第50話 私が議長です

 翌日、戦闘があった場所に戻ってみると、見事に葬儀屋連中と手紙ファンメが消え失せていた。全員裸にして縄で手足を縛ってあったので、回収されたか消されたかのどちらかだろう。


 今後はまたあちらの出方次第。足跡を辿ってお家にお邪魔してもいいが、私の第六感が相手の正体が面倒であると告げている。


その証拠は、今目の前にいる3人の男だ。


 広い肩幅、高い上背、威圧的な目つきをした男たちが、ホテルの玄関を出た私を出待ちしていた。揃いの燕尾服を来て、背後にはお高そうな馬車まで停めている。


「失礼、あなたがフラン氏で間違いないでしょうか?」


「うん」


 真ん中に立っている男の問いに答えると、3人は顔を1度見合わせた。


「我々はディアント都市議長、クリス様の使者です。冒険者であるフラン氏にお話があるとのことで、ご同行願いたい」


「やだ」


「……一応お聞きしますが、何故?」


「今日は生憎定休日なんでな、期間限定のトリプルベリーソースパンケーキ食べに行く予定がある。冒険者としての私に用があるならまずギルドを通せ」


 以前ソフィアと行ったカフェで、今日から1週間限定で季節のベリー3種を使ったソースのパンケーキが食べられる。あそこのパンケーキはただでさえ美味しいのに、期間限定と言われたら行くしかない。


 私はこういうのは、初日に行くのがステイタスとなると思っているのだ。それと議長とを天秤に掛けたら、当然パンケーキに傾くのは当然。


「いやしかし、こちらとしても火急の用事ですので、そういう訳には……」


「踏むべき段階を飛ばしていることを理解しているなら、本人に出てきて貰うくらいしないとな」


「お、お待ちをっ!!」


 そう言って横を通り抜けようとすると、使者の1人に腕を掴まれた。咄嗟のことで直後にハッとした表情を浮かべているが、あくまで離すつもりはないらしい。


「遠回しに言ったのが伝わらなかったか? 私をお前たちのくだらない政争に巻き込まないでくれ」


「くだらないだと!? 黙っていれば、あの方が一体どれ程のことを考えているか――――」


「まあまあ、ちょっと待ちなよもう。そんな言い方じゃこの人が不審がるのも当然でしょ」


 怒気を顕にした使者を遮り、馬車の中から少女が出てきた。腰まである細く艷やかな金髪と、澄んだ空のような碧い瞳をした15歳くらいの子供だ。


「いやぁごめんねー、うちの子たちが」

 

「クリス様、このような下賤な冒険者に態々顔を見せずとも良いのでは……」


 クリス……? え、あ……この子が議長!? 議長関連のイベント興味無かったから顔見たこと無かったけど、女の子だったのか……。


「下賤とかそういうこと言うもんじゃないよ。ここは自由都市、身分の違いはないんだから」


「ですが、貴女様は……」


「もー、ちょっと静かにしてて。っと、そういうわけで初めまして、わたしが自由都市ディアントの議長です。フランさん、ちょっと甘いものでも食べながらお話しない? なんか期間限定パンケーキ食べられるお店あるんだって」


 そう言って笑った少女の瞳の奥には、明らかに歳不相応の思惑めいた何かが潜んでいた。


 





 ディアント都市議長であるクリスティーナは、外見だけで言えば子供にしか見えない。しかし、この都市が独立した13年前から議長をやっているため、少なくとも私よりは年上だ。


「甘酸っぱくてふわふわで、美味しー!」


 そんな彼女はだだっ広い応接室のソファに座り、取り寄せたトリプルベリーソースパンケーキを頬張っていた。そして幸せそうな顔で、足をパタパタさせている。


「いやあ悪いねぇ、ほんとはお店で食べたかったんだけど、やっぱり人の目があると込み入った話は出来ないからさ」


「別にいいよ、並ばなかっただけでもラッキーだし」


 察しの通り、ここは自宅であるクリスの屋敷だ。パンケーキは従者にテイクアウトしてもらった。聞けば長蛇の列が出来ていたらしく、2時間かかったらしい。


 私もナイフで切ったお待ちかねのそれを口へと運ぶ。途端、ふわりとバターの香りが広がり、遅れてベリーソースの程よい酸味と生クリームのとろけるような甘みが渾然一体となってやって来た。


