神隠し 其ノ参

トラウマ。トラウマとは、大きな精神的ショックや恐怖が原因で起きる心の傷。精神的外傷。外傷体験。語源としては、トラウマという言葉は、単に「傷」を意味するギリシャ語であったのだが、心理学者のフロイトが、物理的な外傷が後遺症として残るのと同様に、過去の強い心理的な傷がその後も精神的障害として残ってしまうことを「精神分析入門」において発表した。その際に、精神的外傷を意味する言葉として「trauma(トラウマ)」を用いたことから、現在のような意味として使用されるようになった。しかし、人の心にとっての、大きいな出来事、小さな出来事は人によって違う。他人からしたら、なんてことの無いようなことが、自分にとっての大きな傷になるかもしれないし、逆に、自分からしたらなんてことのない事で、他人を大きく傷つけているかもしれない。でも、そんなこと僕らには想像もつかないし、予測することから出来ないのだ。それでも、人と人は、お互いに近づき傷つけあって、分かり合おうとして、また傷つくのだ。それが、一生治らない傷として残ると分かっていても。



怪奇現象にあっていることを僕が知ってるかどうか、確認して来た天羽綾香さんと分かれたあと、須藤と南と一緒に街を回ったり、ゲーセンとか行って遊んだ。僕の奢りってことになってたけど2人とも飲み物を1本ずつ奢ることで許してくれた。正直、普段の感謝も込めて、夕飯ぐらいは奢る気持ちでいたから有難いのか、ちょっとがっかりなのか複雑な気持ちになった。それはそれとして、久しぶりに2人と遊べて楽しかった。冬休みから昨日まで、色々あって余裕かなかったと言えば、嘘になるから。そんなことを帰ってきて部屋で考えてると、スマホの通知がなった。

天羽綾香さんからの、メッセージだ。

『こんばんは、天羽綾香です。怪奇現象のことで相談よろしいでしょうか?』

とてもかしこまった文体でメッセージが書かれていた。最初に会ったときから思っていたけれど、天羽さんは僕に対してじゃないときもこんな感じなのだろうか。確かに、話し方や態度で距離をとることで物理的距離も遠くなるから、怪奇現象のことを他人に気付かれないようにしやすくなるのかもしれないが。

『こんばんは、天羽さん。大丈夫だよ。僕にできることなら、相談して欲しい。』

これからできるだけ、砕けた文体で返事するようにしよう。返事はすぐに来た。

『やっぱり私、この怪奇現象を何とかしたいです。何をしたらいいですか?』

彼女は怪奇現象と折り合いをつけて、受け容れて、これからを過ごすことよりも、立ち向かうことを選んだようだった。どちらを選んだとしても、それは、とても大きな選択なのだろう。

『分かった。僕は約束通り君の力になろうと思う。でも、ひとつだけわかって欲しいのは、必ずしもその怪奇現象を解決できるって訳ではないこと。もちろん、最大の努力はする。』

そうだ、助かる手助けは出来るが、確実に怪奇現象を解決出来るという訳ではない。しかも、簡単ではない。

『大丈夫です、分かっています。この怪奇現象を何とかすることが簡単ではないことも理解できます。それでも、私はこの怪奇現象がある限り苦しむと思うから、何とかしたいです。』

そうか、ならば、僕も最大の努力をしなければならないな。現在の時刻は20時か。

『分かった。こちらにも準備があるから、もしかしたら今日このあと出掛ける可能性もあるから準備しといてくれない?また、1時間後に連絡するから。』

『分かりました。とりあえず出かけられるようにしておきます。』

じゃあ、こちらも準備を始めなきゃな。



『それで私に泣きついてきたのね?』

『泣きついたって、でも凪には相談しない訳にはいかないだろ?』

『それもそうね。まあ、とりあえずそのあなたが出会った、いえ、出逢ってしまった怪奇現象持ちの後輩の女の子、天羽綾香さんから直接話を聞かないことにはどうにもならないわ。』

