第6話

「タイチ、こっちに座って」

「僕の事、抱けない理由があるの?」

「どうしてそんなに求めてくるんだ?何を焦っている?」

「古傷を忘れたいんだ。彼奴からされてきた野蛮な事を全てさ。調教される様に傍に居たから…僕は世間一般と同じ恋がしたい。貴方に会ってから…この人なら分かってくれると考えていた」

「俺は皆と平等で居たい。新たに恋愛をするなど、考えられないんだ」

「客人を抱くのと一緒だ。ジュートさん、本気になったつもりで芝居しながら抱いてほしい」

「本当に、後悔しないな?嘘で良いなら抱いてやる…」


不意にタイチから口づけをしてきた。彼は息を荒くしながら、私を抱きしめてきた。


「最後までやり通して欲しい」

「分かった」


タイチは自らシャツを脱ぎ、雪膚せっぷを覗かせた。ナツトに似た様な華奢な身体つきだが、筋肉質な体型が目に入った。


彼が私の上半身の衣服を脱がせ、首元を甘噛みをしては、彼の表情を伺った。胸や腹、脚の付け根を舌で舐めていくと興奮して声を出していた。


「途中で止めないで。今度は僕がしてあげる」


私はうつ伏せになると彼は肌着をまくし上げ、背筋を伝う様に肌を噛みながら、感触を確かめていた。


「食べたい」

「え?」

「全部食べ尽くしたい肌だ。」


仰向けに返すと、タイチは私に跨がり口づけを交わしてきた。身体を嗅ぎながら弄ると、硬くなった互いの性器を擦り合わせてきた。


「今夜だけじゃ足りない。時間をかけて貴方を知りたいよ」


彼は身体をのけ反り喘ぎ声を出して高揚していた。私も次第に彼の事が知りたくなり始めていた。

素直な子だ。僅かな色恋を与えるのも、彼にとって良いものになれば受け入れてあげても良いのかもしれないと思った。


1時間ばかりだった。私達は夜露に濡れながら情交に更けていった。


衣桁にかかった着物をタイチの身体に被せて、煙草を吹かしながら、彼の横顔を眺めていた。


「ジュート。君は優しいよ。愛すように抱いてくれるなんて…思いもしなかった。ありがとう」

「あまりその気にならないでくれ。」

「あっ。その気になっているのは、君の方だな?」

揶揄からかうな。客人に優しくしてあげたみたいにしただけだ」

「…愛らしいな。皆んなから頼りにされる訳が分かるよ」


彼は私の頭を撫でてきたので、振り切ると微笑んでいた。


1階のカウンターに降りてくると、ナツトが私を見つめてきた。2階での出来事が気がかりだったようだ。


「楽しめた?」

「彼、泣いていたよ。」

「ジュート、何か言ったの?」

「逆に何も言えなかったな。幼児の様に手を握ってきていたよ。」

「タイチに狙われているね。嫉妬しそうだ」

「下手に歯向かうのは良くないぞ」

「そうかな?」


淡々と語りながらナツトは楽屋へ向かっていった。


数日経ったある日、松井様から大塚の自宅に一時的に帰っても良いと言われた。

閉店後、ナツトと一緒に自宅に帰った。


3週間ぶりの部屋の中は相変わらずの狭い空間の佇まいだが、それが何よりも居心地が良いのだ。押し入れから布団を取り出し、畳の上に敷いて寝ようとしたら、ナツトが私の布団の中に入ってきた。


「やっぱりだな。俺を待っていたんだろう?」

「そんな事ない。松井様やタイチに付きっきりで嫉妬しているだけさ」

「正直な奴だな」


ナツトの額に口づけすると、前髪を無造作に触って嫌がる彼の仕草に吹き出してしまった。


翌日、松井様の別宅に行き、1階の台所へ向かうと使用人に夕飯の用意を手伝いたいと告げた。初めは断られたが、世話になっている松井様の為にと、お願いをすると1品だけなら良いと許可してくれた。


