神隠し 其ノ弐
神隠し。神隠しとは、喪中に神棚を、白い紙や布で覆う慣わし。または、ある日人間が、忽然と消えてしまう現象のこと。人が行方不明になったり、町や里、村からなんの前触れもなく失踪してしまうことを、神の仕業としてとらえている概念。古来、この言葉が用いられていたが、現代でも唐突な失踪や行方不明になることを、神隠し、と呼ぶこともある。
「あ、あの、少しお話がありましゅ!!」
そう言ったその子の第一印象は、いや、正確には第二印象か。それはともかく、その子の印象は、とても綺麗な瞳をしていると感じた。それは、現実とは別の空がそこにあるかのような、吸い込まれるような瞳をしていた。朝は、雨が降っていて傘を差していたから、よく見えなかったのかもしれない。ただ、そんなことを本人に言えるはずも無く。
「えっと、何か僕にようかな?」
何故かとても緊張している様子だったから、出来るだけ、優しく、平静を努めて聞き返した。
「あ、え、そ、その、朝、今日の朝、あったこと、お、覚えてますか?」
それは、今朝の登校前にこの子と会ったことを聞いているのか、今朝この子に会った後にあった出来事を指しているのか、よく分からない、ぼかした様な聞き方である。
「おーい、望月、何してんだよ。早く行こうぜ。って、この子知り合いか?」
呼ばれて気付いた、僕以外に周りに人がいるからわざとぼかした言い方にしたのか。
「ごめん、少し待っててくれるか?」
「えー、まあ急ぎじゃないからいいけど、あんまり遅くならないでよ?」
2人に断りを入れて、また謎の少女に目を向ける。
「ごめんね?このあと予定あるから手短に済ませたいんだけど、大丈夫?」
というかこの子の名前知らないな。あれ?これはデジャブか?あ、でも今回は相手も僕の名前知らなそうだな。
「え、えっとその、それは今朝のことを、お、覚えてるかどうかに、よ、よると思います。」
あ、僕はこの子の質問に答えて無かったか。ここは、そうだよな。
「そうだね、正直に言うと覚えてるよ。君に今朝あったことも。そして、君に会ったときに起こった出来事も。」
僕は、知っている。こういうことは、嘘をついたり、面倒だからと後回しにしたり、見て見ぬふりするのが1番悪手なのだ。
「や、やっぱり、そうなんですね。でしたら、直ぐにお友達のところに行くのは、難しいと思います。」
1番の肝を聞けたからなのか、さっきよりは落ち着いてきた様子である。なんなら、覚悟が決まったような話し方だ。僕はそんなに気構える程、大層な人間じゃないのにな。
「あ、あなたは、今朝の、あの現象を見ても、私を、怖がったり、しないんですか?」
ああ、そこが気になるのか。
「あー、うん、驚いてはいるよ。」
少し、間を置いて、こちらも、重要なことを伝える。
「僕も、君のように、この身体に怪奇現象が起こった事があるから。」
正確には、今も起こったままではあるんだけど。
「、、、?、、え?」
予想外の返答に、頭の処理が追いついて居ないようだ。
「そ、それは、その、あなたも、人に触れることが出来ないってことですか?」
この子は、人に触れることが出来ないという怪奇現象が起こっているのか。その怪奇現象は、どこまで適応されるのだろうか。他人に触れることが出来ないのは今朝の時点で、分かっている。他人のものも触れることが出来ないのか、犬や猫などの人間以外の動物はどうなのか。1番大事なのは、いつからその怪奇現象が起こっているのかだが。閑話休題。今はそれよりも、質問を答えなければ。
「いや、君が今言ったような怪奇現象ではないよ。それでも、君がもし、その怪奇現象を何とかしたいなら、力になれるかもしれない。」
そうだ、僕にはそれを解決するための手助けが出来るかも知れない。ここで、僕自身が、彼女を助けられるかもしれないと考えてるようでは、昔と同じで、前に進めてはいないのだ。
「ほ、ほんとですか?で、でも、やっぱり信用できません。わ、私は、この身体はどうしようも出来ないって気付いたから、このことを、秘密にしてきたのに、急に、そんな、どうにか出来るなんて言われても!!私、分かんないです。」
それもそうだ、今まで必死に隠してた、誰にも言えないしどうしようもない事が、急になんとかなるかもしれないなんて言われても、混乱してしまうのも無理はない。
「望月、大丈夫か?急に大きな声が聞こえたから、何かあったのかと思って。」
さっきの声が聞こえたのか、須藤がこちらの様子を見に来た。
「ああ、大丈夫だよ。もう少しで終わるから、南にも伝えてくれるか?」
