異世界サンプル

時雨白黒

第Ⅰサンプル_ 病気と戦う少女

この世界は死後に異世界に行くことが当たり前になった世界。人々は死後に異世界へ行き新たな人生へと歩み出す。そして欠かせないのが異世界サンプルだ。近年科学技術は進歩し人類は死後の世界の研究に成功した。これにより死後の世界は瞬く間に知れ渡りいつしか科学者は死後の世界に目をつけた。死後の世界も現実のように暮らしたり出来ないのか?多くの科学者が悩み奮闘していたある日、一人の女子大生によってそれは覆された。

彼女名前はサラ。彼女はなんと異世界を作ることに成功したのだ。当時、誰もが耳を疑ったが彼女の作ったものは本物だった。完璧な異世界を作りあげた彼女はそれを【異世界サンプル】と呼んだ。この異世界サンプルは後に多くの人に知られ瞬く間に世界へ広がった。彼女の作った異世界サンプルをもとに死後の世界を楽しむことが可能になったのだ。


               「病気と戦う少女」


  とある自然に囲まれた森の中にある質素な研究所【モノクロ研究室】に彼女はいた。彼女の名前はサラ。数年前、彼女は異世界サンプルを作り出すことに成功した研究員だ。彼女の仕事はもちろん異世界サンプルを作ることである。この異世界サンプルは対象者の望むサンプルを作り実際に体験してもらうのがセオリーとなっている。対象者が満足したら本物の異世界を作り死後に異世界に行けるよう契約をする。彼女の仕事はあくまで異世界を提供するだけだが大事な仕事である。


「おはようございます!サラ先輩」

「おはようマヒル。五分遅刻だよ」

「気をつけます!」


彼女の研究室にやってきたのは助手のマヒルで彼女も同じ研究者だ。サラの研究に憧れてこの研究室に配属された。異世界サンプル作りを提供する仕事を2人で行っている。


「先輩、そろそろお時間です」

「了解!行くよマヒル。今日も異世界サンプルを作ろうか」

「はい!」


二人は仕事に取り掛かると早速取り付けらたベルが鳴る。この合図は異世界サンプルを望む対象者が来た合図だ。マヒルに案内を頼みサラは待っていると対象者がやってきた。来たのは親子だった。少女が車椅子に乗り母親が車椅子を押していた。


