捌の段【回せ】 2



 ……時を、少しさかのぼる。

 飯を食い、さらにもうひと眠りした喜三は、一號たちのいる洋館を訪れた。

 正面から、金砕棒を担いで、堂々と。

 潮騒と磯の香りを感じながら、逃げも隠れもせずに。

 無論、正門前には歯車甲冑を着た侍軍人たちが門番として構えているし、彼らは喜三のことを聞かされている。


「む。包帯だらけの男、そこで止まれ」

「貴様が烏合喜三だな。そちらから手を出さぬ限りは、我らも害は加えぬ。疾く、去るがよい」


 喜三はふたりの門番を一瞥して、ふところからひょっとこ面を取り出した。

 頭に斜めにかぶせ、獰猛に笑う。


「アンタらも大変だな。一號に付き合わされてよ」


 侍軍人たちは鼻を鳴らした。


「拙者らは、列強諸国に負けぬ富国を作り強兵を生み出すという、隊長の理念に共感したのみ。貴様のような、くだらぬ意地で戦ってはおらぬ」

「じゃあ、さくらが犠牲になってもいいってのか」

「しかり。そもそも、アレは歯車の部品として生み出されたもの。守る貴様が間違っておるのだ。そら、見逃してやるから、さっさと去――ごパッ!?」


 言葉を遮って、電光石火で懐に飛び込んだ喜三が、金砕棒を侍軍人の腹に叩き込んだ。

 装甲板を粉砕し、吹き飛ぶ歯車甲冑。

 勢いそのままに洋館の正門へと激突し、重厚で豪華な作りの鉄扉をひん曲げて、一緒くたに前庭の石畳の上に転がる。


「き……貴様ァ! 敵襲ッ! 敵襲だァーッ!」

「はん! 一號に乗せられただけの、生真面目な侍軍人さんに暴力をふるうのは、いささか気が咎めるとか思ってたがよ……てめえらみたいなぼんくら、いくら殴っても心が痛まねえや!」


 怒号をあげて襲い掛かってくる、もうひとりの門番も金砕棒でぶん殴って吹き飛ばす。


「なァにが、富国強兵だ! 御立派なお題目掲げて、やることはなんだ!? 女ひとりさらって、犠牲にして、そんで得られるもので、国を守ろうってのかァ、おい! ンなもん、こっちから願い下げだ、このおたんこなすのすっとこどっこいどもが!」

『そうだそうだ なすの どっこいだ』


 だん、と強く一足を踏んで、崩壊した正門を飛び越える。

 前庭にはぞろぞろと侍軍人たちが集合しつつあった。

 喜三はにやりと笑って、金砕棒を担ぎ直した。


「回せ、はぐる丸。派手に行こうや!」

『がんばるぞ おー!』


 ぎゅるるるんッ! 喜三の首うしろで、はぐる丸がぶん回る。

 戦闘が始まった。



 ●



 中庭から駆け付けた柳生垓兵衛は、死屍累々の光景を見た。

 積み重なる砕けた歯車甲冑の山。

 美しかった石畳の洋風前庭は、ぐちゃぐちゃに荒らされてしまっている。

 ちらり、と庭の端を見る。


「小官の花壇は、無事みたいねぇ」


 何気なく呟きながら、飛んできた歯車甲冑をひらりとかわす。

 背後でがしゃんと音が鳴った。侍軍人ごと、屋敷の扉がぶっ壊れたらしい。


「……俺ァ、義兄が講談師でよォ。よく言われてんだ。風情を大事にしなさいってな」


 正面、金砕棒を振り抜いた姿勢の喜三が、にやりと笑った。


「花を潰す趣味はねえさ」

「あら、素敵ぃ。しかも気障。悪い男ねぇ、さくらさんの気持ちもわかるわぁ。だけどぉ……」


 侍甲冑たちを見る。


(……ほぼ全滅。だけど、装甲を砕いて衝撃で気絶させてるだけねぇ。この子ったら、敵相手に手加減だなんて。ほんとうに、気障ったらしい子。)


 心根の悪い男ではない、と川に叩き落された侍軍人も言っていた。

 垓兵衛もそう思う。だが。


「ごめんなさぁい。小官、もっと悪い男に惚れちゃってるから。ここで斬り捨てるわねぇ」

「できるもんならやってみな」


 ぎゅるん、がしゃん。

 無事な歯車甲冑たちが、垓兵衛の周囲に集まってくる。


「垓兵衛殿、拙者たちも共に……」

「だめよぉ。あなたたちじゃ相手にならないわぁ。倒れた仲間と、屋敷内の非戦闘員も軒並み退避させなさぁい」

「し、しかし、垓兵衛殿ひとりでは……」

「小官が本気で刀振るうのよぉ。あなたたちは邪魔だって言ってるの。巻き込まれたくなかったら、さっさと行きなさぁい」

「は、ははあっ! ただちに!」


 がしょがしょと歯車甲冑たちが走り去っていく。

 荒れ果てた前庭には、垓兵衛と喜三のふたりだけが残った。


「構えろよ、行き遅れのちゃんばら女。その刀、今度はこっちが叩き折ってやる」

「はい殺す。殺すわよぉ、烏合喜三……!」


 ぎゅりりりりりりりりり……ッ!

 垓兵衛の歯車刀が、軋みをあげて発条を押し込んでいく。


「歯車、抜刀――」


 軋み、軋み、軋んで……次の瞬間、必殺の居合を喜三目掛けて射出。

 一度は喜三を下した、必殺の一撃。

 ……しかし、前回のようにはいかなかった。

 音を置き去りにした一撃は、喜三の金砕棒に受け止められ、


 ごっぎぃんッ!!


 と、一拍遅れて激音が響く。

 前回と違って、のけぞることすらなく受け止められてしまった。

 びりびりと垓兵衛の手が痺れる。


(喧嘩煙管はせいぜい細身の棍棒だったけれどぉ、長くて太ぉい金砕棒、しかもナニコレ。すっごい霊鉄じゃなぁい。割ったり斬ったりは難しそうねぇ。なにより……。)


 武器も違うが、扱う本人がいちばん違う。


「三號さぁん、あなた……昨日よりいきいきしてないかしらぁ?」

「ハ! おかげさまでよォ!」


 金砕棒が振り抜かれ、垓兵衛の細身の体が弾き飛ばされる。

 身体操作で衝撃を受け流しつつ、流れる水のような歩法で距離を空けて、刀を構えなおした。


「この金砕棒握ると、力が湧いてくるんだわ。てめえの歯車居合なんざ、何度だって受け止めてやる」


 気力の面でいえば、前回以上。

 怪我をしているとは思えないほどだ。


(……はったりじゃないわね。なに、あの武器。なにか、三號さん個人に対する特殊なまじないでも込められているのかしらぁ?)


 垓兵衛はもちろん、喜三すら知らないことではあるが……金砕棒に込められているのは、風呂でのぼせたさくらの、喜三に対する慕情である。

 ともあれ。


「うふふ。そう何度も受け止めている時間があるかしらぁ。もう儀式は始まっているのよぉ?」

「じゃあ訂正する。――アンタをぶちのめして、さっさと先に進ませてもらう」


 じゅるり、と涎があふれ出た。


「最高ねぇ、あなた」



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