参の段【一號】 2



 喜三が歯を剥いて笑った。


「ハ。超人兵士を集めている部隊ってのは、やっぱりアンタんとこか」

「奇縁堂先生から聞いたのかな? ともあれ、それなら話は早い。六號にも話をしたいから、呼んでくれると助かるのだけれど」

「アイツは来ねえよ。昨日、徹夜だったからな。ぐっすりだ。客も泊めてるもんで、アンタに割く時間はねえ」

「客?」

「年頃の女子が、五年も東饗で暮らしてたんだ。堅気の友達くらいいるさ」

「そうか。それなら、軍人がいきなり押しかけるのはよくないね」


 驚かれたら、申し訳ない。一號は気配りのできる男だった。

 喜三は首をかしげて、目を細める。


「ていうかよォ。なんで今さら俺らが必要だってんだ? 昔に比べりゃ、歯車甲冑もずいぶん進歩しただろう。わざわざ超人兵士を掘り起こす必要はねえはずだ」


 そうだね、と一號がうなずいた。


「もちろん、理由はある。ひとまずきみにだけ話そうか。超人兵士が必要な理由、それは――」


 一號は溜めを作り、拳を握りしめて、持ち上げた。


「――列強諸国と渡り合うためだ」

「……外国か」


 うなずく。


「僕は留学の折、西洋を見て回って悟ったんだ。今後、必ず戦乱の時代が来ると。明機維新戦争なんて比じゃないくらい巨大な、列強諸国を複数巻き込んだ、同盟国家群による戦争だ」


 確信があった。一號には、戦乱の未来が見えている。


「確かにこの五年でツクモギヤは格段に進歩した。けれど、外国のポルターガイストギヤはそれ以上だ。特に兵器は日ノ本の数倍進んでいる。そのぶん、資材の消費も莫大だ」

「資材の消費?」

「この長屋を見ればわかるが、縦に積めるほどになったぶん、たくさん資材を使うだろう? その大元はどこから来ていると思う? 木材はともかく、鉄や銅は国内の鉱床だけじゃ足りない。……世界ではもう、鉄の輸入で奪い合いが起きている」


 喜三が鼻を鳴らした。しゃがんだまま、椅子の一號を上目遣いに睨みつけてくる。


「いずれ、資源の……領地の奪い合いに発展するってか?」

「日ノ本も確実に世界を股にかけた大戦おおいくさに巻き込まれる。……あるいは、日ノ本が大戦の引き金を引くかもしれない。僕は、戦火から日ノ本の民を守りたい。日ノ本を、勝たせたいんだ」


 一號は、まっすぐ喜三を見据えて、思う。


(勝たないと、守れない。そのことを、僕らは重々承知しているはずだ、三號。)


 過去、敗北によって部隊を失ったもの同士。


「だから、三號。我が隊に来てくれ。一緒に日ノ本を守ろうじゃないか」

「……つまりアンタ、外国との戦争に備えて超人兵士を集めてんのか。ご苦労なこって」

「必要なんだよ、喜三。幕府側か政府側か、なんて些末な問題だった。日ノ本という大きな枠組みで、この国を守らなきゃいけないんだ。残念ながら、歯車の技術では諸外国に勝てないけれど……妖怪や物の怪の技術なら、僕らに一日の長がある。そうだろう?」


 喜三は腕を組み、にやりと唇の端を曲げた。


「ふぅん。まあ、悪くねえお題目だ。聞こえはいい。日ノ本の内部で対立せず、力を合わせて外の大きな勢力に対抗しようってか。給金もたんまりだろうな。そそられる内容だ」


 一號の表情が明るく輝く。


「なら……!」

「でも、断る。悪いな」


 しかし、喜三の返事はつれないものであった。


「断るよ。俺は断る。六華もたぶん断ると思うぜ」

「……なぜだい?」


 しゅんとする一號に、喜三が笑った。


「わかんねえのか。だろうな。そっちの黒髪の女さむらいさん、アンタはわかるか?」


 垓兵衛もまた、首を横に振る。

 はあ、と喜三は嘆息した。


「あのな。おまえら、俺らの名前調べてたわけだろ。下調べして、暮らしぶりもわかった上で、入道長屋に来た。そうだろ?」

「もちろんだ。きみたちを迎えるにあたって、失礼があっちゃいけなからね」

「なら、よく聞け。いいか。俺たちゃ烏合の衆の部隊だった。血のつながりもなにもなく、ただ同じ部隊に集められただけの、孤児の群れだ」


 一號は首をかしげた。


(なにを、当たり前のことを……?)


 わざわざなんの確認だろうか、と不思議に思う一號に、喜三が言葉を続ける。


「だが、俺と六華はその寄せ集めの絆を頼って姓にし、名前を決めた。喜び多き人生であれ。華々しき未来であれ。そういう願いを込めて、名付けたんだ」

「……あ」


 遅ればせながら、一號は己の失敗に気づいた。

 ぎん、と喜三が一號を睨みつける。


「三號と六號じゃねえ。烏合喜三と烏合六華だ。相手の名前もまともに呼べねえ相手とは、一緒にいられねえよ」


 しまったなぁ、と嘆息する。


(……ツクモギヤにも名前を付けるような男だったね、三號は。)


