第2話
「いらっしゃいませ。あら松井様、お待ちしておりました。」
「ママ、今日は2階は空いているかい?」
「はい、彼がご案内しますので、こちらへどうぞ」
松井と名乗る男性。大手紡績会社の経営者として、業界では知らないものはいない人物。
ミキトが率先して居間へ行き、部屋へ通すと、早速ミキトを身を寄せて相手にしていた。
酒の追加が出たので、私は2階へと運びに行き、呼び出して引き戸を開けると、2人は衣服が乱れていて情を交わしている最中だった。
「失礼しました。」
「良いんだ。其処に酒を置きなさい」
中へ入り酒を置いて、外に出ようとしたら呼び止められた。
「確か、ジュートと言ったな。ちょっと此方に来なさい。」
「はい」
松井様は身体を起き上がり、傍に寄れと言われたので近づくと、私の身体を触診する様に触ってきた。
「あの、何か…?」
「…良い身体だな。今度、私の相手になりなさい」
「しかし、貴方はミキトの常連様になります。私が相手になるのはいかがかと…」
「私が指名したんだ。必ず言う事を聞くんだ」
「分かりました」
部屋を出て、1階のカウンターにいるママに話をした。
「まぁ、あの方がそうおっしゃるんだから、相手になって良いわ。ミキトは分かっているから、気にしなくて良いわよ」
「周りの常連客と違う雰囲気があるけど、大丈夫かな?」
「ああいう方なのよ。大目に見てあげて頂戴」
客人を疑う事をしたくはないが、何かが匂う。
そんな事を感じながら、次の客人の相手をした。その男性は俯いたまま何か晴れない表情をしていた。
「やぁ。また来てくれたんだね。嬉しいよ」
「ジュート!良かったぁ。他のお客さんと相手しているって聞いたから、会えなかったらどうしようって思っていたんだよ」
「あれから就職はどうだい?」
「やっと就いたよ。建設会社の社員として働いているんだ」
「そうか。安心したよ。君がどうしているか気になっていたんだ」
「僕の事…考えてくれてたの?」
「あぁ。前回来た時に就職難だからお店にいつ来れるかわからないって話していただろう?君の顔を見てまた来てくれるかもって考えていたよ」
「頑張った甲斐があった。今日は飲むよ。お酒注いでくれる?」
「あまり飲みすぎるんじゃないよ…さぁ乾杯しよう」
「乾杯!…美味しい。ジュートと一緒に飲むビールが最高に美味い。」
「まだ、悩みがある顔もしているな」
「…やっぱり分かるかい?そうだよね、あの話してからインパクト強かったもんね」
「また顔の事で言われているのか?」
「あぁ。女性から気持ちが悪いって言われる。傍にいるだけで、吐き気がするとか言ってくるんだ」
「何がいけないんだろうか。こんなに話してて楽しい奴なのにな?」
「顔以外の問題もある。この
「何か直したいと思わないか?」
「全部」
「いきなりは無理があるさ。滑舌は、頬を上げる事を意識して話す様にしてみよう」
「それだけで良いのかな?」
「周りはキミの良さに気づいていないだけさ。」
「どうすれば良い?」
「今は仕事に集中して、頑張りを認められれば、自分から声をかけてみよう。」
「嫌がれない?」
「あぁ。」
「言い切れるんだね」
「君は自分や周りの人が嫌い?」
「いいや。
「自分に自信がある証拠だ。いいか?どんなに嫌われても自分だけは見失うな。君は良い根性を持っている。話を聞いていて分かるよ」
「君の自信も凄いよ。そうだ、ジュートの様に中身の格好良い男を目指す。今からそうする事にする」
「その笑顔、好きになってくれる人が増えるさ」
「ありがとう。今日来て良かった」
単純そうにみえるが、彼の様に悩みを持って来る客人も時々来て相談を受ける事もある。
私は出来るだけ寄り添う様に彼らの話を聞いてあげていた。良い表情になると、こちらも嬉しいのだ。
「また来ても良い?」
「耳を貸して…良い?此処は酒や時間を費やしてしまうと、その分だけお金を取る。他の店と似た様なものだ。だから、今度来る時は、さっきの相談した話が上手くいった時に来てくれ。約束してくれる?」
「うん。僕、頑張る。ジュートに負けないくらい頑張るよ」
彼は終始笑顔で店を出て行った。カウンターへ行くと、ミキトが私を見つめていた。
「ジュート。さっきの客もだが、あまり、その気にさせる様な事は言わない方が良いぞ」
「俺のやり方があるから、口を出さないでくれ」
「全く。ママも心配している。後々騒ぎになって手に負えなくなっても…
ミキトも7歳年下だが、店の事を一番に考えている。頂点にいるだけにそれなりの重圧を抱えていたのだった。
2階の居間からナツトが降りて来た。よく見ると口元に傷がついていた。
「何があったんだ?」
「皆んな、松井様に気を付けて」
「何か言われたのかい?」
「別宅に招待されたんだが、断ったら顔を引っ叩かれた。ママ、代わりにジュートを連れて来いって言っている。どうしよう…」
「俺、取り敢えず行って話を聞いてくる」
「気を付けて頂戴ね」
「あぁ」
彼の牙が剥き出そうとしていた。
私は2階に居座る居間へと上がって行った。
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