第5話

ママに松井様とタイチが繋がりがある事を話した。


過去に終わった話は引きづらない方が良いと返答してきたが、タイチがローズバインに来た理由が、松井様から逃れてきた事なのではないかと考えられる可能性もあるのかと思った。


「取り敢えずこの事は伏せていて頂戴。他の客に知られたら元も子もないわ。」

「タイチの口から言ってこない限りは割り出す事も難しいだろうね。俺、松井様の機嫌を見ながら聞き出せたら聞いてみる」

「気をつけなさいよ」


1階のテーブル席に居る松井様が、他のホストと会話をしていた。

しかしホスト側が不機嫌そうな表情で接客していたので、ママが従業員に彼をカウンターに来る様に告げた。


「何か言われたの?」

「松井様、ずっと僕に如何わしい話ばかりするんだ。」

「例えば?」

「好きな体位はなんだとか、どんな男と何人ヤってきたんだとか…初めて相手をする人間に向かってそんな言い方ある?」

「俺が対応するよ。此処で待機していて」


「おぉ、ジュート。こっちに来なさい。」

「松井様。大分お酒が進んでいますね。お水をお持ちしましょうか?」

「そんなもんいらん。なぁ…お前は今日私と試したいか?」

「お相手するのは構いません。ははっ此処ではまだ…気が早いですよ。ただ猥談わいだんはお控えめに…」

「私は彼らに楽しんでもらいたいと話しただけだぞ。何を話しても客の自由じゃないか?」

「ホストも同じ人間です。傷つく事を言われると、折角の会話の華が散ってしまう。ほどほどにしてください」


私は彼の口元に指でなぞりながら、気を逸らせようとした。


「お前に言われると従うしかないな。ははは。」


一度席を離れてカウンターのママの所に行くと、安堵していた。


「ジュート、ありがとう。僕、他の席に行ってくる」

「流石だな。あの松井様をなだめる事ができるなんて…何か仕込んだか?」

「さっきの彼の為にしただけだ。俺達だってプライドはある。押し潰されない様に相手をしないと」

「負けていられないな」


ミキトがそう言って鼻笑いし、2階の居間へと上がっていった。


「ジュート。奥のテーブル席の客人にカクテルに作ってくれないか?」

「あぁ。注文は何?」


時間があっという間に過ぎていき、朝5時の閉店時間になって最後の客人を見送った。


別宅に着くと、すぐさまベッドの中に入って眠りについた。


昼の12時。居間の扉の外にいる使用人が私の名を呼んでいたので返事をすると、昼食を食べるか否かと尋ねてきた。


簡単な物で良いので用意してくれと返答すると、30分後に再び居間に来て軽食を並べてくれた。襖を開けて隣の居間の入り、席についた。


狐色のトーストに七分焼きの目玉焼きとベーコン、温かいコンソメスープが添えてあった。

目覚めどきに丁度良い食感が身に染みた。


食後1階の台所へ行き、使用人に声をかけた。


「流し台を借りても良いですか?」

「何をされるのですか?」

「食器を洗うよ」

「いいえ。ジュート様。私がやりますので置いててください」

「僕もいただいてばかりなので、このくらいは片付けをしたい。良いですか?」

「では、どうぞ」

「それから、僕の事はジュートで良いですよ」

「そんな事したら旦那様に叱られます」

「僕から伝えておきます。ジュートで良いよ」

「では、ジュートさん。先程お電話がありました。ナツトさんと名乗る方ですが、お知り合いの方でしょうか?」

「えぇ。同居人です。電話を借りても良いですか?」

「はい、どうぞ。そちらの居間にあります」


大塚の自宅に電話をかけたが、ナツトは不在だった。2階へ戻り、次の間の椅子に座って鞄から小説本を取り出した。


数時間が経ったので、再びナツトに電話をした。


「そっちに居座ってから2週間以上は経ったよね。あと2週間は待たないといけないのか」

「俺宛に郵便とかは届いている?」

「今のところはない。誰かから来るの?」

「いや無い。そうか、誰も来ないか」

「もしかして家族の人とか?」

「それも考えている。まぁ良いや。ナツト。お前、1人で寂しくないか?」

「平気だよ。店でも会えるから、大丈夫」

「俺はお前が恋しくて堪らない」

「珍しく正直に言ったね。そう言ってくれると、僕も嬉しい」

「自宅に帰ったら…沢山抱いてやるからな」

「待っているよ」


やや赤面になりながら受話器を置いた。彼奴の事をこんなにも愛しく思えているのが、る瀬無い気持ちもあるのだった。


その晩、カウンターの洗い場でグラスを洗っていると、タイチがやってきた。


「2階の居間が空いている。ママが使っても良いって言ってくれたから、一緒に来てくれる?」


彼から誘いを受けたのはこれが初めてだった。


一緒に2階へ上がり居間の引き戸を閉めた途端、タイチは背後から私を抱きしめてきた。


「松井様の事、昔僕が相手をしていたって気づいた?」

「あぁ。彼から直接聞いたよ。タイチ、何かあったのか?」

「僕の家族を…殺したんだ」

「どうして?」

「お願い。誰にも言わないで。彼奴あいつ、僕が欲しくて母さんをめちゃくちゃにおかして引き裂いた。身寄りがなくなってしまったんだ」

「ならば、俺が一緒に居場所を探してやる。生きているかもしれないだろ?」

「僕…色弱なんだ。片目の視力も無くなってきている。このまま見えなくなる前に…貴方を抱きたい」

「タイチ。俺にはナツトが…」


「今夜だけで良い。…抱いてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る