神隠し 其ノ壱

付喪神。神様にも色々な種類がいる。よく八百万の神と表現されるように。その中でも、付喪神という名の神を知っているだろうか。付喪神とは、器物が100年を経過するとそこに宿るとされる精霊。人たぶらかし害を加えるという。現代では、九十九神と表記されることもある。僕はその付喪神に憑かれ、付け纏われ、そして突き動かしている。


現在の時刻は8時05分、今日は高校3年生最初の登校日である。運が悪いことに今日の天気は雨だった。ならば、自転車が使えないということだ。そう、察しの通り遅刻しそうなのである。高校2年生の冬から昨日の春休みまで色々あった僕ではあるが、こうやって、折角、普通の高校生をやれているのだから、初日から遅れるのは何となく勿体無い気分になる。雨で視界の悪い中、小走りで学校へ向かう。それにしても、雨って本当に視界が悪いんだな、もし車を運転したりすることが未来にあるのなら、天気の悪い日はより気を付けよう。そんなことを考えながら、足元を注意して進んでいたら、学校に近づいて来た。あとひとつ角を曲がれば、あとは校門まで一直線の道である。現在時刻は8時20分、ギリギリ間に合いそうで良かった。そう思って少し安堵したのが悪かったのかもしれない。最後の角を曲がったところで、何かと衝突してしまった。

「うおっ」

「きゃぁっ」

僕の腑抜けた声とは違って、衝突してしまった相手は可愛らしい声を上げて倒れてしまった。雨の中、尻もちをつかせてしまった。

「すいません!大丈夫ですか?ごめんなさい、服も汚してしまって」

落とした鞄を拾って、相手が立ち上がるの手助けするために手を差し伸べた。そういえば、日本語のすいませんとごめんなさいってほぼ一緒の意味で使われるけどニュアンスが違かったりする場合も結構あるよな。英語圏でいうところの、『Excuse me』と『Sorry』みたいな感じなのか?

「こ、こちらこそすいません!!鞄ありがとうございます!!」

彼女は鞄を受け取ったが、僕の手を掴まなかった。正確には、掴めなかった。掴むことが出来ない。鞄は確かに掴めているのに、握れているのに、僕の手は掴めない、触れることが出来ない。すり抜けてしまったのだ。あたかも彼女が、幽霊かのように。

「え?」

彼女は、「はっ」っとして

「す、すいません!!そ、その、鞄、あ、ありがとうございました!!そ、それでは、し、失礼します!!」

明らかに動揺した様子で、僕にお礼と謝罪を捲し立てて去っていってしまった。

「ちょ、ちょっと!!」

焦りとテンパリで僕の声は聞こえていないようで、途中また転けそうになっている彼女の背中を呆然と見送ることしか出来なかった。

「あの子、大丈夫なのか?」

この大丈夫なのか?はどっちの意味で言ったのだろうか。いや、どちらの意味も含んでいるのかもしれない。そういえば、うちの学校の制服だったような。もしかしたら、また会うかもしれない。

「というか、もう遅刻じゃん。」

時計の針は8時25分、ちょうど始業の時間だった。こんなに学校に近いのに、チャイムの音は、雨の音で掻き消されて聞こえては来なかった。



遅刻。学校を遅刻して先生に謝ること自体はあまり抵抗はない。それは、自分の非で迷惑をかけた人に対する謝罪だからだ。でも、しかし、何だあのHRや授業に途中から入ったときの気まずさは。何であんなに皆で一斉にこっちを向けるんだ、絶対打ち合わせしてるだろう。何はともあれ、あれを1度経験した者なら分かるはずだ。もう1度あれを経験したいとは思うことは無いだろう。もう2度とあの気まずい雰囲気を作り出すことはしたくない。この現象の回避方法としては、遅刻が確定した時点で学校を休む、もう1つは休み時間を狙って教室に入ることだ。しかし、だ。今日は雨だったため、外で待つということは出来ない、そのためどうしてもHR中に教室に入ることしか出来ないのだ。あぁ、やっぱり帰ろうかな。。。

