捌の段【回せ】 6



 喜三は首だけで振り返り、はん、と鼻を鳴らした。


「多脚歯車椅子の操作。そんなに細かく手足みてえに動かせるのは、てめえの受け継いだ因子が鵺だからだったよな。いかづちを操る雷獣妖怪。椅子に電気を通して、通常のからくり以上に精密に動かせる……そういう能力だ。そうだよな?」


 だが。


「アンタは過剰な電気が体ンなかにあるせいで、立って歩けねえ。そうだったよな? 椅子のつぶれたアンタは、戦うどころか、そこから動けもしねえ。諦めな。俺の勝ちだ、一號」


 喜三の勝利宣言に、一號は顔を大きくゆがめた。

 いつもの虫も殺さぬような微笑みを脱ぎ捨てて、獰猛に吠える。


「まだだッ! まだ終わらないッ! こんなんで終わってまたるか、またッ、またしてもッ! 居場所を失って、たまるものかァーッ!!」


 一號は、封印石に手を叩きつけた。


「契約だッ金色天狗! おまえに……僕の命を、半人半妖だが鵺の肉をやる! その代わり、僕に妖気を寄越せ! 戦えるだけの妖気を!」


 喜三はぎょっとした。


「なんつーこと言いやがる、てめえ! 取り消せ、ばか!」

「おまえに馬鹿と言われる筋合いはない、ばか!」

『もう りょうほう ばかだろ』


 どくん、と封印石が鳴動する。

 莫大な妖気が、一號に流れ込んでいく。


「ぐ、が……!」


 ばりり、と一號の全身からまばゆい光があふれ出す。帯電しているのだ。

 ゴールデンテングギヤの中心から、一號が飛び出した。

 椅子もなにも使わず、電気の力で宙に……浮かんだ。


「と、飛んでやがる!?」

「ぎ、ぎ……。なんて、電力だ。ああ……はは! 鵺の力は、こんなにも強かったのか!」


 妖気を得たとはいえ、満身創痍には違いない。

 一號は赤い液体をまき散らしながら唇をひん曲げて笑った。


「最後に、もう一撃付き合え。三號。決着を付けよう」


 喜三もまた、唇をひん曲げて笑う。

 さくらの支えから離れて、金砕棒を担ぎ直す。


「喜三さん!」

「止めてくれるな、さくら。ありゃ、俺の過去の清算でもある。必要なことで――」

「違います。もう、気力がないでしょう。ツクモギヤなしじゃ、きっと膂力が足りません」


 さくらはぴったりと喜三の背中にくっついた。喜三の背中の、はぐる丸に。


「だから、私が回します。はぐる丸さんを、私が!」

「……ハ! いいね、最高だ! いっちょう、共同作業といこうか、さくら!」

「はいっ!」

『さくらも ばかだな』

「おめえはどうだ、はぐる丸」

『ぼくも ばかでいいぜ』


 なら、話は決まった。

 一號がばりばりと両腕に雷を溜めながら、喜三を睨む。


「ずるいよね、三號は。いつも、そうだ。いつの間にか、うまいこと馴染んでる。居場所を失っても、すぐに……」

「そうでもねえさ。失敗ばっかりだ」


 さくらとの関係は、まさに失敗だった。


「でも、失敗しても、帰れと言われても……諦められるかって、そう意地張ってみてるだけさ。失敗して当然だ。人間なんだから。だからよォ、一號」


 はぐる丸。烏合六華。奇縁堂恐山。入道長屋の人々。

 脳裏によぎる人々こそが……喜三の居場所だ。


「居場所ってのは、地位か? 場所か? 違うだろ。てめえ自身が、そして周りの仲間たちが、居場所なんだ。それがわかんねえから、失うんだ」


 一號はもう、なにも言わなかった。

 ただ、両手に溜め込んだ雷を、喜三たちに向かって解放する――。


「いまだ、さくら、はぐる丸!」

「回して、はぐる丸さん!」

『さいごだ いくぜ いくぜ いくぜー!』


 ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるんッ!


 さくらの妖力が、はぐる丸を回し。

 はぐる丸の歯車力が、喜三の膂力を強化する。

 鬼と、天狗と、歯車とが、互いの歯と歯を噛ませ合い、回転して生まれる最高の一打。

 由来もなにもかもが異なる、烏合の衆の……けれど、強い絆で結ばれた者たちの、一撃!


 ばちばちばちばちいッ!!!!


