第52話 地下で見た悪意、許されざる行為

 湿った空気がカビの臭いを運んできて、足元を冷たい風が通り抜ける。石造りの壁に生えた苔や、吸血鬼だから聞こえる微かな水音が、ここが地下へ続く道だと教えていた。


「寒い」


 ゴルドーの私室を目指して階段を上り下りしていたら、いつの間にか謎の地下道へとやって来てしまったらしい。恐らく書庫にあった本棚裏の隠し通路が下り坂だったのだろう。道が長すぎて気付かなかった。


 しかし、道に迷ったわけでは無い。これはちょっと路地を一本横に行き過ぎた程度の誤差である。それに結局は目的地に辿り着けさえすればいいのだ。


 地図と違う道を歩いて「あれ、迷ったかな?」とか思った時点で負け。その心の迷いが来た道を戻ったり、右往左往する原因となり実際に道に迷ってしまう。自信を持って真っ直ぐに進むことこそが、迷子を回避するために必要なものなのである。


 それはそれとして、私は今自分のいる場所が分からない。貰った見取り図を見ても、こんな地下道は載っていないのだ。公にはされていないか、或いは後で作られたのか。


「まあ、行けば分かるか」


 考えても分からないなら行動するべし。ここがなんの目的で作られたのか、それを知れば自ずと謎は解ける。


 緩やかな下り坂になっていた通路は、暫く進むと二又の分かれ道に出た。こういう時、私は取り敢えず右に進む。分岐の片方が何処に繋がっているか気になる病なので左側も調べるが、取り敢えずまずは右だ。


「おっと、これは当たりでは?」


 右の通路の突き当り、そこにあった部屋には幾つも金庫が並んでいた。地下の秘密通路の先にある金庫となれば、大事な物をを仕舞っているに違いない。


 取り敢えず1番近くにあった金庫へと向かい、その錠を調べる。


「んー?」


 5連ダイヤル式の錠には魔法陣が刻まれており、普通に開けられる雰囲気ではない。試しに回してみたものの、番号が合った時の手応えすら感じなかった。


 こうなると正面から開けるのは至難の業だが、金庫の材質はただの金属だ。溶接部分を引っ剥がしたらいけないかな?


「よいしょ」


 全面のフチを掴んで引っ張れば、メキメキという音を何度も立てながら拉げた扉が剥がれていく。金庫は開いたが、中身は単なる宝石類。


「……なんだ」


 金目のものしか入ってなかったので、私は丸まった扉を放り投げて次の金庫を物理的に解錠した。今度のは型の違う縦に長い金庫で、単なる南京錠。適当に千切って壊し御開帳。


「おっ」


 形状が違うとおもったら、どうやら武器庫だったようだ。中には幾つもの武具が並んでいる。特に目についたのは、黒い漆塗りの鞘に赤い装飾細工がされた刀。他の物も十分に価値がありそうだが、これだけは何か異様な雰囲気を放っている。


 妖しげな魅力というか、見た人間を戦いに駆り立てるような狂気を孕んでいると言うか――とにかく名状し難い不気味さがあった。


「…………これはちょっと借りるだけだから」


 私は一応周囲を確認してから、その刀をインベントリに仕舞った。悪人の持ち物とは言え、やってることは泥棒だ。金品も含めて基本的に盗むつもりは無かったのだが、ちょっとこれは見逃せない。


 と、




「金庫破りの時点でアウトにゃ」


「おわああぁぁぁぁあああぁぁ!?!!?」




 急に後ろから声が聞こえて振り返ると何故かランドが立っていた。ビックリして金庫に頭ぶつけたんだけど!?


「何でお前ここにいるんだよお前、ちょっとマジで背後から聞こえるはずのない奴の声が聞こえる人の気持ち考えろよばかあほうんこ!」


「屋根で日向ぼっこしてたらフランを見つけて、衛兵を転がしてこの屋敷に入ってくのを見つけたからこっそり後を付けてたのにゃ。まさか泥棒してたとはおもわにゃかったけど……」