「んぅ……! おいひ……!」


「だよねだよね!? 周りに甘いもの好きな人いないから、一緒にこうやって食べるの新鮮だよ!」


 そう言ってクリスは嬉しそうな笑みを浮かべる。


「しかし最近巷を騒がせてる冒険者のきみが、こんなに可愛い女の子だとは知らなかったなぁ」


 それから突然ソファを離れて私に体を密着させてきた。砂糖と生クリーム、それに花の甘い匂いが鼻先に香る。透き通るような碧眼に見つめられ、徐に彼女の手が太ももを撫でた。


「ちょっと? なんか距離が近くない?」


「別に女同士なんだからこれくらい普通でしょ。それよりさ、おっぱい揉んでいい?」


 その手は徐々に上へと向かい、私の胸の前で止まった。指先が軽く服に擦れて、一瞬体が跳ねる。ちょっと待て、なんだこの変態セクハラ女は。


「いや、駄目に決まって……」


「まあまあそんな事言わずに、スキンシップが仲良くなるために最も効率的な方法なんだよ。だからさ、ほら……」


「こ、これは段階を幾つかすっ飛ばしてると思うんだけど!?」


 胸元を通り過ぎて指が顎に乗せられ、クイッと持ち上げられる。なんで私は自分よりも背の低くて幼気な女に顎クイされてるんだ。おかしい、完全にペースを乱された。


「わたしはね、きみを一目見た瞬間からその身も心も欲しくなってしまったんだ。雌の悦びというものを沢山教えてあげるから、わたしの女にならない?」


「!」


 思わず超スピードで後退ると、彼女は大きな笑い声を上げた。


「アッハッハ! 冗談だって、冗談。確かにわたしはきみのような勝気で強い女の子を一方的に与えられる頭が壊れるほどの快楽でドロドロのグチャグチャに蕩けさせて喜ぶタイプの同性愛者レズビアンだけど、流石に初対面の相手をいきなりベッドに連れ込むなんてことはしないよ」


「今のプロフィールだけで、最早その口から出てくる言葉が今後なんの信用にも値しないことが決定付けられたんだけど、理解してる?」


「事実だからねぇ」


 この女には、世の中には口にしない方が良い事実が存在することを是非とも知ってほしい。そんなエグい単語羅列されたら、怖くなっちゃう。


「まあ、冗談はさておき。きみを気に入ったのは事実だよ。ラトニアに出現した黒教の撃退。裏路地の支配者、葬儀屋の墓守たちを倒したことと言い、非常に高く評価している」


「……で?」


「1つ仕事を頼まれて欲しい。簡単なことだ、葬儀屋の頭――銀天衆が1人、ゴルドー・アルトマンの行った不正業務の証拠を掴んで来てくれ」


「ことわ――――」


「断ったらちゅーするよ、しかもディープな奴。舌入れちゃうかも」


 その脅しは一体なんなんだ。と言うか流石にこんな女相手に無理やりちゅーされるような鍛え方はしてないぞ。


「絶対無理って顔してるけどお生憎様、きみはわたしの用意したパンケーキを食べたよね?」


「はっ……まさか……!?」


 クリスが笑みを深めると同時に、若干の熱っぽさが体を襲った。上手く手足が動かせず、力が抜けていく気がする。


「御名答、一服盛らせて貰いましたー。今のきみなら、わたしでも簡単に捕まえてあんなことやそんなこと、好き勝手出来ちゃうかもねぇ」


「この、変態女……!」


「最高の褒め言葉だねぇ、それより――どうする? 受けるか、受けないか。1回ちゅーしちゃったら、その後はなし崩し的に色々捗っちゃうかも知れないから、慎重にね」


 毒を盛った状態でこの二択を迫るとか、悪魔の所業が過ぎる。やはり国家から都市を独立させ、その統治を司る議長の手腕は伊達では無いということか。


 いや……なんか議長云々は関係ない気もするけど、そう言っておかないと単なるレイプ魔に襲われたことになってしまう。


「……分かった、受ける」


「よいお返事を聞けてわたしとしても嬉しいよ、フランちゃん」


 ゆえに私は渋々、本当に致し方なく、仕事の依頼を受けた。


「あ、因みに毒は嘘ね。ただの生姜汁だよ、体がポカポカするでしょ」


「は?」


 それから騙された腹いせに、クリスの分のパンケーキまで食べ尽くしてやった。








◇TIPS


[ファンメール]


共に戦った仲間、対戦相手に送る賛辞の手紙。

非常に短い文章から秀逸な長文まで多々あるが、

稀に猿が代筆していると思われるものも存在する。

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