第51話 ステルスゲーで結局全員殺して最低評価取るタイプの奴

「依頼の内容はさっきも言ったけど、ディアントに商会本部を持つゴルドー氏の行った不正の証拠を見つけ、暴くことだ。とは言っても、現状でほぼほぼグレーだから、後は書類さえ見つかれば即逮捕なんだけどね」


 改めて席に座り直したクリスから伝えられた依頼内容は、一言で言うととある商会の悪事を暴くことだ。それも既にあらゆる方面から疑惑の目が向けられ、証拠さえあれば一発アウトという状況らしい。


「まあ、逆に言うと証拠が無いからこそ、今も大手を振って商売出来てるんだけど。厚顔無恥というかなんというか、好き勝手やっても咎められないから調子に乗るんだよねぇ」


「そのゴルドーとかいう奴の不正行為って具体的になんなんだ?」


 私がそう尋ねると、クリスはティーカップを持ち上げて紅茶を一口飲む。


「奴隷売買、勿論違法のね」


「ちょい待ち、私には合法と違法との違いが分からないんだが」


「合法の奴隷は、法的に効力のある契約書を本人、あるいは保証人が奴隷商と交わして売り物になった人たちのことだ。それから奴隷商は奴隷に対して一定の生活水準を保証する必要もある」


「ふむ」


 つまり、違法奴隷とはそれらの法を無視して奴隷化した者や、劣悪な環境に置かれる奴隷たちのことを指す……と。


「その点で言うとゴルドーは、どちらも守っていないんだよね。何の罪も犯していない人を攫って奴隷にしてるんだ。それも、特にこの都市やザグリスに戸籍の無い亜人を狙ってやってる」


「亜人か」


「そう、きみみたいな吸血鬼や、鬼人、獣人なんかがメインターゲットだ」


「なら敢えて人攫いに捕まったら手っ取り早いかもな」


 クリスはその提案を聞くと、『それは難しいと思う』と言って首を横に振った。


「厄介なことに、ゴルドーの経営する商会と、奴隷商は直接的な繋がりを持たないんだ。リスクを避ける為に、収益はまず金から物品――小麦や香辛料なんかに変えられて一見関係の無い組織へ流れ、そこから更に別の組織へ、それで最後にゴルドーの商会で金に戻される」


「それは凄いけど……寧ろそこまで調べは付いてるならなんで捕まえられないんだ」


「巧妙なんだよ。何処かで流れを止めても、ゴルドーが関わっているという証拠は絶対に出て来ない。わたしが今言ったのも、集積したデータを見てのことだ」


 どうやら、確固たる――それこそ書類などの証拠が無い限り、ゴルドーを断罪することは難しいらしい。警察組織である秩序の騎士は、この都市においても法的に絶対的な力を持つ。それが故に安易に力を行使できず、半端な証拠のみでは逮捕にまで行き着けないのだ。


「ゴルドーへ金を流すルートも定期的に変化している。怪しまれないための対策らしいけど、そこで奴は1つだけ重大な失敗をした」


「その失敗……とは!?」


 私が緊迫感を籠めてそう尋ねると、クリスもノリノリで机に両手を置いて前屈みになった。


「とある組織が、その全てのルートに位置する組織と関与していることを発見したんだ。きみも既に会っているはずだけど、分かるよね?」


「……まさか、葬儀屋か」


「その通り。都市の……彼らは『裏路地』と呼ぶ区域を支配する葬儀屋が絡んでる。彼に最も近しい組織であることは間違いない連中と、ゴルドーとの関係を証明出来る証拠さえ見つかれば、審議の場に引き摺り出せる」


「漸く話が見えてきたな」


「うん、きみが葬儀屋と一戦交えたのを知ったから、わたしは仕事を依頼することを決めたんだ」


 となると、昨日書いた手紙もゴルドーが持っているのか。現状で既にほぼ黒に近いグレーだが、持っていたらそれが確実に黒に変わる。容赦する必要がないというわけだ。


「因みにだけど、以前きみがラナちゃんを助けた時、襲っていたのもゴルドーの刺客だよ。彼はこともあろうに議長の座を狙ってるからね、親議長派且つ現在最も議長に近しいシャーミット商会が邪魔なんだろう」


