捌の段【回せ】 5
一號が、垓兵衛を非難させて、中庭に帰ってきていた。
がしょんがしょんと音を立て、歯車椅子が中庭を歩く。
さくらががらす瓶の中で頭を下げた。
「申し訳ありません、一號さん」
「わりいな、一號。そういうわけで、俺の嫁、さらっていくぞ」
「三號、ここまでされて、僕が見逃すと思うのかい」
一號が、虫も殺さぬような微笑みで喜三を見た。
喜三は口に溜まった血を吐いて捨て、笑う。
「こういうとき、悪役ってェのは落涙して改心するもんじゃあねぇのか」
「ばかだなあ、三號。僕はお国のために戦っているんだ。悪役じゃない。軍の所有物であるさくら天狗を奪おうとする君こそ悪役じゃないか」
「抜かせ、小悪党。てめえはお国のために戦ってなんか、いねえじゃねえか」
一號が小首をかしげた。
「僕は心から日ノ本のために動いているつもりなんだけれど」
「ハ! 違うぜ、一號。気づいてねえなら教えてやるが、てめえはな、寂しがり屋なんだよ」
一號が眉をひそめた。
「はあ? なにを言っているんだ、三號。寂しい? 僕が?」
「だってそうだろ。居場所のない人間ばっかり集めて、必死に居場所作ってよ。列強諸国がどうのなんてのは、ぜんぶ言い訳だ。結局、てめえは寂しくて寂しくて仕方がねえのさ」
喜三のせりふに、一號はしばらくあっけにとられ――もう一度、微笑んだ。
「三號。いまからきみを殺す。その幸せな脳天も、叩き割れば少しはましになるだろう」
「おいおい、図星を指されたからって怒るんじゃねえよ。ま、駆け落ちものってのは、障害を乗り越えるのもお約束のうちだからな。――はぐる丸!」
『まかせな』
ぎゅるんッ! 喜三が動いた。
一歩を踏みこんで、金砕棒を叩き込む。だが。
「ものを知らないガキどもが。古来より駆け落ちものっていうのは――」
ぎゅるんッ! がいんッ!
喜三の一撃は、一號の椅子が掲げた足に止められた。
ごうッ、と衝撃波が中庭を駆け巡る。
「――悲劇で終わるのが、お約束なんだよッ!」
金砕棒と椅子脚の鍔迫り合いが、がりがりと音を響かせる。
「三號を殺したら、その死体もがらす瓶の中に入れてあげよう。鬼の死体だ、金色天狗も美味しく食べてくれるだろうさ」
「いい加減、喜三って呼べや!」
がいんっ、と弾き合う。
乱打が始まった。
金砕棒の乱れ打ちと、多脚の突きが激突する。
ぶつかり合って、激音を散らす。
(……相変わらず強いな、この男!)
喜三だって、もちろん強い。
金砕棒もあるし、気迫も十分だし、なにより……背後に、さくらがいるのだ。
負けられるわけがない。
だが、一號は多脚を巧みに用いて防御し続けている……どころか、手数で押し込んですらいる。
柳生垓兵衛も難敵ではあった。もちろんだ。
しかし、一號は御伽衆の元隊長……半人半妖の超人兵士である。弱いわけがない。
さらにいえば、
「腹の傷。垓兵衛が残してくれた贈り物だね、これは。まともに戦えば、きみが勝つだろうけれど……今日ばかりは、僕に運が向く!」
「ンのやろ……!」
喜三には、全身にいくつかの傷と、腹と肩に大怪我がある。
天狗鉄の金砕棒のおかげで、元気溌剌に動いているが……常人なら十回は死んでいるような傷だ。
一號は、その傷の中でも特に大きな、腹の傷を執拗に狙い続けている。
(まったく、昔通りだな、おい! いやらしい戦い方を……!)
純粋な力比べなら、御伽衆の中でも下のほうだった。
だが、実戦で相対すれば、最後に生き残るのは一號だと、喜三は思う。
そういう相手だ。
(このまま戦い続けりゃ、負ける。俺も血を流しすぎて、時間がねえ。)
金砕棒と多脚の乱打戦を繰り広げながら、喜三は決心した。
(一號は超人兵士の忍者だが、侍じゃねえ。俺のこともそうだと思ってやがる。その認識を、突く……!)