「いや借りてるだけだから! 返すから!」


「期限は?」


「私が死ぬまで」


 借りパクと違うのは、ちゃんと返す意思があるところです。死んだら返します。私は寿命では死なないので、いつになるかわからないけど返します。


「人はそれを泥棒と言うのにゃ」


「こういうのはバレなきゃ犯罪じゃないんだよ、賢しい大人を舐めるなよ。それよりお前、ステルスしてる私に気付かれずに後付けるってどこの特殊部隊だ」


「光の精霊魔法で透明化してたにゃ」


「うっわ、それ禁止にしようぜ、かくれんぼ最強になるじゃん」


 透明になる能力ってマジでチートだよなぁ、こんなの使ってる奴の気がしれねぇわ。


「ところで、複数人対象に出来るそれの上位スキル取った? 取ってたら私にも掛けてお願いお願い」


「発言の矛盾が凄すぎる」


「うるせえ今はお仕事中だし、さっきお前のせいで大声出したせいか知らないけど、なんか人近づいて来てんだよ。早く使えハゲ」


「はいこれから凄い音の出るスキルを発動させる3秒前。2、1――――」


「すいませんお願いしますランド様」


 流石にこの位置でバレると、証拠が地上階にあった場合隠滅させられるかも知れない。仕方がないが、ここは土下座してランドに隠密スキルを使ってもらおう。


 それから少しして、ランタンを持った兵士が2人程部屋にやって来た。


「おい、誰もいないぞ」


「……おかしいな、確かに人の声が聞こえた気がするんだが」


 私の声を聞いた兵士は訝しげに部屋を見回し、そして案の定ぶっ壊れた金庫と、引っ剥がして丸まった扉の残骸を見つけて困惑している。


「なんだこれ……扉が……意味分からん……」


「えぇ……? よしんば金庫破りだとしても開け方が雑すぎる……意味分からん……」


「侵入者か? いや、でもなんで中身を盗らずに扉だけぶっ壊してるんだ……? 意味分からん……」


 宝石類は幸いにして中身に手を付けていなかったのと、武器庫の中身を完璧に把握していなかったのか気付くこと無く、2人は『意味分からん……』と連呼しながら戻っていった。


 多分この不可思議減少を調査しに人を連れて戻ってくるだろうし、今のうちに左の道も調べに行こう。


「で、フランはどうしてこんな金持ちのお屋敷に忍び込んだのにゃ? 泥棒しに来たわけじゃにゃいんでしょ?」


「仕事だよ。悪徳商人の犯罪の証拠を見つけに来た」


「けど、このままだと犯罪で捕まるのはフランにゃ……」


「逮捕歴121回の私を舐めるなよ。ムショが怖くて窃盗やってられっか」


「クソみたいな経歴自慢しないで欲しいにゃ」


 カルマ値-250で獲得出来る称号[極悪指名手配犯]を持っている私にとって、この程度で捕まるのなんてカスだ、カス。


 戦争中のクランに第3勢力として乱入したら、宣戦布告してなかったとかいう仕様で普通に殺人からのカルマ値減少と犯罪歴増加のコンボが決まって懸賞金2億ゼニー掛けられたからな、七武海入り待ったなしだわ。


「つーか、なんか臭くね?」


「……確かに臭うにゃ」


 左の分岐に進んでから少しすると、奥から何かが腐ったような臭いが漂ってきた。思わず鼻を摘む程の腐臭に、嗅覚の敏感なランドはかなり嫌そうな顔をしている。


 それもその筈だった。


 通路の先にあったのは幾つもの牢。石壁に埋め込まれた柵の先には、黒い小さな人の形をした何かが横たわっている。


「これは――――」


 死体だ。足枷を嵌められて牢の中に閉じ込められた子供の死体。端に幾つも無造作に積み上げられ、そこに蛆や蝿が集って耳障りな音を立てていた。


 生きているのもいる。足音に気付いたのか、座り込んでいた子が顔を上げて私を見た。その頭頂部には犬のような耳が生えているが、今はそんなことどうだって良い。


 目は落ち窪み生気を失い、頬は痩せこけ、服の下に見える体は肉が削げて骨が浮いている。手足には蚯蚓脹れのような赤い傷跡があり、きつすぎる枷が皮膚に擦れて首と手首が変色している。




 その少女と目を合わせている間、私の中から平静さが失われていくのを感じた。








◇TIPS


[宣戦布告]


プレイヤー同士がカルマ値を変動させず殺し合う為には

クランとして宣戦布告を行った後に、戦争状態へと突入する必要がある。


戦争状態のクランと同盟を締結するか、

第3勢力として宣戦布告することで

他のクランが戦争に途中参加することも可能。

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