「こちらです!サラ先輩お願いします」

「了解!ありがとうマヒル」


サラは親子に向かって歩き出し挨拶をする。


「どうもこんにちは。モノクロ研究所へようこそ。私はサラと申します。」

「こんにちは。私はワタナベと申します。この子は娘のミカコです」

「ミカコです」

「よろしくお願いします。ワタナベさん、ミナコさん。」


サラが言うと母親はお辞儀をしてサラに言った。


「お願いします。娘の異世界サンプルを作ってください」

「お願いします」


親子はサラにそういう時お辞儀をした。


「分かりました。あなたの望む異世界を教えてください。私が異世界サンプルを作ります」


 サラは客室の椅子に親子を座らせて話を聞いた。異世界サンプルについて詳しく書かれた紙を見せると食いつくように親子は見る。


「聞いてもいいですか?ワタナベさん。なぜ娘さんのサンプルを作ろうと思ったのかについて」

「分かりましたお話します。見てもらえば分かると思いますが娘は車椅子で歩くことができません」

「そのようですね。それは事故でしょうか?生まれつきでしょうか?それとも...」

「娘は病気です。突発性のもので二度と歩くことが出来ないんです」

「突発性の病気ですか...少し見させていただいてもよろしいですか?」

「はい。ミカコ...」


母親は声をかけると娘のミカコは両足を見せた。その両足は黒く腐敗していた。その足を見たサラは驚く。


「こ、これは...突発性の中でも厄介な...すみません。この病はいつから...」

「娘が10歳の誕生日を迎えたときです。突然激しい痛みに襲われ病院にいたのですが...その時には既に手遅れで...突発性の病気だと診断されました」

「この突発性の病気の厄介な所は体の部位がだんだんと侵食し腐り始める。そして侵食された部位は黒くなりやがて体に毒が回り死に至る病ですよね」

「はい。娘はもう...長くないんです。ですからせめて...死後の世界では幸せになって欲しくて...」

「分かりました。ミカコさんと話をさせてください」


サラは娘のミカコに声をかけ母親をマヒルに託しミカコの車椅子を押しながら研究室を歩き出した。


「ねえミカコさん」

「なんですか?サラ先生」

「先生って私は研究者だし先生ってがらじゃないわ」

「それでも私から見たらサラ先生はすごい人だよ!だって誰にも作れないような異世界サンプルを作ったんでしょ!それってすごいことだよ」

「そうかな?」

「そうだよ!先生の作る異世界サンプルはみんなを幸せにする素晴らしい物だって聞いたよ」

「みんなを幸せにする素晴らしい物か...」

「サラ先生?」


サラは昔のことを思い出した。苦い悲しい思い出を...以前サラが提供した異世界サンプルで傷ついた少年のことを。少年のように自分の作った異世界サンプルで傷つく人をもう見たくない。サラはそのことを心に決めて異世界サンプルを提供し続けてきた。目の前の少女も悲しませる訳には行かない。


「ううん。なんでもないよ。昔のことを思い出していただけ!」


サラは誤魔化すとミカコは気にせずサラに話しかけた。


「嘘つき!信じてたのに!異世界サンプルなんて...作らなきゃ良かったんだ...」


と言った少年の言葉を思い出す。悲劇をもう繰り返さらないために...




目的地に着いたサラはミカコに声をかけた。


「着いたよ!ここは対象者の人と話をする相談室だよ。ここはね異世界サンプルを体験してもらうのにも使う場所なんだけどね。まずはプランを組もうか」

「プラン?」

「そう!こんな異世界がいいって言う...なんだろう?大元を作るんだ。でも安心して完成した本物の異世界以外はなんでも変えられるから!異世界サンプルは自由で無限大なんだ!好きに変えられるよ!」

「そうなんですか!でも...まだいまいち分からなくて...」

「そうだよね!なら疑似体験して見ようか!」

「これ付けてね!」


サラに渡されたのは特殊なゴーグルだった。それをミカコはつけるとサラは異世界サンプルのボタンを押した。すると辺りが光に包まれミカコは目を閉じだ。目を開けると眩い日差しと緑豊かな草原に立っていた。


「ここは...!!」

「ここは異世界サンプルの中だよ」

「異世界サンプルの中ですか!」

「そう!驚いたでしょ?このゴーグルをつけると異世界サンプルに疑似体験出来るんだ」

「そうなんですね。淒ーい!お日様が暖かくて心地いいです!」

「この異世界サンプルは自然に囲まれてのどかに暮らしたいっていう女性の願いから来ている異世界サンプルなの。このサンプルは元は草原のように自然があるでしょ?その他にも動物で鳥や明るく暖かい日差しや太陽も要望で作ったものなの。これが元になってこの異世界は作られたんだ。でも安心して!ひとつの異世界は現実世界と同じようにどこまでも広く広がっているから。あなたの望む異世界を作れるんだよ」

「私の望む...異世界...」

「ゆっくり時間をかけて作ろうか。さて、一旦この異世界サンプルから出よう!出方は簡単!この向けているゴーグルを外せばいいよ!」


サラは手本にゴーグルを外し、ミカコも真似をしてゴーグルを取る。すると先程の研究室に戻った。


「どう?面白いでしょ?」

「はい!私、色んな異世界体験してみたいです!」

「なら、たくさん体験して自分の異世界を決めようか!」

「はい!」


サラはミカコにそれから多くの異世界サンプルを疑似体験させた。


サラがミカコに異世界サンプルを疑似体験させている間、マヒルは母親と異世界サンプルについて話していた。


「異世界サンプルについてはどうですか?」

「まだ分からないことだらけです。この後娘が作った異世界サンプルに疑似体験しますけどそれが上手くいくかどうか...」

「安心してください!私もアシストしますし、何より先輩が着いていますから!異世界サンプルのことなら開発者の先輩に任せてください!とっても頼りになりますよ!私が保証します!」