 納得の理由であった。


「すまなかった、三號……いや、喜三。どうも昔の癖で、というのも言い訳だな。敬意を欠いていた。申し訳ない」


 ぺこりと頭を下げる。


「わかりゃあ、いい」

「非礼を詫びるよ。今度、菓子折りでも持ってくる」

「そこまでせんでいい。ただ、そっとしておいてくれ。いまは烏合兄妹として、細々とだが、それなりに楽しく暮らしているんだからよ」

「……わかった。気が変わったら、東饗軍港の洋館に来てくれ。僕らの部隊の拠点だ」

「おう。まあ、行くことはねえだろうが……おぼえておくよ」


 一號は一礼し、がしょんがしょんと椅子を動かし、背を向けた。


「垓兵衛、帰ろう。今日は手ぶらの坊主だ」

「そういう日もあるわよねぇ」


 去ろうとする一號に、喜三がふと声をかけた。


「そういやよォ。昨日の夜、なんか捕り物があったみてえだが、あれもアンタの仕業か?」


 それまで黙って見ていた恐山が、ぽん、と手を打った。


「ああ、そうだ、そうだ。ちょうど、喜三クンや六華クンと一緒に牛鍋を食べていたとき、侍軍人さんが店に入ってきたのだったねぇ。剣呑な雰囲気でしたな、あれは」


 一號は首だけで振り返った。表情は、すでに虫も殺さぬ微笑みに戻っている。


「お騒がせして済まないね。僕がちょっと目を離したすきに、留置中の罪人が逃げ出したんだ」

「その罪人ってのは、なにをやったんだ? 赤髪の女で、妖術師だとは聞いたが」

「だれか、口を滑らせたな……? 困った部下どもだ」


 ぼやいてから、言う。


「重大かつ危険な兵器の隠匿……ってところかな。見かけたら、知らせてほしい」

「まあ、おぼえとくよ。俺がその罪人なら、とっくに東饗から逃げてるけどよ」

「かもしれないね。あと、そうだ。その女の協力者として、ひょっとこ面の男もいるらしい。やたらと強かったそうだけれど、このあたりでそういう喧嘩自慢はいるかい」


 喜三は大きなため息を吐いた。


「なんだ、そりゃ。ひょっとこ面の強い男って、変なほら話はやめてくれよ、一號」

「ほらじゃないんだけどな……」


 一號は、ひらひらと手を振った。


「それじゃ、烏合喜三。また会おう」

「俺ァ、別にもう会えなくてもいいけどな」


 喜三の憎まれ口を背後に、再び、ぎゅるんがしょん、と動き出す。

 角を曲がって、喜三たちの姿が見えなくなってから、垓兵衛がとろけるような笑みを浮かべた。


「一號隊長ぅ。あの、喜三さんという殿方。とっても、お強いのねぇ。身のこなし、筋肉の質……ああ、素敵……!」

「垓兵衛。よく耐えたね。斬りたくて仕方なかっただろうに」

「も、もちろん、隊長ほど素敵ではなかったけれどぉっ! ……じゅるり」

「あはは。垓兵衛、よだれを垂らすのはやめなさい。汚い」


 歩いて向かう先は、港のある方角だ。


「ていうかぁ、やたらと強いひょっとこ面の男ってぇ……あの喜三さんじゃないのぉ?」

「五年間も大人しく町人をやっていた男だ。いきなりやんちゃをするっていうのは、合理的じゃない。花天狗と三號のあいだに繋がりはないし、会ったばかりの人間をいきなり助けるとは思えないでしょ?」

「あら、非合理な理由があったのかもしれないわよぉ?」


 一號は怪訝そうに首をかしげた。


「非合理な理由? なんだい、それは」

「逃げた花天狗に惚れちゃった、とか」

「あり得ない。アレは惚れた、腫れたで軍に喧嘩を売るような馬鹿じゃない」


 ふうん、と垓兵衛はあまり納得していなさそうに呟いて、しかしそれ以上は話題を続けなかった。


「それで、これからどうするのぉ? 花天狗には逃げられ、喜三さんには袖にされ……。喜三さんはともかく、花天狗がなければ金色天狗歯車ゴールデンテングギヤは完成しないわよぉ?」

「三號……じゃないや。喜三の言う通り、もう東饗を出たかもしれない。仕方がないから、ほかの花天狗を使おう。水戸に兵を送って、予備を調達してもらおう」

「でも、出力が足りないでしょ? 死んでしまうわよぉ」

「僕らは国という大きなものを守るために行動しているんだ、垓兵衛」


 一號はやはり、虫も殺さぬような微笑みを浮かべた。


「小さな部品がひとつ壊れる程度、気にしていられないだろう?」



 ●



 角を曲がって、一號たちの姿が消えたあと。

 ほう、と恐山が安堵の息をこぼした。


「喜三クン。怖いカマかけをするんじゃないよ。遣り取りひとつで、さくらクンがこの長屋にいるとバレてしまうかもしれないじゃないか」

「怪しまれちゃいるだろうが、一號は証拠もないのに家に押し入るようなやつじゃない。もうしばらくは大丈夫だろ」


 喜三はあくびをして、きびすを返す。


「もうちょっと寝る。六華とさくらも、もうすぐ目ェ覚ますだろ。昼飯は食いに降りると思う」

「一號クンが来たこと、ふたりには?」


 恐山が問うと、少し黙ってから、喜三は呟いた。


「……さくらに、俺が一號と同じ部隊にいたって知られたら、どうなるかな」

「さて。小生はさくらクンの人となりを知らないから、どうとも」

「そうか」


 小さく呟いて、のしのしと歯車昇降機に向かう。


「さくらには黙っててくれ。もう少し情報を集めてから、考える。兵器の隠匿ってのも、気になるしな」

「そいつは逃げじゃないかなぁ、喜三クン」


 呆れたように言いつつ、恐山はうなずいた。


「わかった。小生も、知り合いにそれとなく一號クンの話を聞いてみるよ」

「頼む」



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