居間に戻ると、松井様が帰宅していた。


「今日は如何でしたか?」

「あぁ。どうも社員の出入りが激しくてな。売り上げもあまり良くないんだ」

「業績が思わしくないんですか?」

「他の紡績会社が増えてきていて、そちらに異動したいという依願者が多いんだ」

「失礼します。夕食のご用意ができました。お運びしても宜しいでしょうか?」

「あぁ。頼む」


卓上に御膳が並ぶと松井様が何かに気づいた。


「この器の品だけ、質素な物だが?」

「それ、僕が作りました。」

「お前が?何故料理を?」

「松井様にお世話になっているお礼に一品作ったです。煮物は好みではないですか?」

「いや、いただこう。…うん、味付けや食感もバランスがよい。得意なのか?」

「料理が好きなんです。一人暮らしが長かったので、気がついたら品数も増えました」

「見た目で物を判断するのは良くないな。こうしていただくと昔を思い出す」

「ありがとうございます。そう言ってくださるの、嬉しいです」

「あともう少ししか居ないが、私の事は旦那様と呼びなさい。」

「では、旦那様。先程のお話ですが、提案があるんです」

「何だね?」

「新規で雇う者に、日雇い労働者の者を加えてみては如何でしょうか?」

「日雇いだと?あれだけ溢れている者達を起用するなど、考えた事等無いぞ。何故その様に申す?」


「20歳の時、終戦から間もない頃に、僕も経験した事があります。狭いアパートの居室に6畳間に男7人で雑魚寝をしていた日が続きました。土工でしたが、正直辛かった。当時彼らに話を聞いたんですが、本職と併せて出稼ぎで来ている者も居ましたが、その半数以上は仕事が出来る人間も居ます。なので企業に声をかけて、希望者を絞り込んで雇用する事を試しては如何でしょうか?」


「しかしな、時間もあまりかけていられん。足手纏いにならないか?」

「先ずはやってみるべきです。旦那様の様に有言実行される方であれば、きっと良い人材は現れます。」

「まぁ…検討してみようか。」


浮かない表情をしていたが、私自身もある意味試されている様にも思えた。


数日後、松井様は早速執行役員に雇用条件の中に日雇い労働者を入れる様告げると、瞬く間に志願者が現れたという。綿密に面談していくと、私が話した様に高い職歴を持った者も出てきたらしく、何人かを雇用すると、業績も上昇していったとの事だった。


ある晩、松井様は上機嫌で帰宅した。


「ジュート、良い雇用者が見つかった。お前のおかげだ。」

「それは良かったです。旦那様も良い顔をされていますね」

「酒に付き合え。こっちに来なさい」


松井様の隣に座ると肩に腕を伸ばして抱えらた。


「著しく思えたが、何とか立て直しができて行きそうだ。お前も会社に雇いたいくらいだ」

「僕は今の生活で満足してます。お店の人達にも良くしてもらっている。皆と一緒に盛り上げていきたい」

「あぁいった店はそう長くは居られんぞ。今後何かあったらどうする?今のうちに考えた方が良いぞ」

「旦那様。そう考えることも大事ですが、僕は今、貴方の傍に居たい。こうして居るだけでも幸せです」

「全くあなどれないな。まぁお前がそうしたいのなら、好きにしなさい。顔を見せてくれ…男前だな。此処に連れてきて良かった。ベッドに来なさい」


「心ゆく迄、好きにしてください」


ベッドの上に乗ると後ろから彼に抱きつかれ、横倒しにされて戯れる様に笑い合った。また濃厚な一夜を過ごしていった。


1週間後の最終の午前。荷物をまとめて支度をして居ると、使用人が松井様から私に褒美だと言う事で、絹製の袋包みを受け取った。中身は何かと尋ねても分からないと返答された。


大塚の自宅に帰ると、ナツトが迎えてくれた。先程の袋包みを取り出して卓上に置いた。すると、ナツトが開封し唖然としていた。


「この大金、どうしたの?」


袋の中から数百万程の札束が入っていた。


何故この様な物を手渡してきたのかは不明だが、褒美にしては異常な物だと察知した。

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