捌の段【回せ】 7



 がらがらと崩れ、洋館はもうただのがれきの山になってしまった。

 ただ、中庭の跡地に、巨大な歯車が、でん、と鎮座しているだけだ。


「やれやれ、ようやく終わりかよ」


 喜三がぼやいて、さくらがそっと支える。


「お疲れさまでした、喜三さん」

『まて あれ みろよ』


 ところが、だ。

 一號を吐き出した金色天狗歯車が、まだ回っている。

 ぐるぐる、ぐるぐる、と緩やかに……しかし、確実に。徐々に速度を増しながら。


「……まずい! ゴールデンテングギヤが自律回転してやがる! ……名前なげえな!」

『いまさら だなぁ』


 自律回転しているだけではない。

 回転が、なんらかの神通力を発しているらしい。

 洋館のがれきを巻き上げ、無理やりかみ合わせながら、ひとつの塊へと成長していく。

 からくり装置のような、獣のような……あるいは、うずくまった人型のようなものへと。


『でてくる きだ ぬえの ようきで いちわりかにわり ふっかつしてる』


 ぎゅる、とはぐる丸が震えた。


「金色天狗が……現世に受肉を!?」

「おいおい、歯車の心臓とがれきの体で復活するってのかよ……!」


 喜三は塊を砕くために金砕棒を担ぎ直す。

 ……しかし、すぐにふらりと膝をついてしまった。


「喜三さん、無茶です! 気力もすっからかんですし、血も流しすぎで……!」

「このままじゃ日ノ本三大妖怪の一体が、復活しちまうんだろ!?」


 さくらは唇を噛んだ。


「私の妖力では、本家本元に通じそうにはありません……! もう、どうにもなりません! ひとまず、遠くまで逃げましょう!」

『だめだ あれは かんぜんふっかつが ねらいだ』

「完全復活ゥ?」

『さくらだ さくらをくうために おってくるぞ』

「ンだとォ……!?」


 喜三は巨大歯車を睨みつけた。

 なんとしても、破壊しなければならない。


(だが、俺の体は、もう……。)


 限界を超えて、まっすぐ立つことすらままならないような状態だ。

 まさしく、万事休す。

 ……そのとき。


『だったら』


 はぐる丸が、少年のような声を弾ませて、言った。


『ぼくの でばんだな』



 ●



 はぐる丸は、がちん、と自らの意志で喜三の首うしろから外れた。


「おい、はぐる丸!?」

『だいじょぶ だいじょぶ』


 ふわふわと浮いて、喜三とさくらの正面へと回った。

 目を丸くする二人を愉快に思いながら、はぐる丸は、ぎゅるんッ、ぎゅるんッ、と回転する。

 喜三たちから、離れていく。


「おい、はぐる丸、戻れって! 危ないぞ!」

『ぼくが あれ ぎゃくかいてん させる』


 喜三の制止を無視して、巨大な歯車へと近づいていく。


「ぎゃ、逆回転……!? なに言ってんだ、おまえ!」

『まわれば まわるほど まきこんで おおきくなるんだろ』


 そして、じゅうぶんに大きくなったら、さくらを食いに追ってくるのだという。


(だったら はなしは かんたんだ!)


 はぐる丸は、くつくつと笑う。


『ぎゃくかいてんで こんじきてんぐを ふういんいしに たたきもどす』

「叩き戻すって、そんなことできんのか!? ていうか、おまえどうやって浮いてんだ!?」

『おまえのせいだぜ きぞう おまえが おまえらが ぼくを そだてた』


 名前を付けて、話しかけ、気力をささげて、共に過ごした。

 さらには、つい今しがた、さくらの……花天狗の、神皇にも連なる上質な妖気も大量に吸ったのだ。

 はぐる丸はもはや、雑霊ではない。

 おそらく、一時的な強化ではあるだろうが……現時点だけで見れば。


『ぼく はぐるまる だいようかいだぜ』


 そう。

 一割程度しか復活できていない金色天狗に勝るとも劣らない、立派な大妖怪なのだ。


「馬鹿! 俺ァ、てめえを犠牲にするために育てたわけじゃねえぞ!」

『わかってる さびしかったんだろ いちごう みたいに』


 喜三は言葉に詰まって、なにも言えなかったらしい。

 はぐる丸は得意げに、ぎゅるんッ、と回った。


『ぼく みてたからな しゃべれないときから ずっとさ』


 はぐる丸は、喜三とずっと一緒にいたのだ。

 それこそ、六華よりも、だれよりも長く。


(しってるんだぞ きぞう。)


 だから、一號と同じで……けれど、違う点を知っている。

 喜三は、支給された歯車に雑霊が宿っていると知ったとき、名前を贈ったのだ。

 はぐる丸。はぐるまおばけの、はぐる丸。

 孤独な半妖兵器に寄り添う、物言わぬツクモギヤは、その名前を嬉しく思った。


(たんじゅんで かんたんで かっこよくなくて。)


 それでも。


(とっても あったかい ぼくの なまえ。)


