第7話

私はナツトと暫くの間、松井様から渡された袋包みの札束を見ていた。


「あの人、何を考えて居るんだろう?」

「受け取るのを絶対に拒むなと言われたんだ。仕方ないから、一旦銀行に預けておく。…ナツト何浮かれているんだ?」

「これだけあったら、もっと良い所に住めるよね。食べたい物も沢山食べれそうだ。堅実的に積み立ても良いかもな…」

「それには一切手を付けない。万が一返せなんて言われたら、その時一文なしじゃどうしようもなくなる。俺名義で預けるよ」

「そうだね。僕も目を醒さなきゃ」


ナツトは頬を叩いて我に返ろうとしていた。


翌日の夕刻。店に出勤して更衣室から出ると、タイチとすれ違った。先日彼から片目が見えなくなってきていると告げられて、ママに相談しようと考えていた。


「タイチ。この間の事だが、目の事は伝えた方が良いのではないか?店も長くは居られないだろう?」

「今日僕からママ達に話しておく。心配してくれてありがとう」


彼は柔やかに微笑んでいた。


開店してから3時間程経ち、踊り子達のショーの後、タイチが歌い手としてステージに立った。彼は歌う前に伝えたい事があると言いだした。


「本日は当店にお越し頂いてありがとうございます。僕から皆さんにお伝えしたい事があります。個人的なお話になります。僕、最近になり好きな人が出来ました」

「お!誰だ?」


客人が合いの手を入れて他の客人達も関心を持ち始めた。


「同業者です。僕は彼の持つ愛嬌や心遣いや信頼、人としての逞しさに惹かれました。この場を借りて告げさせてください。…ジュートさん、貴方が好きです」


カウンター席に居た私は、突然の彼の告白に戸惑ったが、客人からテーブル席に出てきて欲しいと呼び出された。ステージから近い通路に立ち、タイチに向かって返答をした。


「ありがとう。気持ちは嬉しい。また後でゆっくり聞かせて。先ずは皆さんに歌を歌ってくれ」

「よっ!色男。」

「お前もモテて鬱陶しいだろう?」


その場を愛想笑いで対応すると、客人達は酒を奢る等と言い盛り上げてくれた。


今日の彼は顔色が明るい。艶のある歌声が響き渡ると、客人や私達も聞き入っていた。

歌い終えたタイチがカウンターへ座り、客人に声をかけられ相手をしていた。

私はテーブル席に向かうと、早速客人から告白された事について話をしてきた。


「タイチも可愛いもんだな。年上のお前に愛を捧ぐ様に歌っていたしさ。これで何人に声かけられたんだ?」

「僕も嬉しいですよ。それだけ愛されている証拠なんだなってね」

「自分で言っているし。面白いなぁ。ママに感謝だな」

「ジュート。奥の席の方も呼んでいる。行ってくれないか?」

「今日は良い日になりそうだな。良いよ、向こうの客人に相手をしてあげなさい」

「では、また後ほど来ますね。」

「おぉ来た!タイチ、あの子やるなぁ。めでたい日だな、さぁ飲もう」


客人が皆楽しそうだ。私もあちこちに声をかけられて忙しく対応していた。カウンターへ酒を取りに行くと、ナツトがタイチと話をしていた。私に気付くと、彼らが更衣室に来て欲しいと、腕を掴み強く引っ張ってきた。


「まだ営業中だ。3人居なくなったら客人が困るぞ」

「タイチの事、はっきりしてもらいたい。告白の返事を此処で言ってくれ」

「ナツト、何も急ぐ事はない。どうしたんだ?」

「あの…僕は気持ちは変わりません。ありのままに彼に伝えたんです。悪い事をしたと思えれない」

「タイチ。ジュートと僕を引き離したいのか?何も客人の前で言う事じゃない。恥をかきそうな気分になったよ」

「ナツト。取り敢えず良いじゃないか。タイチだって事情がある。ママから聞いただろう?」

「それとは話が別だ。恋人として言うよ。余計な身分で出しゃばるのも止めてくれ。甘えるな」

「そう言う言い方はない。謝れ」

「嫌だよ。僕はジュートから絶対離れない。誰にも渡さないからな!」

「おい!…全く。申し訳ない。普段あんなに怒る事をしない奴なんだが…」

「いいえ。僕もタイミングが悪かったんです。でも本心は伝えたかったんです。ご免」

「告白してくれた事は悪い事じゃない。ただ、彼奴とは別れる事はないから。それだけは言っておく」

「お二人を引き裂くだなんて考えられない。正直に伝える事が可笑しな事ですか?」


私は俯いた。何も言い返せなかった。


彼の弱視の事、ナツトの思い。心情が揺れる中、タイチは私を優しく抱きしめてきた。


「混沌させてすみません。僕も店頭に戻ります」


暫くしてからテーブル席へ行くと、とある常連客が座っていた。


「ジュート。久しぶりだな。元気そうだね」

「石田様。ご無沙汰しております。今日いらっしゃってくださったんですね」


三田に寫眞しゃしん館を経営している石田様が来てくれていた。私達男色の者を親身に見てくださる数少ない店の常連客だ。


「先月のママの誕生日に顔を出せなかった分、今日は酒を持ってきたんだ。店の皆で飲んでほしい」

「ありがとうございます。後でいただきます。石田様、三田に移ってから寫眞館は如何ですか?」

「お陰さまで繁盛しているよ。常連の方も来てくれるし、ありがたい事だ」

「僕等も前回集合寫眞を撮っていただいて、皆が嬉しそうにしていたのが懐かしいです。ナツトとの記念寫眞、自宅に大切に持っています」

「ナツトとはどうだい?2人暮らしは楽しい?」

「えぇ。彼は料理をするんですが、僕が教えてあげたら品数が増えきて、今や頼もしくなっています。」

「そうか。良い相棒に巡り会えて幸せだろう?」

「えぇ。そうですね…」

「どうした?浮かない顔して。珍しい」

「すみません。色々お互いの事知っていくと、見えてくるものの価値観の違いもあって。此処だけの話、喧嘩もするんです」

「それはごく普遍的な事だ。喧嘩して分かり合える事もある。その分仲も良いだろう?」

「どちらかと言うと僕の方が折れて事が済む事もありますね」

「まぁ良いじよないか。頼りある家族だ」

「家族?」

「そうだよ。君達は立派な家族だ。かけがえのない存在同士、永く付き合っていける間柄だ。ナツトだって君を嫌ったりすることもあるだろうが、それは尊敬の念もあるからだよ」

「彼奴から尊敬される…まだまだ僕等も見習わなければならない所もありますし」

「ゆっくりで良いんだ。気長にあの子を見てあげなさい。焦りは禁物だ」

「やっぱり石田様には頭が上がらない。見透かされている様で…色々努めていかなければならないですね」

「弱気にならなくても良い。君達らしくいなさい」


何時も来る度に温かく見てくれる大事な客人。非の打ち所がない父性を持ち合わせる心強い方だ。


タイチも同席して石田様が頭を撫でると彼は照れ臭そうに微笑んでいた。


店に一本の電話が入った。ママが受け取ると相手は松井様からだった。

私に替わって欲しいと言われたので、受話器を取った。


「タイチを別宅にですか?」

「一緒に来てくれ。2人と会話がしたい。」


私はこの時、憂懼ゆうくする揺らぎが止めどなく身体の底から沸き上がっていた。

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