第3話

「お言葉ですが、ナツトに傷をつけた事は此処ではご法度です。彼に謝っていただけませんか?」


松井様はナツトに向かって、誘いを断られた腹いせで勢いよく顔を叩いたという。


「俺は客人だぞ。あの程度の事で謝る必要は無い」

「他の常連様が気にされます。なので、次に手を挙げる様な事をしたら、最終的には此処には来店をお断りさせていただく手段をとります。如何いかが致しますか?」


彼は腕を組んで暫く黙り込んだ。


「私は今日はこれで帰る。次来た時には、君が私の相手にする様にママに伝えてくれ…取り敢えず、ナツトに謝るよ」

「えっ?…あぁ、分かりました。では、1階へ一緒に来てください」


松井様は何故かすんなりと応えてくれて、ナツトに詫びてから店を後にした。


「ジュート、何か言ったのかい?」

「それが、謝ってくれと言ったら、良いと返答してくれたんだ。後々何か企んでいるとか?」

「それは分からないが、兎に角、次に来た時には、慎重に相手になって様子を見ろ。良いな?」

「分かったよ」


3週間後、松井様が来店した。私は2階へと一緒に上がり、居間の中に入って酒の提供をした。


「僕を別宅にですか?」

「あぁ。是非君に来てもらいたいんだ。色々話相手になって欲しいんだ」

「何故僕を御指名しましたか?」

「こっちに来なさい」


彼の言う通りに横に座って酒を注ぐと、私の手を掴み、頬に摺り寄せて来た。


「君も、せわしく働く手をしているな。良い肉厚な手だ」

「松井様。良ければ、ベッドでお相手になりますよ。僕も貴方を知りたいです…」

「これから、他の客の相手をする事はあるか?」

「いいえ。今日は最後松井様のお相手をさせていただきます」

「ならば、一晩、別宅で相手になってくれるか?」

「はい。是非ご一緒させてください」


何をされるかはおよそは分かっていた。


1階へ降りてママに伝えると、終わったら電話を入れる様に告げられた。


タクシーで別宅に向かい到着すると、建物は通常の1軒家をやや大きくした出立ちをしていた。


螺旋状の階段を上がり2階の居間に入ると、其処には洋風の大きなベッドが構えてあり、横長の枕と西欧風の布団掛けが敷いてあった。

浴衣に着替えてベッドの中で待つ様にと指示をしてきたので、言われた通り着替えてベッドに入った。

横向きに寝て待っていると、隣に松井様が入ってきた。


「こっちを向きなさい」

「脱ぎましょうか?」


彼の上体に身体をまたがり乗ると、私の浴衣の両肩の中に手を入れてきて、上半身をはだけさせてきた。

彼は唾を飲み込み、私の胸や腹、腰回りを品定めするかの様に撫でてきた。


「美しい肉体だな。この様な胸元は見た事が無い。」

「他の男が居るのに、何故僕を選んだのですか?」

「君には他の者には無い妖艶さがある。私はそれを見抜いた。欲しくなったんだ」


すると唐突に私の性器を鷲掴わしづかみし、強く握ってきた。


「うっ…」

「痛いか?」

「はい。あまり…そう強く握らないでください…」


もだえながら、舌を舐めずる私の表情を真顔で眺めていた。


「綺麗だ」

「えっ?」


彼は起き上がり、両腕の手首を握りしめて、私を仰向けに押し倒してきた。首元や肩を甘噛みして、乳首や脇腹などを舐めてきた。


私は敢えて性感帯を感じている様に喘ぎ声を上げていた。この場をしのぐ為には小芝居も必要だと考えていた。


1時間は経っただろう。私は彼の肩に寄り添う様に眠っていった。夜も更けていき、東側の窓から朝日が差し込んでいた。目を覚ますと、浴衣が乱れたまま眠りについていた事に気がついた。


身体を起こすと、松井様の姿が無かった。襖の奥から誰か呼ぶ声がした。


「失礼します。おはようございます。朝食をご用意致しましたので、お召し上がりください」


浴衣を整えてふすまを開けると、彼の使用人が居間に御膳を運んできてくれた。


「ジュート、目覚めはどうだ?」

「おはようございます。あの…この御膳は?」

「君のだ。」

「顔を洗いたい。洗面所を貸していただけないでしょうか?」

「1階の降りた所に直ぐある。行ってきなさい」


洗面所へ顔を洗い、2階へ戻り、松井様と向かい合わせで御膳の席に座った。


「いただきます」

「遠慮なく食べなさい」


惣菜の匂いが腹を空かせる身体に染み渡る感覚がした。箸を付けて食べると、夢中になって食べていた。彼はその様子を見て、笑っていた。


「あの、何か?」

「そんなに詰め込む様に食べなくても良い。ゆっくり食べなさい」

「すみません、つい癖で。こんなに美味しい御飯をいただくの、あまり無いものですから…」

「それは良かった。後で使用人に伝えておく」

「あの後、先に眠ってしまったようで、申し訳ございません」

「気にしなくて良い。君も私の相手をしてくれた。」

「失礼な事をしたりしませんでしたか?」

「其れは無い。君も疲れているようだったから、そのまま寝かした」

「改めて聞きますが、何故一晩僕を泊めたのですか?」

「久々に抱きたい男が現れたと思った。身なりも良いが、その面構えも良い。下手にへたれな者より、君の様な賢い人間を持つ方が私も安心するんだ」

「それは、ありがとうございます」

「提案があるのだか、聞いてくれるか?」

「何ですか?」

「1ヶ月、此処に住みなさい。」

「別宅に、ですか?」

「君を私の側近に仕えたい。」


力量でも試す気なのだろうか。


私は迷いながらもその目論もくろみに応じた。

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