伍の段【祭りと花火と】 1
かんっ! かかかんっ! かんっ!
そうして、喜三とさくらの二人、いや、はぐる丸も加えた三人は、翌日、大江戸歯車祭に繰り出したのでございます。
東饗は普段から屋台まみれの街でございますが、祭りとなればその数は何倍にもなり、普段は屋台などやらない店、町人までもが屋台を出しまして。
祭りを目当てに近くの府県からも客が来る、日本一のお祭りというわけでございます。
人でごった返すものですから、男女で出かけたりなんかいたしますと、
「おう、はぐれるとあぶねえから手ェかせ」
「ええそうね、ぎゅっと握ってちょうだい」
などと言いあって、指を絡ませ肩を触れあわせ、仲が深まっていくというわけでございます。
なにより、最後の花火が見事でしてねぇ。
きれいな花火を見上げながら、
「アンタのほうがきれいだぜ」
「あらすてき!」
だなんて、野暮ったい遣り取りをしたりするわけでございます――。
●
祭り、ということで。
翌日、さくらは着飾っていた。
(もう、六華さんたら。)
頬に手を当てて眉を寄せた困り顔だが、もちろん、本心はまんざらでもない。
基本は軍服を改造した小袖だ。それしか服がない。
だが、帯は六華が貸してくれた華美な花柄のもの。
かんざしを使って髪も結った。うなじが見えてしまうのは、少し恥ずかしい。
(……よく考えたら、昨日、お風呂で小袖を着付けてもらったわけですから、今さらうなじくらい、恥ずかしがるようなことでもないのでしょうけれど。)
気分の問題だ。
部屋で仕立てられて、廊下に出ると、喜三が腕を組んで待っていた。
「おう。もう、準備はいいのか」
うなずく。さくらの背中からぴょこんと六華が顔を出した。
「そんじゃ、兄さま。さくらさん、案内してあげてね」
「おまえも恐山先生とよろしくやれよ」
「ざこざこ兄さまの馬鹿! もっと言い方あるでしょ!」
ぷんすこ怒って、六華が引き戸を閉めた。廊下に残されたさくらは、もじもじしながら喜三と歯車昇降機へ向かう。
ごうんごうん、と昇降機が動き始めたあたりで、ようやくさくらが口を開いた。
「そ、そのっ! おしゃれしてみたのですけれど、ど……どうですか?」
喜三が、さくらの頭の上からつま先までを見て、うなずいた。
「……そうだな。やっぱり、流行とかはわかんねえけどよ。きれいだと思う」
「きれい、だけですか」
「あと、かわいい」
「かわいい……うふふ」
「美人だ」
「やだもう、喜三さんたら……」
『やれやれ さきがおもいやられるぜ』
がこん、と籠が一階に到着した。さっそく、屋台の出ている隅田川沿いへ向かう。
長屋の前はまだましだが、川沿いに出れば人混みでごった返すだろう。
そっと、隣を歩く喜三に肩を寄せて、頭ひとつ分高いところにある顔を見上げる。
「それで……大江戸歯車祭って、なにを祀るお祭りなのですか?」
「そこからか。ええとだな」
喜三ががしがしと頭を掻いた。
「旧将軍家、徳川の家系に感謝するんだよ。幕末、幕府は徳川家の祖霊たちが宿る大歯車を開発した。旧江戸城……東饗城のてっぺんに設置された、どでかい歯車だ見たことは?」
「あります。一昨日、逃げるさなかに」
東饗城の天守に設置された、巨大な歯車。
最初見たときは、度肝を抜かれる思いだった。
「ふつう、ツクモギヤは気力の有り余った人間にしか回せない。歯車に憑く雑霊は、気力を食わねえと回れねえからな。だが、祖霊、神霊ともなれば話は別だ。人間のちっぽけな気力なんか食わなくても、自分の神通力だけで回れちまう」
「神霊……なるほど。徳川の初代は、東照宮さまですものね」
「そういうこった。ほんものの神格が回す歯車を使って、歯車使い以外でもツクモギヤの恩恵が受けられるようになってるわけだ」
『ぽるたーがいすと じゃなくて ほんもののじんつうりきだ すごいよな』
喜三は川沿いの街灯を指さした。
「歯車街灯なんかは、大江戸歯車から引かれた動力で光ってる。明るけりゃ、昼も夜も関係なく働けるだろ。東饗が急に発展したのは、大江戸歯車っつう極大動力源のおかげなんだと」