「、、、。ああ、望月がそう言うなら。もしなんかあったらちゃんと相談しろよ?」
須藤はこうやっていつも周りに気遣いが出来るやつなのだ。実際、その優しさに何度も救われている。
「ありがとう、本当に大丈夫だから。」
そう言うと、須藤は少し安心したように笑って南の方に歩いていった。南は、少し不機嫌そうだな。早めに行った方が良さそうだ。僕は、彼女に向き直り、ゆっくりと話す。
「その混乱する気持ちも、すごく分かる。でも、本当にその怪奇現象を何とかしたいなら、何とかするチャンスが来たなら、ちゃんと掴むべきだと、僕は思う。」
多分、彼女とってこれはとても大事なことで、とても怖い選択になるんだと思う。考えることが多すぎるから。治らないなら、これからもこの怪奇現象と向き合い続けなきゃいけないということ、本当に治るものなのか、僕のことを信用していいのか、などもっと彼女はたくさんの事を考えているのだろう。
「もうひとつ、僕は、君の身に起こっている怪奇現象については、君が許可しない限り、絶対に誰にも話さない。これは、神に誓う。」
僕にとって、僕の身体にとって、神に誓うという言葉は何よりも重い、もしかしたら命と同等、それ以上かもしれない。
「そんなこと、言われても、やっぱり、言葉だけじゃ信用出来ません。」
そうだよな、そうなるよな。
「分かった。」
僕はカバンから、筆箱をだし、その中から徐ろにハサミを取り出した。あまり、こういうことはしたくないんだけど。
「あ、あの、そ、それで何をするつもりですか?」
急に刃物を取り出し僕に対して、明らかに警戒した様子で聞いてくる。
「大丈夫、僕が怪奇現象に遭っているということを証明するだけだから。」
そうして、僕は、自分の掌の上をハサミで切り付けた。
「ひっ!!!」
彼女は僕の急な行動に、声にもならない悲鳴上げた。それにしても、やっぱりちゃんと痛いな。
「大丈夫、ほら、見てて。」
そう言って、彼女に掌を向ける。
「どんどん、治っていく?」
「そう、詳しくは言えないけど、僕はこういう体質になっちゃんたんだ。これで、少しは信用してくれたかな?」
そう言うと彼女は、少し考えた様子で
「わ、分かりました。あなたが私の事を誰にも話さないって言うところは信じます。」
そうか、それなら良かった。
「でも、やっぱりあなたが怪奇現象を治すのを手伝うっていうのは考えさせてください。」
今は、それだけで充分だ。
「分かった、じゃあ、これが僕の連絡先だから。もし、僕に頼りたいってなったら、連絡して欲しい。名前は望月律。学年は3年。」
連絡先を渡し、自己紹介をする。
「あ、ありがとうございます。私は、天羽綾香(あもうあやか)です。学年は2年です。」
やっぱり、後輩だったのか。
「じゃあ、僕、友達待たせてるから。」
「あ、あの!最後にひとつ聞いていいですか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「その、あなた、先輩の怪奇現象のことは、お友達に話したんですか?」
その質問に、僕は、答える。
「あの2人は、僕のこの体質についても、怪奇現象についても、なにも知らない。」
そうだ、本当に何も知らない。
「そうですか、分かりました。」
そう言って彼女は、鞄を持ち直し、どこかに行ってしまった。
僕も2人のところに向かおう。
「2人とも、待たせちゃってごめん、意外と時間かかって。」
開口一番、謝罪の言葉を口にする。
「まあ、訳ありっぽかったし、俺は気にしてないよ。」
須藤は許してくれたようだ。
「ふーん、そうなんだ。へぇー。」
南の方はちゃんと機嫌が悪かった。これは、ちゃんとご機嫌取りをしないとヤバいやつだ。
「あ、あの、本当に申し訳ありませんでした。僕に、お許しを頂けるチャンスを貰えませんか?」
南はイタズラっぽく笑って
「じゃあ、何か奢って貰おうかな〜。」
おい、騙したな?僕の純情なこころを弄びやがって、、、まあ待たした僕が悪いんですけども。
「わ、分かりました。奢らせていただきます。」
「やったー!ラッキーだね須藤!」
「おう、ありがとうな望月!」
「え?須藤の分も奢るの?」
「そりゃあ、俺も待たされたからな!!」
ニカッと笑ってこっちを向いている。
まあ、久しぶりだし、たまにはいいか。いつもの感謝の気持ちもあるし。
こうして、許してもらい、3人で駅の方に向かって行った。
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