 と。気力と妖気と歯車力を纏った金砕棒が、雷をたやすく蹴散らした。

 喜三は気づく。己が振るう力の姿に。

 振り抜かれた金砕棒に追随するように、大気が動いている。


「まるで袖だな。振り合った多生の縁が、いつのまにやら、でっかくなって……」

「強い気持ちで繋がれた、大きな袖です」

『そでふりあう だな』


 まるで金砕棒の延長線上に、巨大な暴風の塊を接続したがごとく。

 なびく大気の流れは、さながら巨大な着物の袖のよう。

 荒れ狂う嵐のごとき風袖の槌が、雷も洋館も粉砕しながら一號へ襲い掛かる――!


「お、おおお……ッ!?」


 ばりばりと雷を全身にたぎらせながら、一號が両手で嵐袖槌を受け止めた。

 一時、嵐袖槌が止まる。


(なんつー胆力! なんつー気力! 三人がかりで、これかよ!)


 さしもの喜三も、金色天狗と契約した一號の力に驚くが。


「さすがは一號さん……喜三さんのお兄さんだけあって、強いです! でも、負けません!」

「あえ? 俺の……兄さん?」


 さくらがそう言った瞬間、喜三は頬を引きつらせ、一號は顔をゆがめた。


「兄? 僕が、三號の? まさか。血も繋がらぬ関係、元上司と元部下だ……!」


 嵐袖槌が、勢いを増す。一號が、押し込まれていく。


「でも、互いの孤児で、同じ部隊で同じ釜の飯を食べたのでしょう? 六華さんも、血のつながらぬ喜三さんを、兄と呼んで親しんでおられます!」

「それは、三號と六號だからだ。僕は違う!」

「いいえ! 違いません!」

「さくら天狗、きみに決められる筋合いはないッ……!」

「あります!」

「なぜだ!?」


 続く問答に、喜三は苦笑した。


(意外と……押しがつええんだよな! さくらは!)


 こうなると、喜三にだって止められない。


「だって、私は喜三さんの嫁ですから! 亭主の兄貴分を、ほんとうの兄かどうか決める権利があるのです!」


 堂々と言い放ったさくらに対して、一號はしばらく考え、


「……もしかして、市井にはあるのか? そういう、嫁が亭主の関係を整理する権利」


 真顔で首をかしげた。

 喜三は首を横に振る。


「俺ァ知らねえ」

『ないと おもうぞ』

「ありますよ! だって……そうじゃないと、寂しいじゃありませんか!」


 さくらの気迫が増す。妖気も増す。

 はぐる丸が『うおっ』と言いながら回転をさらに加速させていく。

 嵐袖槌が一回り大きくなった。ずん、と一號をさらに押し込む。


「一號さん! あなたの居場所は、あるのです! 喜三さんの兄としての、居場所が!」


 喜三は笑った。


(ほんと……さくらで、良かった。)


 惚れた相手が、さくらで。


「さくら、アンタ――ほんとうにいい女だな。なんべんでも惚れちまう」

『うわ のろけだ』


 喜三もぐぐっと力こぶを浮かせ、金砕棒に力を籠める。


「一號、てめえには柳生垓兵衛って仲間がいる。慕ってくれる部下もいる。そんで……仲が悪い上に頭も悪い弟と、生意気で手先が器用な妹と、押しが強くてめちゃくちゃ優しい義妹もいる! それが居場所で、いいじゃねえか!」


 ごッ! 嵐袖槌を押す。


「僕は……! だが、軍は……政府は! 僕らを見逃してはくれないだろう!」


 ごごッ! さらに、押し込む。


「なあ、一號。これはよォ、俺の経験なんだがな……」


 ごごごッ! 最後にもう一押し。


「意地張らず、格好つけず、素直に生きたほうがうまくいくことも、あるんだぜ?」


 笑わず、ただ、真摯に見つめる。

 作られたもの同士。

 同じ境遇で、けれど違うところに辿りついたもの同士。

 目と目で通じるものが、はたして……あったのか、なかったのか。


「……三號」


 一號は、ふっと力を抜いた。

 両手に満ちていた雷が、掻き消える。

 刹那の瞬間、一號は呆れ顔で喜三を見た。


「おまえは、ほんとうに馬鹿だな。……この、愚弟が」


 ごッ! しゃあ!


 嵐袖槌は洋館ごと一號を吹き飛ばした。



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