納得の理由だ。
(……たしかに。水戸の夜は、東饗ほど明るくもなければ、活気もありませんでしたもの。)
山から何度も見下ろした故郷の街の光は、ないとは言わないにしても、煌々というほどではなかった。
「喜三さんは物知りですね」
「ぜんぶ、恐山先生の受け売りだよ。あの人の話はおもしれえ。最近は仕事があったから、寄席にはいけてねえが……」
「では、今度ご一緒しませんか?」
「おう」
さらりと次の約束ができた。やった、と、さくらは内心でこぶしを握る。
「で、明機維新で江戸が東饗に変わってからも、旧将軍家の大江戸歯車は街に必要な動力源というわけだ。日ノ本政府の治世であっても、変わらずにな」
はあ、とさくらは感嘆した。
「さすがは徳川の祖霊。人民のために回り続けてくれている、と。つまり、大江戸歯車祭は徳川の祖霊に感謝するお祭りなのですね?」
「人民にとっては、そうだ。政府にとっては、またわけが違うだろうがな」
さくらが首をかしげると、喜三は唇の端をゆがめて笑った。
「大江戸歯車に匹敵する動力源は、ほかにねえってことは、だ。あれが止まると、東饗府も止まっちまう。だから日ノ本政府は『止まってくれるな』と必死に願う。金をかけ、時間をかけ、盛大に祭り執り行う。ようするに、怖いんだよ。日ノ本政府は」
「……祟ってくれるな、と荒魂を鎮める祭りでもあるのですね」
「そういうこった」
歯車については詳しくないさくらだが、妖術師としてはひとかどの実力を持つし、勉強もしてきた。
あれだけ巨大な歯車を回す神格の祖霊たちに祟られれば、人間の十人や二十人、たやすく朽ち果てるのは想像がつく。
……ひょっとすると、一族郎党、血のつながりの端の端まで呪殺されてしまうかもしれない。
「日ノ本政府は、その実、徳川の支配から逃れられちゃいねえのさ」
ただし、と喜三は言葉を繋いだ。
「政府も、現状に満足しているわけじゃあねえ。別の、強力な歯車を作る計画が、何度も持ち上がっては立ち消えになってるって、もっぱらの噂だ」
かちり、と。
さくらの脳裏で、情報の歯車がかみ合う音がした。
(別の、強力な歯車……。)
さくらは、こっそりと息を呑んだ。
「それは例えば……どのような歯車なのです?」
「そこまでは。ただ、将軍家の祖霊に匹敵する霊なんて、神話の神霊か、高僧の即身仏か。あるいは、いにしえの大妖怪くらいじゃないか?」
ぎゅるんッ、とはぐる丸が鳴った。
『ぼく しってるぞ ひのもとさんだいようかい』
「ああ、そういや恐山先生の講談で『日ノ本三大妖怪』ってのがあったな。たしか、九尾の狐、酒呑童子、それから……なんだったか」
『ええと……』
「金色天狗です。黄金の、天狗……ですよね? どれも封印されておりますけれど」
さくらが答えを言った。喜三は片眉をあげて、うなずいた。
「そう、それだ。よく知ってんな、さくら」
「ええ、まあ。これでも妖術師ですから」
「……実際、幕末にゃ、歯車抜きで妖怪の研究が盛んだったし、大妖怪にも手ェ出そうとしたやつらはいたんだよな。だが、危険すぎて、すぐに机上の空論に終わったんだ」
雑霊は人間の気力を食うために歯車を回す。そうしないと存在を維持できないからだ。
だが、気力などなくても存在を維持できる大妖怪が、封印を解かれたからといって人間の助けになるわけがない。
さくらは、歯車について、まったく明るくない。知らないことだらけだ。
ぎゅっと胸元で両手を握って、立ち止まる。喜三が振り返った。
「どした? さくら」
「喜三さん。もしも、その大妖怪が協力的だったならば、どうなさいますか?」
「……どうって?」
妙な質問に、喜三は首をかしげた。さくらは伏し目がちに問う。
「新たな歯車が、あってほしいでしょうか。東饗に生きる人間として、大江戸歯車に変わる強力な歯車があればうれしいと思うのではありませんか?」
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