『まあ、そうだよな。一応今日このあと出掛けるかもしれないことを伝えてあるけど?』

『はあ、あなたそういう準備はしっかりできるのに、彼女からその怪奇現象については何も聞かなかったのね。いえ、わざと聞かなかったのかしら?』

『そんな意地悪な言い方しなくてもいいだろ。やっぱり、抵抗あるんだよ。』

『そうね、あなたは知ってしまっているものね。』

『ああ、だから、相手に意思がないときは、あまり踏み込みたくないんだよ。』

『まあ、いいわ。とりあえず、その子から直接話を聞きたいから連れてきて貰えるかしら。』

『分かった。じゃあ、またあとでな。』

『ええ、待っているわ。』



その後、これから出掛けることを天羽さんに伝えたところ、もう準備は出来ていたらしく、直ぐに出発できるとのことだった。現在時刻は21時を回りそうなところだったため、天羽さんの家まで僕が迎えに行き、そこから凪のところへ向かうという流れになった。それにしても、後輩の女の子を深夜とは言わないまでも夜中に連れ回すとは、あまりいい行いとは言えないよな。そんなことを考えながら、朝の雨で濡れた地面がまだ乾き切ってなくてちょっと湿っていて、所々に水溜まりがあることに嫌悪感を感じながら歩いていると、天羽さんの家の前まで着いたようだった。表札を見て、天羽さんの家で間違えないことを確認した上で、インターホンを押そうとした瞬間、あることに気が付いて、インターホンを鳴らすという行為を中止した。

待て、考えるんだ。こんな夜中にインターホンを鳴らして、出てきたのは男でしかも高校生、更には娘さんに用事がありこれから出掛けますなんて言ったら、ただのやばい奴なんじゃないか?いや、確実にやばい奴だ。こういう場合、どうすればいい?いやでも、こんな夜中に人の家の前にずっといるのも不審者だ。どうしよう、どうすればいい。と、そんな思考を堂々巡りしていたら、スマホがなった。驚いて、肩をビクンっと揺らしてしまったが、メッセージを見てみると天羽さんからだった。

『まだ着きませんか?』

冷静になれば簡単な事だった。連絡先知ってるんだから、着きましたって連絡すればいいじゃないか。

『今着きました。』

『なんで急に敬語なんですか?じゃあ、今から玄関にいくので少し待っててください。』

恥ずかしさから、敬語なってしまったし、天羽さんにも気付かれてしまった。恥ずかしさが一層高まってしまった。



玄関から出てきた天羽さんは、上はセーターにトレンチコート、下はロングスカートとショートブーツの暖かめな装いだった。

「お待たせしました。」

「いや、全然そんなことないよ。それよりも、ご両親の方は大丈夫なの?」

あまりにも、普通に玄関から出来たので気になってしまった。いくら高校生と言っても現在の時刻は21時半過ぎだ。手放しに外出を許せるような時間じゃない。ましてや、女の子なら尚のことだ。