「誰が保証するって?」

「あっ痛!先輩ー。もう疑似体験と擬似サンプルできたんですか?」


サラが持つボードで頭を叩かれたマヒルは擦りながら聞くとサラは頷いた。


「ワタナベさん。娘さんのサンプル出来ました。是非、ワタナベさんもサンプルの体験をなさってください」

「できるのなら是非!」

「ではこちらへ。マヒル、後の仕事お願いね」

「はい先輩!」


マヒルは右手で敬礼をして言うとサラは母親を連れてミカコの元へ向かった。案内された母親は緊張しながらも中へ入った。サラの説明をうけゴーグルをつけた母親は娘・ミカコの作った異世界サンプルに衝撃を受けた。驚き言葉が出ない母親にサラは話しかける。


「どうですか?驚きました。これがミカコさんの作った異世界サンプルです」

「驚きました。これがあの子の作った異世界サンプルなんですね」

「はい。ベースは自然です。主に草原や咲き誇る花たちと優しく吹いている風、そして日差しは暖かく心が落ち着く様な世界。ミカコさんが作ったのはこの世界です」


サラの説明を聞いた母親はミカコが望み生み出した異世界を見た。優しい風と心休まるお日様に包まれる。生えている草花もまるで喜んでいるように感じられた。鳥の鳴き声だけでなく兎や鹿など多くの動物たちが楽しそうに仲良く暮らしていた。


「どうでしょうか?」

「...安心しました。私、異世界サンプルという話を聞いて余り信用してなかったんです。すみません」


母親は謝り頭を下げた。


「そんな...いいんですよ。頭を上げてください」

「すみません。でも...サラさん。あなたの話を聞いてほっとしたんです。あの子はずっと病気で苦しんできて...あの子の望んだ世界を知るのが怖かったんです。でも...こんなに綺麗だったんですね」


母親は感動し涙を拭いながらそう言った。サラもその言葉を聞いて微笑む。


「そう言っていただけて嬉しいです。ではミカコさんの所に行きましょうか」

「はい。そういえばミカコはどこに?」

「こちらです」


サラは森の中へ行き母親も後に続いて行くと森の奥深くまで進んだ。母親は何か言いたそうだったが何も言わずサラの後に続く。


「こちらです。ワタナベさん」


サラに案内された母親は恐る恐る見てみると動物たちと楽しそうに話しているミカコがいた。楽しそうに両足で立ち何かを話している。動物たちもミカコの話を聞き相槌を打ったり鳴いたりと反応している。


「それでねそれでね!」


夢中で話しているミカコは母親とさらに気づかず話し続けていた。母親はその様子を涙ながらに見ていた。サラは話しかけようとしたが母親の姿を見て何も言わず見守ることにした。母親は涙が止まらず嗚咽が聞こえないよう口元を手で隠した。次第に母親は過呼吸になりそうになりサラは母親の背中を摩る。深呼吸をした後少しずつ落ち着いてきた母親はサラに礼を言った。


「ありがとうございます。摩っていただいて...」

「いえいえ。でも大丈夫ですか?一度異世界サンプルから出て落ち着かれますか?」


サラは椅子に母親を座らせるとお茶を差し出した。


「どうぞ。私が作ったブレンドティーです。飲めば落ち着きますよ」

「ありがとうございます。いただきます」


母親はブレンドティーを一口飲むと味が変わり驚いた。


「このお茶...味が変わりました。もしかしてこれは」

「そうなんです。このブレンドティーは飲んだらその都度味が変わる優れものです。このブレンドティーはリラックス効果もあります。香りも同様ですよ」


サラに言われた母親は香りを嗅いでみると言われた通りリラックスできる落ち着きのあるまったりとしたいい香りがした。


「本当ですね。なんだか心地いいです...ほんのり温かくて幸せな気分になれる...そんな気がします」

「気に入って頂けて本当に良かったです。私もこのお茶を飲むとまったりできるのでリラックス出来ますし仕事も捗ります」


サラは笑うと母親もつられて笑う。母親はミカコを見ると少し悲しそうな顔をする。サラは訳を聞くと母親は顔を下げてまた謝罪をした。サラに謝罪をした母親はサラに今までの心境を話した。