長引かせるつもりはない。
「おお……!」
ずぶり。
「喜三さんッ!?」
敢えて。一號の攻撃、多脚の一本を、腹で受けた。
一瞬、笑みを濃くした一號だったが、すぐに気づく。
喜三の腹筋が多脚の先端を締め上げ、脚を引き抜けないことに。
「しまッ……!」
「手数が、多いならよォ……!」
ほかの脚の追撃を弾き飛ばしながら、金砕棒を振り下ろす。
金属が引きちぎれる音と共に、脚の部品が弾け飛ぶ。腹筋で固定した脚を、へし折ったのだ。
「減らせばいいだけの話だよなァ、おい!」
切腹戦法。腹を切らせて、脚をとる。自傷上等の戦法だ。
しかも、取る脚はからくり椅子の脚。
合理主義の忍者には、思いつけない戦法だ。
「く、この……!」
また、金砕棒と多脚の打ち合いが始まる。
内臓が傷つけられたのだろう。
喜三は口の端から血をぼたぼたと垂れ流し……しかし、笑った。
残りの脚は、五本。
「ハ! なんでえ、簡単な話じゃねえか! 算学は苦手だが、これは俺でもわかるってェもんだ! その椅子で立って動くにゃ、最低でも脚が三本はいるよなァ!?」
つまりは。
「あと二本、腹にぶっ刺されるだけで、てめえに勝てるならよォ、一號! それこそお釣りが来るってなもんだ!」
「体力馬鹿が……!」
一號の脚が、明確に戦法を変えた。腹ではなく、頭や腕狙いに切り替えたのだ。
(刺されても固定できない、筋肉の薄い場所か。二回目は許してくれねえか!)
だとしても、すでに一本を奪った。一號の手数は、目に見えて減っている。
この好機を逃す喜三ではない。
金砕棒を巧みに操り、脚を大きく弾いて、一號の隙を作りだした。
「回せぇ、はぐる丸!」
『かろうし しそうだ このやろー!』
「この……!」
「赤・鬼・金・棒……!」
気力を込める。はぐる丸が回る。
喜三の筋肉が躍動し、全身の傷から勢いよく血が吹き出す。
己の体すら真っ赤に染めながら、喜三は金砕棒を振り抜いた。
対する一號、脚の二本を交差させ、一撃を耐えようとしたのだが。
「おォらッ!」
その交差させた脚ごと、吹き飛ばす。
椅子は追加で二本の脚をひしゃげさせながら、蹴られた小石のごとく大きく飛んでいき、
「ごばッ!」
金色歯車の中央に、封印石の鎮座する軸部分に、椅子ごと突き刺さった。
美少年将校が、額から血を流して……動きを止める。
死んではいないようだが、しばらく動けないだろう。
(……満身創痍だぜ、こっちもよ。)
金砕棒を杖代わりにしながら歩いて、がらす瓶に近寄る。
「さくら。がらす瓶、割って出す。自分のまわりに風起こせるか?」
「身を守ればよいのですね?」
うなずく。
さくらがしゃがんだのを確認し、せーの、の合図でがらす瓶に金砕棒を横薙ぎでぶちかます。
砕けたがらすの破片が、きらきらと宙に舞い、さくらの妖術で風に巻き取られ、だれも傷付けることなく地面に落ちた。
さくらが立ち上がった直後、喜三はさくらを抱きしめた。
強く、強く。
「……もう。最初から、そうしてくださっていればよかったのに」
「わりい。ごめんな、素直になれねえ男で。一緒に帰ろう。入道長屋にさ」
「はいっ! 帰りましょう!」
『おー かえろ かえろ ぼくつかれた ねむい』
「はぐる丸さんも、ありがとうございます」
『へへ いいってことよ』
ふらつく喜三に肩を貸すさくら。
ふたりは、ぐちゃぐちゃになった中庭を歩いて、出口に向かう――だが。
「待、て」
巨大な歯車、ゴールデンテングギヤの中央から、突き刺さった一號が声をあげた。
「逃がす、わけが……ないと。そう言ったぞ、三號ッ!」
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