そんなことを延々と考えていると、

「おい望月、何扉の前で突っ立ってるんだ。HRは終わったぞ。遅刻だ。早く席に着いて始業式の準備をしなさい。」

前の方の扉から出てきた先生が、凛とした声で僕に注意してきた。この先生は、去年からの持ち上がりで、2年連続で僕の担任することになったようだ。

「す、すいません。寝坊してしまって。」

「3年生1日目から寝坊なんて、気が緩んでいるんじゃないのか?もう先輩なんだからいつまでも入学したばかりの気分困るぞ。」

普通に真っ当なことを言われてしまった。

「はい、すいません。」

謝ってしかいないな。まあ、悪いのは全面的に僕なのだから仕方のないことなのだが。

「おー、望月じゃねぇか。おはようさん。遅刻なんて久しぶりじゃないのか?しかも、3年生1日目ときた。」

先生との会話が聞こえたのか須藤が声を掛けてきた。

「おう、須藤、おはよう。ああ、確かに気が緩んでるのかもしれないな。」

2年生の冬から昨日の春休みまでたくさんのことを経験して成長して大人になったなどと勘違いしているのかもしれない。そういう感傷に、まだ浸ってるいるのかもしれない。

「そうよ、しっかりして貰わないと困っちゃうんだから。」

「おはよう、南。」

南も須藤と僕が会話をしているのを見てこちらに来たらしい。

「そもそも、律は元から少し変なところあるからちゃんと自覚しないとダメだよ?」

え、なんか急に悪口ですか?

「まあ、確かにお前は少し変わってるよな。」

ああ、須藤までもが僕の悪口を、、、

「そんなに言わなくてもいいじゃないか。」

「まあ、少し変わってる程度だから周りが慣れればそんなに気にならんよ?」

「そうよ、私たちという友達を大事にした方がいいよ?」

あ、うん、そうですね。

「うんうん、ありがとうね。」

「あー!適当に言ってるでしょー」

そんな風に、楽しく、3人で話していたら始業式の時間になり、始業式が始まり、先生方のありがたい長い長いお話を聞き、部活などの表彰をして、いつも通りの始業式が終わった。

「今日はこれで終わりか。」

僕の学校は、式がある日の学校の予定はそれだけで午前中には下校になるのだ。

「ねえねえ、久しぶりに3人で遊ぼうよ。」

「おお!!いいねえ!!」

2人は乗り気である。正直最近は2人と遊べてなかったしな。

「いいね、僕も久しぶりに2人と遊びたいな。」

「え、律がそんなに正直なのなんかちょっと気持ち悪いよ。」

「望月、お前大丈夫か?熱でもあるのか?」

なんでだよ、いいだろ少しぐらい素直になっても。そういうことだって大事なんだって、思いっ切り気付かされたんだ。

「なんでそんなこと言われなきゃならないんだ、なんか今日は2人とも僕に対して当たりが強いんじゃないのか?」

「でも、最近の律は少し変わってきたかも。2年生の三学期ぐらいからかな。」

「確かに、最近はなんというか、柔らかくなったか?」

それは、うん、僕にも色々あったんだよ。というよりも、色々あったことをほんの少しだけ整理出来たのかもしれない。

「まあ、人っていうのは多かれ少なかれ、変わっていくものなんだよ。」

いい方向であれ、悪い方向であれ、変わってしまう。変わらないということは難しいのだ。

「ふーん、まあそういう事にしといてあげるよ。」

3人でこの後何をするかを相談して、とりあえず駅前まで行くことになった。

HRがはじまり、始業式と同じような内容の話を聞き、今週の日程を伝えられ、下校となった。

「よし!じゃあ、行きますか!」

「うーし!!行くぞー、望月ー」

「分かったから、ちょっと待ってくれ。」

2人ともとても張り切ってるようだ。

3人で昇降口に向かい、靴を履き替え、校門に向かう。

「すっかり雨止んだな。」

「良かった良かった!雨だと気分下がっちゃうからね。」

雨、か。

そういえば、なんか大事なことを忘れている気がする。

そう、とても大事な、いや、深刻なことだったような。

そんなことを考えながら、校門通り過ぎようとしたとき、

「あ、あの!!!!」

大きな声がして立ち止まってしまった。

振り向くと、声の主は僕の顔を確認した後、僕の方に近づいて来た。もしかして、今朝学校の近くの曲がり角でぶつかってしまった女の子じゃないか?

「あ、あの!少しお話がありましゅ!!!」

盛大に噛みながら、その女の子はこちらに懇願するように、涙目で見つめてきた。

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