第9話

数日後、タイチは最後の出勤をして、

閉店後、店の皆と抱き合いながら挨拶をした。


ママに松井様に2人で会いに行く事を伝えると、身の危険を感じたら直ぐに連絡してくれと返答した。


更に3日後、私はタイチの自宅に迎えに行き、別宅へと向かった。

到着すると、使用人が出迎えてくれたので、事前に騒動になったら警察に通報する様に伝えた。


2階の居間へ上がるとまだ松井様は帰宅していなかった。


2時間後、階段から足音が聞こえてきた。引き戸が開くと松井様の姿があった。


「おかえりなさい。先に上がらせていただきました。」

「タイチは何処だ?」

「タイチ、出ておいで」


彼は隣の寝室から引き戸を開け、壁を伝う様に白杖を使いながら出てくると、松井様は驚いた表情をしていた。


「久しぶりだな。お前、目が見えないのか?」

「ご無沙汰しております。えぇ、貴方に戴いたお酒…その中に入っていた毒薬を飲んだ事でこの様な身分になりました。」

「毒薬…?旦那様、何故その様な事を?」

「私からの褒美として渡したのだ。そうか。微量だったが、効果はあったようだな。」

「なんて恐ろしい人だ。母を殺して、僕を手に入れようだなんて…其処までする訳を知りたい」

「お前は知らぬが…あの母親は淫乱だったんだよ。そんな者の下で暮らすなどもっての外だった。色々調べていくうちに、彼女の身分を知り、タイチを引き取りたいと考えてそう行動に取ったのだ」

「母親の身分というのは?」

「彼は私の部下の子…つまりめかけの子なんだよ。私を尻目に部下と関係を持って出来た。それがタイチ…お前なんだよ」

「そんな嘘を言っても信用できない。父さんだって居たよ。」


「じゃあ何故あの時、私の本宅に放火をしたんだ?!お前の姿を見ていた者もいたんだぞ。私は其れを隠蔽してまで、お前を守ったんだ。恩を知りなさい」


「タイチ、火を点けた事は本当か?」

「あぁ。当時、父さんは旦那様の下で工場で働いていた。僕ら家族の元に来た時に、既に僕が前の店で働いている事を知って、客人として来た。僕が気に入った事は良かったものの、男色だと知られると、この人は漁り回る様に僕を付け回したんだ」


「あまりにも逃げ回るから、どう仕留めようとしているうちに、母親に目が入った。…そういう運命なんだよ」


巫山戯ふざけるな。母さんが居なくなってからも、僕を追いかけてくるから、誰にも言えずに怯える様に生きていたんだ。その時にローズママが引き取っても良いと了解してくれて…ジュートさん達と出会ったんだ」


「其れで、ジュートに色目を使ったんだな。母親に似ておぞましい。しかし、それがお前の本性なんだよな」

「旦那様、今この通り彼は弱視の状態です。もうこれ以上関わるのは止めてください。」


すると、寝室の次の間に飾ってある刀剣を持ち出し、さやを抜いて刃をタイチの前に突き出した。


「これが見えるだろう?お前は生きている存在価値など無い。母親の元に行きなさい」

「止めてください!タイチ下がれ、俺が盾になるから、逃げるんだ。」

「逃げないよ。僕はこの人に立ち向かう。…思いのままに殺すが良い。」


私はその隙に松井様の身体に掴みかかり、刀剣を離そうと腕にしがみ付いた。


「こんな事をして事が全て終わると思うな。今からでも遅くは無い。警察に白状するんだ」

「警察は私の味方だ。何をしても構わんのだ。金も惜しまず出す。お前らの様な下衆な人間に、私を悔い改めろ等と言うことは聞かん」


刀剣が天井を向き、松井様が振り落とした瞬間、鈍い声が聞こえてきた。


「うあ…ぐっ…ねぇ、何か刺さっている様だ。ジュート、何があったの?」


振り向くと、タイチの腹部に刀剣が刺さっていた。松井様が我に返り、柄を離した。


「タイチっ!…しっかりしろ。駄目だ、無理に身体を動かすな。…おい、此処までして、これが彼の運命だなんて、決めつける気なのか?!」

「此れで良い。この様なめくら者はこうなるべき宿命さだめなのだ」

「警察は結構だから早く救急車を呼べ。」

「旦那様…きゃあっ!これは一体何があったのですか?」

「警察に知らせずに救急車を呼びなさい。良いから早く!」

「はい!」

「ジュート。お前の面目に置いて、彼を助けてやる。血を拭きなさい」

「何処へ行く?!」

「酒を飲む。2人で仲睦まじくしているが良い」

「ジュート…身体の中からどんどん何か出ていっている…痛いよ…助けて…」


畳の上が彼の流血で広がっていく。止血しようと羽織りを使い両手で押さえていたが血が溢れて出てくる。

タイチは両手に血が付いたまま、私の頬に触れてきた。


「死ぬのかな?もう、貴方の傍に居れなくなるの…?」

「頑張るんだ。もうすぐで救急車が来る。生きるんだタイチ」


彼の身体が痙攣けいれんを起こし始めて次第に冷たくなっていた。

その時、足音が聞こえたので、引き戸を開けると、救急隊員が駆け付けた。


事情を簡潔に伝えると併せて警察を呼ぶ様に告げられた。


数十分後、血の匂いが漂う中、私は呆然として身体が動けずにいた。

松井様が部屋に入ってきて、風呂に入れと言われたので、浴室のシャワーで身体についた血を洗い流し、渡された衣類に着替えて、1階の居間で椅子に腰をかけていた。


やがて警察が来て、現場検証を行い、松井様が1人で署に行く事になった。


後から聞いた話だが、今回の件は事故だったと隠蔽され、松井様が真意を白状する事は無かったという。


数時間後、大塚の自宅に帰り、ナツトの顔を見た瞬間、高笑いを始めて、靴を履いたまま居間に上がり込み彼の身体に抱きついて、悔しなりながら涙を流した。


「ジュート?何があったの?しっかりして。おい、ジュート!」


「ナツト。お前にもあの光景を見せてやりたかった。旦那様がタイチをあやめたところをな…くくっ、何故だ、何故俺の周りで次々と人が死んでいくんだ?戦争は終わっても人殺しは何故続いていくんだ?…もう、息をするのも怖いくらいだ…」


「ジュート。深呼吸して。身体が冷たいよ。毛布を掛けてあげるから…さぁ、こっちに来て」


ナツトが私に毛布を掛けて白湯を渡してくれた。一気に飲み干すと、嗚咽が出た。

彼が背中を摩り私を宥めてくれた。身を寄せて肩にもたれると、私の頭を抱えて撫でていた。


「話は後で良い。今日はもう寝よう。」


彼が布団を敷いて、私を仰向けに寝かしつけた。


次第に気が遠のく様に深い眠りについていった。

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