「ワタナベさん。私はあくまで異世界を提供し死後の世界も幸せになって欲しい願いから異世界サンプルを提供しています。私は...自殺を手伝いをするためではありませんよ」

「気づいていらっしゃったのですか!」

「はい。ごく稀にいるんです。自殺を目的に異世界サンプルを提供して欲しいという方が...」

「...」

「その場合は異世界サンプルを提供できません。異世界サンプルを作る対象者と一対一で話をします。その時に確信しますがだいたいは見たら分かります。彼らは生きる気力がない。」

「...」

「そんな彼らの自殺を手伝うために異世界サンプルを提供など出来ませんよ。私が作る異世界は魅力的ですが理由や目的によっては利用されます。数年前にはこの異世界サンプルを提供した人の中には売りさばこうとするものもいました。未然に防ぎましたが...もう一度お伝えします。もしミカコさんの自殺の目的に利用されるなら私は提供できません」

「ではなぜ...ミカコの異世界をを作ったのですか?」

「ミカコさんから話を聞いたからです」

「ミカコから...」

「彼女は悩んでいました。このまま生きても良いかと...病気はやがて体を蝕み死に至る。病気に負けたくないが今の自分では何も出来ない。苦しみ続けるならいっその事死にたいと言っていました」

「あの子がそんなことを...」

「ミカコはその後にこう言っていました。知っていましたか?彼女の手首には切られた後があります」

「えっ!」

「やはり知らなかったんですね。彼女は一度自殺を図っています。ですが...死にきれず何食わぬ顔で今まで過ごしてきたと言っていました」


母親は信じられないようでサラを見る。サラはミカコが自分に話してくれたように語った。




椅子に座り向かい合ってサラはミカコに話を聞いた。


「さて、あなたの話を聞かせてくれる?あなたが異世界サンプルを作ろうと思ったきっかけは何かしら?」

「きっかけは病気です。母から聞いていると思いますが私は突発性の病気でもう長くありません。ある日病院で治療をしていた時に母から話を聞いたんです」

「ワタナベさんから?」

「はい。母はチラシを持ってきて私に見せてくれたんです。異世界サンプルを提供してくれるところがあると...その異世界サンプルを作れば私の病気を完治することができると両足を治すことが出来る...と」

「そうだったんだ。あなたは知っていたの?異世界サンプルは死後の世界...つまりあなたが死んだ後の世界だってこと。この異世界サンプルは死後の世界で提供するものだから...あなたが作った異世界サンプルはあなたが死ぬ事で初めて提供できること...大前提としてあなたは...」

「死ななくてはならないってことですか?」

「知ってたのね」

「はい。母に説明された時にこっそり病院で調べました。初めは...なんて上手い話なんだろうと思いました。そんなことあるわけないのに...病気なんて治るなら私の苦しみは一体なんだったのかと思いましたよ。病院で調べた時死後の世界で提供されると知った時は納得しました。死ねば病気出なくなるし痛みも感じませんから...母が私に隠していたのはきっと私に早く死んで欲しいからです」

「なぜそう思うの?」

「おかしいかも知れませんが...母は私に死んで欲しいんです」

「...」

「私...母に首を絞められたことがあるんです。母はとても悲しそうな顔をして泣いていたんです。その時小さな声で私に謝っていたんです。ごめんね、みっちゃんごめんね、健康な体に産んであげられなくてって...それを聞いたら私...分からなくなって...この病気になってから辛いことも苦しいことも沢山ありました。でも...諦めたくなかったんです。病気にも...自分にも...いつか死ぬとわかっていても諦めずに戦おうって思っていたんですけど...母は違ったんです」