 いつしか、はぐる丸は物言わぬ歯車から、生意気なよく喋る歯車になって。

 喜三は少し大人になって、年下の六華の孤独を思いやれるようになって。


(いっしょに とうきょうに でた。)


 幕府が倒れて、御伽衆はちりじりになったけれど、喜三と六華とはぐる丸は一緒に逃げた。

 血のつながらない、家族になった。

 喜三と、六華と、はぐる丸。

 奇縁堂恐山や、入道長屋の入居者たちとも、繋がった。

 はぐる丸の歯が、たくさんの人間たちと噛んで、回ったのだ。

 その回転に、これからはもうひとり加わる。


『さくらも かぞくになる だろ?』

「……はい! 私も、家族です!」

『だったら もう さびしくないな きぞう』


 ぎゅるんッ、とはぐる丸が笑った。


『へんな いきものだよな にんげんって だれかをおもいやって おもいやられて かんけいせいが つながっていく ぎゅるんとまわって いっかいてん』


 まるで歯車みたいじゃないか、とはぐる丸は思う。

 あまりにもたくさんの歯車が複雑に絡み合っているせいで、たまにうまく回らなくなってしまうこともあるけれど。

 それでも、みんな立派に回っている。


『ぼくも そのなかで まわってる』


 ふわふわと、はぐる丸は神通力でがれきからいくつかの部品を持ち上げた。

 軸や、鉄骨や、大小さまざまな歯車たちが、がちんごちんと組み合わさって、はぐる丸を中心にひとつの機構を作り上げていく。


(りっか からくり おしえてくれた。)


 簡単な仕組みだ。

 歯の大きさの違う歯車にも、変換機構を噛ませてやれば。


(ちから つたえられる おおきさかんけいなく つよく つよく!)


 がちん、とゴールデンテングギヤに、はぐる丸の機構が接続された。。


『う ぐ ぬぬ……!』


 ぎゅるんッ!

 はぐる丸が回れば、テングギヤの回転が鈍る。


『う おおお おお おおおお……!』


 ぎゅるるんッ!

 重ねてはぐる丸が回れば、ぎりぎりと音を立てて、ゴールデンテングギヤが止まった。


『おお おおお お うおおおおおっ……!!』


 ぎゅるるるんッ!

 さらに、はぐる丸が回る。

 ゴールデンテングギヤが、逆回転を、始める。

 はぐる丸の回りたい、方向へ。


 ぎゅるんッ、ぎゅるるんッ、ぎゅるるるんッ!

 回る。回る。回る――!


 巨大な歯車に、小さな歯車が、力を伝える。

 小さくても、力強く……いくつかの歯車とからくり機構を経由して、ゴールデンテングギヤを逆回転させる。

 一回転ごとに、金色天狗が封印石へと叩き戻されていく。

 それと同時に、金色天狗歯車に吸われ、組み込まれていたがれきが、がたがたと震え出した。

 さくらがぶるりと震える。


「いけません! 金色天狗が、抵抗を……! 巻き込んだがれきを、怨念で無理やりとどめているようです!」

「……つまり、どうなるんだ?」


 首をかしげる喜三の手を、さくらがぎゅっと握った。


「このままでは、金色天狗が封印石に戻った瞬間、天狗の妖気を纏ったがれきが四方八方に飛び散って……あたりが壊滅してしまいます!」

「なんだと!? おい、はぐる丸! 中止だ、ちょっととまれ!」


 ぎゅるんッ、とはぐる丸が唸りながら……笑った。


『だめだ とめたら また おおきくなるぞ』

「だけどよ、はぐる丸! てめえまで吹っ飛んじまうぞ!」

『そうだな だから にげろ』


 はぐる丸はさらに回る。止まりはしない。


(すこしでも きをぬくと おしかえされそうだ……!)


 だから、言う。


『まわせ きぞう』


 いつもの逆で、言う。


『じんせいってやつをさ にんげんも まわってるんだから』

「待て……。待ってくれ、はぐる丸! やめろ、ばか! ツクモギヤ本体が砕けたら、六華でも修復できねえんだぞ!?」

『おまえのばかが うつったんだ あんしんしろ しなねえよ だから』


 回る。


『だから がれきのなかから ぼくをさがして きぞう』


 喜三は声にならない声で、数秒間唸ったあと、涙目ではぐる丸を見上げた。


(わー ないて やがんの。)


 喜三にしては、珍しい顔だ。


『おにも なくんだな』

「うっせ! ……ああもう! わかった! てめぇ、ぜったい死ぬんじゃねえぞ!」


 はぐる丸には、肉体がないから。

 泣く、という感覚は、わからないけれど。


『おまえも しぬなよ さくらをまもって いきのびろ』

「あたりまえだ! ばか!」


 でも。


『きぞう』

「ンだよ! まだなんかあんのか!?」


 もしも、肉体があれば……。


(ぼくも きっと ないてるんだろうなぁ。)


 はぐる丸は、ない顔で微笑んだ。


『いちおう いっとく きぞう ……すてきななまえ ありがとな』

「……こっちこそありがとうだ、はぐる丸!」



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