「ああ、その事なら気にしなくても大丈夫ですよ。私の父と母は共働きで仕事が忙しく、なかなか帰ってきませんから。平日は特にですね。」

本人がそういうのなら、そうなのだろう。あまり、人様の家庭事情に首を突っ込むような趣味も無い。

「そうなのか。まあ、天羽さんが大丈夫っていうなら大丈夫だと思うけど。普段はこんな時間に出歩いちゃだめだからね。」

お節介ながら、先輩として注意しておこう。

「普段どころか、こんな時間に出歩くなんて初めてですよ。しかも、先輩がこんな時間に呼び出したんですよね?私、まだあなたのこと、全部信じてるわけじゃないですから。」

相談してきたから、信用してくれたのかと思っていたが、そんなことは無かったらしい。やっぱり人間関係の構築っていうのは難しいな。

「確かにそれはそうなんだけどさ。まあ、今はそれでもいいよ。とりあえず、目的地に向かおうか。」

「分かりました。」

僕達は、目的地に向かって歩き始めた。




「はい、これ、どれがいい?」

僕は天羽さんの家に来る途中に寄ったコンビニで買っておいた、温かいお茶と紅茶とコーヒーを差し出した。

「あの、なんですかこれ?」

あれ?伝えた通りなんだけどな。

「いや、今日冷えるから、さっき来る途中にコンビニ寄って買ってきたんだよ。ホットドリンク。」

「あの、それは分かるんですけど。なんで私にってことです。」

そんな、なんでって言われても。

「寒いの嫌でしょ。しかもこんな夜中に呼び出されて。いくら怪奇現象について手助けするって言われたって、嫌なものは嫌だし、辛いものは辛いでしょ。」

よく人は勘違いしがちだが、追い込まれたり、極限状態だったりするとその辛さや現状で麻痺しがちだが、通常なら感じるちょっとしたストレスや苦痛もちゃんと感じるし、ちゃんと溜まる。

「確かにそうですね。有難く頂きます。」

彼女は紅茶を選んだ。良かった、受け取ってくれた。正直、玄関での会話で受け取ってすらくれないかもって思ってたから出すのすごく緊張した。頑張った、僕。

「ところで、私たちはどこに向かってるんですか?」

「ん?そうか、まだ言ってなかったね。今向かってるのは、神社だよ。まあ神社に用がある訳じゃなくて、そこの神社にいる人に用があるんだけどね。」

伝えてなかった目的地とそこに行く理由を伝える。

「その人が、私の怪奇現象について何か知ってるんですか?そもそも、先輩は私の怪奇現象についてなにか知ってるんですか?」

これは、また難しい質問だな。

「そうだなぁ、僕も多分、凪も天羽さんの怪奇現象については何も知らないと思うよ。ああ、凪っていうのは、今向かってる神社にいる人ね。月見里凪。説明は色々難しいから省くけど、僕のこの身体の怪奇現象とも関係がある人だよ。」

人と呼ぶのもなかなかなんか変な存在ではあるけれど。

「知らなくても、何か出来ることがあるんですか?」

「それも説明が難しいな。今まで僕は、たくさんの怪奇現象を見てきた訳では無いけど、理由なく怪奇現象が起こることは無いんだよ。だから、その、ごめん、僕はあんまりこの手の説明は苦手というか、正直よく分かってないから出来ないんだ。」

とても、不甲斐ない話ではあるが本当のことだ。実際、この身体についても解決できてないのが現実であり、現状だ。

「そうなんですね。とりあえず、神社に行って月見里凪さんって人に会わなくちゃいけないんですね。」

「まあ、そんなに気負わないで。それが難しいことも分かるけど、力まず、肩の力を少し抜いて、同じ怪奇現象持ち同士なんだから。今は夜だし、周りにバレないようにって気を付ける必要も、昼よりは少ないから。」

あまりにも、何かに押し潰されそうな顔をしていたから。僕は彼女にそんな言葉をかけた。彼女にとって、僕の言葉に、価値なんてあるのだろうか。言ってる途中からそんな不安に駆られながら話していた。そしたら彼女、ぽつり、ぽつりと吐き出すように話し始めた。

「そう、ですよね。私、この身体に怪奇現象起こってからずっと気を張ってて。親にも相談出来なくて、当然友達にも言えるわけないし。でも、急に先輩が現れて、怪奇現象のことバレるし、なんか先輩にも怪奇現象みたいなの起こってるし、しかも、私の怪奇現象のこと何とかできるかとしれないって言われるし、今日1日だけで色々あり過ぎて、まだ頭の整理と感情が追いつかなくて。」

少し声が震え、俯きながら話す彼女に向けてかける言葉は、僕には持ち合わせていなかった。ただ、まだ明るい街の灯りで星が見えない夜空を見ながら、彼女の隣で歩くことしか出来なかった。

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