ミカコは下を向き泣きながら言う。


「母は私に生きて欲しくないんです...だからあんなことをしたんです」

「それは違うと思うわ」

「えっ?どうしてそう思うんですか?だって母は!」

「これはね少し推測だけど...あなたのお母さんは決してあなたらを裏切ったわけでも死んで欲しいと思ってやったわけじゃない。あなたも気づいているんじゃない?お母さんの気持ちが分かるからこそ混乱したり悩んだり理解出来ていないんじゃないかしら?」

「それは...」


ミカコは下を向きしばらくすると頷いた。その様子を見たサラはブレンドティーを入れた。


「これは私が作ったブレンドティーよ。飲めば落ち着くわ」

「ありがとうございます」


ミカコはブレンドティーを飲む。あまりの美味しさに大きな声を上げた。


「美味しいです!」

「そう?よかった。飲めば味がその都度変わるから面白いでしょ?」


ミカコは言われた通り飲んで見るとサラの言うように味が変わった。


「すごい!味が変わって...これどうやったんですか?」

「それは秘密。このブレンドティーはね再現や作り方がとても難しいの。だから大抵は心配して終わっちゃうんだけど...それじゃあなんか悔しいじゃない?私はこのブレンドティーができるまで何度も挑戦したの。そうしたらできるようになってね...今では毎日作れるわ」

「すごい!」

「あなたも頑張ればなんでも出来るようになるのよ!」

「そうですよね。私...頑張ります!」

「その意気よ!あら?その腕...もしかして...」


サラはミカコの腕を見るとカッターのような刃物で切った後がくっきりと残っていた。サラは思わず声に出すとミカコは袖口で隠す。


「ごめんね。嫌だったわよね...聞いてごめんなさい」

「いいんですよ。気にしないでください...」

「その腕ってもしかして...」

「違います。私がやったです。」

「ミカコさんが...どうして?」

「私...病気と向き合って負けたくないって言いましたけど...一度だけ負けそうになったことがあって...その時に辛くて...死のうとしました」

「ミカコさん...」

「馬鹿ですよね私...辛いのは私だけじゃないのに...一人で苦しんで負けそうになるなんて...」

「そんなことないわ...ミカコさん」

「私手首を切って死のうとしたけど死にきれなくて...自分の腕から流れる血を見て怖くなって...その時自分が取り返しのつかないことをしようとしていたと気づきました」

「そうだったの...」


ミカコは大粒の涙を流しながら話しサラはその背中を優しく擦りながら聞く。


「そのあと傷を隠して自分の部屋で寝ていたんです。そうしたら母が部屋に入ってきてその後に首を絞めれました。その時の母の悲しいくて苦しい顔が忘れられなくて...自分だけじゃなくて母も同じように辛くて苦しんでいたんだな...って思ったんです。そうしたらもう訳が分からなくなって...このまま死んで母を楽にしたあげた方がいいのかもしれない。そう思ったんです」


病気に負けそうとした自分と支えていた母は形は違えど苦しんできた。このまま死ねば楽になれると思ったミカコは抵抗するのをやめた。息が苦しくなり意識が朦朧とした時に母を見たミカコは驚いた。悲しそうな顔で泣きながら首を絞めて謝る母の姿に。ミカコは死を決意したが死ぬことはなく母は手を離した。


「母は私の首から手を離すと自分がやろうとした事に後悔し私を抱きしめながら何度も謝りました」


ミカコはその時静かに涙を流して母を抱きしめた。


「母はそのことを気にしていたし私の病気について悩んでいるようでした。私が普通に話すからいつの間にか母もいつものように接してくれるようになって...」


ミカコはサラと向き合うとサラに言う。


「私が今回異世界サンプルを作ろうと思ったのは病気に負けたからでもないし、自殺目的に作ろうと思ったからじゃないです!」

「ならなぜ作ろうと思ったの?」

「私が負けないためです」

「負けないため?」

「はい!初めは興味からでした。私は一度自分の病気からも母の気持ちからも逃げました。あの出来事があって少しわかった気がしたんです。この異世界サンプルは私が望んだ世界...この世界は平和で病気もなくみんなが幸せな世界。私の今いる世界とは違う世界です。だからこそ...残された最後の時間を使ってこの病気にも母ともちゃんと向き合いたいんです。向き合って負けないように...病気にもこの異世界にも。サラ先生が教えてくれたように頑張ります。自分ができることになんでも挑戦して行きたいんです。だから...負けたくないんです!」