「そういう話なら、あんたの方が狙われそうなもんだけどな」


「勿論狙われているし、優秀なガードがいるから問題ないけど、部下全員がゴルドーだけに構ってるわけにもいかない程度には忙しいのよん」


 クリスは『だから外部の協力者を雇わざるをえない状況なんだよ』と付け加え、小さく息を吐いた。


「非常に厄介な話だというのは重々承知だ。その上で言うよ、今ディアントにいる者の中で、この仕事を完遂出来るのはきみしかいない。改めて頼むよ、英雄殿」


「そこまで推して貰ったら断るのも無粋だな、任せろ」


 半ば強引に了承させられたわけだが、葬儀屋の親玉がゴルドーならあの舐めた襲撃に関して一言物申しておきたい気持ちもある。


「だが、政争に冒険者が絡むとギルドが怒るからな。これはあくまで個人の依頼だ、金はスイス銀行に振り込んでおいてくれ」


「スイ……なんて?」


 スイス銀行つったらあのスイス銀行だろ。







 クリスから依頼を受けた後の帰り道。


 依頼料は現金で3000万ゼニー支払われる。前金として既に1500万貰っており、懐が温かいどころか火傷しそうな勢いで熱を持った。


 法に抵触している証拠を得る以外、具体的にどう動くかは私に一任されている。しかし、任せろと言っておきながらアレだが、ステルスアクションゲーは苦手なんだよなぁ。


 別にゲームの腕前的に隠密行動が出来ないわけじゃない。ただ、している最中に我慢が出来なくなって、結局ロケランとかで敵を殺し始めてしまう。ちまちま一人ずつ削っていくのが性に合わなさ過ぎるのだ。


 今回は証拠を見つけさえすればいいだけなので、戦う必要はないから大丈夫だとは思う。いや、でもそういう大事な物って守られているものだよな……。


「……いっそ普通に玄関から行って、全員ぶちのめすか」


 どうせバレるなら最初から全員寝かしつけた方が早いかも知れない。最低でも、ゴルドーの執務室や私室などの護衛とは戦う必要があるだろうし。


「屋敷の間取りとか調べないとな」


 クリスに貰った資料にはゴルドーの屋敷の見取り図や、警備兵の勤務状況表があった。それらを調べて潜入するルートを決めるわけだが、私は頭脳労働も苦手だ。これも出来ないわけじゃないが、考えるより先に動きたくなる。 


「おっと」


 そうこう考えているうちにゴルドーの屋敷に着いた。扉や屋根からして金を使った華美さで、絢爛豪華も行き過ぎると悪趣味なのがよく分かる成金具合をしている。


 門には揃いの制服を着た衛兵が2人立っており、片方は大柄な男、もう片方は私と同じくらいの女性だ。周囲に人影は無し、監視カメラなんてハイテクもないので今私を認識しているのは門衛だけ。


「……」


 うん、なんか考えるの面倒くさくなってきたし、もう行くか。


「あっ、すいませぇん、ちょっと道に迷ったんですけどぉ……カフェハーバーズってどっちの通りを行ったら良いんですかぁ?」


「ん? なんだハーバーズならこの通りのまはんた――――ぐっ!?」


 その文言と共に男の鳩尾に軽くノックするように拳を当てると、意識を失って倒れ込む。


「なんだおま――えぁ」


 気付いた片割れが警棒らしき武器を手に駆け寄ってくる。相手は女の子なので丁寧に力を加減し、顎を指で弾いて脳を揺らした。後ろに倒れ込む体を支え、そのまま木陰に引き摺って行く。


「ちょっと借りるぞ」


 それから制服を拝借、代わりに適当な部屋着を着せて寝かせた。スニーキングの基本である変装を終え、正面ではなく衛兵や使用人の使う裏口を探す。


「ァツカレッス」


「おう、お疲れ」


 裏口を通ると使用人とすれ違うが、コンビニバイトで鍛えたよく聞き取れない挨拶で事なきを得た。さて、上手くゴルドー屋敷に潜入出来たわけだが、廊下の時点で既に滅茶苦茶広い。


「……ゴルドーの私室は二階か」


 屋敷内には当然使用人や巡回の私兵なんかがうろついている。あまり変な動きをすると怪しまれるだろうし、極力目につかないように探っていくことにしよう。

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