しく寝坊してしまって、尚且つ新学期1日目で雨という、色々重なって焦って余裕がないときに。」
「登校中僕にぶつかって、手を貸した僕の手を触ろうとしてしまった。」
今朝のことを思い出しながら、僕は天羽さんの方を見た。
「はい、あのときはより一層焦ってしまって、すぐその場を去ってしまったんですけど。後になって、バレたの初めてだしどうしようってもっと焦ってしまいました。」
自嘲気味に天羽さんは笑っていた。
「そして、とりあえず先輩に会わなくちゃって思って学校が終わるとすぐに校門で待ち伏せしました。最初話すときは、もう怖くて緊張して。」
「確かに、凄いタジタジだったよね。」
天羽さんはまた自嘲気味に笑いながら、
「はい、でも先輩も怪奇現象を起こってるって知って、ちょっと安心したのと同時に、もっと不安になりました。でも、先輩は私の怪奇現象をどうにかできるかもしれないって言ってきて、最初は本当に信用できなかったんですけど、今は少し信用できるようになりました。」
まだ、少しなんだね。
「そのような感じであなた達は出逢ったのね。それは初耳だわ。」
凪はこちらに少し視線を向けながら言った。いや、急ぎだったから言う時間なかっただけじゃん。そんな目で見られても。
「まあ、いいわ。ありがとう天羽さん、今のところ最後の質問になると思うんだけど、怪奇現象が起こった心当たりはないかしら。」
天羽さんは、少し驚いたような困ったような顔して、間を置いて答えた。
「、、、無いです。」
凪は質問して答えるまで、天羽さんの目をずっと見ていた。
「そう。分かったわ。ありがとう。ちょっと律と話がしたいからこの部屋で待ってて貰えるから。」
「え、はい、大丈夫ですけど。」
「じゃあ、律、ちょっと一緒に来てちょうだい。」
凪は席を立って、僕を呼んだ。多分、これからについてのことだろう。
「分かった。ごめん天羽さん、ちょっとの間1人で待たせちゃうけど、本当に大丈夫?」
一応、念を押すように聞いた。
「はい、大丈夫です。どうぞ行ってきてください。」
まあ、彼女がそういうのなら大丈夫だろう。
「ありがとう、じゃあ行ってくるから。」
「ここにあるお茶請けも、遠慮しないで食べて大丈夫だから。じゃあ、失礼するわね。」
凪はそう天羽さんに伝えると、僕と凪は1度外に出て、話すことにした。
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