ミカコと話したことを伝えた母親は驚いた。


「あの子がそんなことを...私...あの子を...殺そうとしたんです」


サラは母親を無言で見つめた。


「あの子がこれ以上苦しむ姿を見たくなくて..一度あの子が寝ている時に殺そうとしました。首を絞めて殺そうとした時にあの子の顔を見たら我に返りました。自分が恐ろしくて取り返しのつかないことをしようとしていたことに」

「あの子は私を責めることなく謝って...病気になってごめんね、苦しませてごめんねお母さんって言ったんです。あの子は必死に病気と戦っていたのに...今も向き合って戦っているのにそれを壊そうとしたんです。ダメな母親ですよね...笑ってください」

「...ワタナベさん」

「今回異世界サラを作ろうと思ったのは興味本位もありましたがあの子の気持ちを知りたかったんです。サラさんの異世界サンプルを利用する形ですみません」

「いいんです。本来この異世界サンプルは自殺目的には提供出来ませんが...自分や家族と向き合うというミカコさんの気持ちを尊重します。異世界サンプルを提供しましょう!」

「ありがとうございます!私もミカコと同じように病気とあの子に向き合います」


と言うと母親は頭を下げて礼を言った。


必要な書類を全て記入した親子はサラに書類を渡す。渡された書類に全て確認した。


「大丈夫です。記入漏れなしです。これでミカコさんの異世界サンプルを提供できます。あとの手続きは私の方から異世界不動産へ送信しておきます。これで手続き終了です」

「何から何まで本当にありがとうございました」

「よく頑張ったねミカコさん」

「はい!サラ先生とマヒルさんのおかげです」

「そんな私たちは何もしてないわ。お礼を言うならあなたのお母さんに言うといいわ」


サラに言われたミカコは母親と向き合った。


「お母さん...ありがとう」

「ミカコ...こちらこそありがとうね。母さん頑張るから最後まで応援するね」

「ありがとう!私、最後まで頑張るね」


とミカコは元気よく言うと母親は泣くのを堪えながら頷いた。


「それじゃあ私たちは行きます。今回の件ありがとうございました」

「私たちがお役に立ててよかったです。ワタナベさんとミカコさんのことを心から祈っています」

「じゃあミカコちゃんまたね!」

「はい!サラ先生もマヒルさんもお元気で」


ミカコは元気よく言うと母親はお辞儀をして、車椅子を押して歩き出した。途中でミカコは振り返り手を振る。


「さようなら!ありがとう!」


とミカコは言う。サラとマヒルも手を振り返し2人が見えなくなるまで見守った。


「言っちゃいましたね。あの親子上手くいくといいですね」

「そうね。きっと上手くいくわ」


サラはそう言うとマヒルも頷いた。マヒルはサラを呼ぶとサラはマヒルを見る。


「どうしたのマヒル?」

「今みたいに異世界サンプルを通して誰かと心を通わせたり誰かを救えたられたらいいですね」

「そうねマヒル。この異世界サンプルが誰かの救いなればいいわ」


サラは空を見上げてそう言うとマヒルも続けて言う。


「私はサラ先輩とこの仕事が出来ることが救いですよ〜」

「...そう。それは良かった」

「今先輩笑いました?」

「笑ってない」

「一瞬顔がにやけてましたよ?嬉しいって思ったでしょ?」


サラはマヒルの言葉に一瞬微笑みマヒルはそれを見て指摘する。サラは見られていたと思わず反論したがマヒルの言葉は嬉しかった。

(マヒルやあの親子のように異世界サンプルで誰かを救えたら...)


「ほらーマヒル。おふざけは終わり!仕事に戻るよ」

「もう〜誤魔化しましたね。わかりましたよサラ先輩。仕事に取り掛かりましょう」


サラはマヒルに声をかけると研究所に戻って行った。

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