第32話 閣の守護者

 ダンジョンボスというのは、フィールドに出現するモンスターと決定的に違う部分がある。それはHPの量だ。ボスは複数人――最低でも4人で挑むことを想定してHPが設定されており、通常のモンスターとは比較にならない程のタフさを誇る。


 しかし、代わりに必ず大ダメージを与えるギミックが存在するため、正しく戦えば2人でも問題なく勝てる。寧ろギミックを無視して戦えば、何時間掛かるか分かったものではない。


 円形の部屋の中へと足を踏み入れると、静止していた守護者の胸部分に嵌め込まれた赤い核が光を放ち、ゆっくりと動き出す。それを見てから、私はインベントリから人形兵のドロップアイテム――[剣太刀つるぎたち冬霜ふゆしも]を取り出した。


 これは片刃と両刃の2つの性質を持つ不思議な剣で、刺突属性が弱点の敵へダメージボーナスを得る事ができる。生憎と[閣の守護者]は刺突耐性があるが、攻撃力だけでも今まで使ってきたものよりも遥かに高い。


 守護者は完全に立ち上がると共に両脇へ置かれた曲刀を手にし、体の前で交差させる。それが開戦の合図となり、背後の門が勝手に閉まった。1度入ると徒歩では出られないボス部屋のギミックだ。


 そのタイミングで今使える自己強化バフを全て発動。覚醒はしてないので、スキルの顔ぶれも殆ど変わらない。


「ランド、一発目攻撃次バフ、その後は自由だ。気負う相手じゃない、楽にやろう」


「分かったにゃ」


 ダンジョンボスと言えど、私にとっては1度ならず何度も倒したことのある相手。戦いの舞台が現実になろうと、萎縮する必要はない。


「業火の精霊よ、地の底より顕現せしその怒りを炎と化せ。[炎王・焦塵熱波イブリス・アトミックバーン]!」


 その詠唱と共に、ランドの背後に炎を纏った巨大な火精霊の王――イフリートの幻影が現れる。獣めいたその体躯から火の粉が散り、直後に爆発の波となって閣の守護者へと襲いかかった。超高温の白い炎を伴った爆発は連鎖し、大気ごと敵を焼き尽くす。


「それ[天巫道士]のスキルじゃん……」


 今放たれたのは[霊魔導師]の覚醒先、[天巫道士]で取得できるスキルだ。ランドめ、私に黙って二次覚醒を終わらせてやがったな。ついこの間までステータスウィンドウの開き方も知らなかった癖に。


「だがナイス! 初撃でこれはデカいぞ!」


 爆風の中を駆け抜け、諸に食らったであろう守護者へと肉薄する。煙を切り裂いて曲刀が襲い来るが、上へ跳んで回避。


 一回転して着地すると、そのまま踏み込んで足を切り刻む。表面に傷跡は出来たものの、ダメージは微々たるもの。しかし、この攻撃の目的は相手の攻撃を誘導することだ。


「ふっ――」


 守護者の手首には、如何にも『壊してください』的な魔力で出来た関節がある。足元へ振り下ろされた左の曲刀を紙一重で避けると、丁度それが目の前に晒された。


「オッラ!!」


 刃を叩きつけると、何か柔らかい物を斬った感触がする。一撃では破壊出来ないが、[閣の守護者]戦は今の流れを繰り返して戦うのがセオリーだ。


 1番の弱点である胸の核は、両手に剣を持たれているとほぼ確実にガードされてしまう。メタ的なことを言えば、最も優先すべき行動として『核のガード』がプログラミングされている。しかし、手首を破壊して剣を落とさせれば無防備、好きなだけ攻撃することが可能だ。


 破壊した手首は魔力で再度繋がるが、この戦法が奴を倒すのに最も早い。


 怪僧然り、このダンジョンでは[部位破壊]のギミックが攻略の鍵となる。本来なら雑魚も腕を破壊して武器を持てなくするのが正しい戦い方だ。


「はあっ!」


 持ち上げられた左腕と交代で、右の曲刀が横薙ぎに振るわれる。剣で上手く軌道を逸し、腕と交差する瞬間に手首を撫で斬りにした。


 核の次にダメージの通る箇所へ二度攻撃を喰らい、守護者が一瞬怯む。その瞬間に丁度バフが付与された。全身の血が燃え滾るような感覚に襲われ、剣が青白い炎を纏う。


「[炎霊王の息吹]にゃ!」


「おうおう格好良いじゃないの!!」


 "燃える剣"と言えば、全国の小学生男子が1度は憧れるもの。それが自分の手元にあることでテンションがぶち上がり、勢いのまま守護者の胴体を使って三角跳び。さながら回転鋸のように縦回転し、手首を抉った。


「威力も段違いじゃねーかッ!?」


 その一撃で曲刀を持った手が切断されて宙を舞う。片手を失った守護者は再度怯みモーションに入り、数歩後退った。


 いや……精霊術のバフ強すぎない?


「あ、でも効果短いから気をつけるのにゃ!」


「分かってる!」


 [炎霊王の息吹]は強いが、確か武器のエンチャント効果時間は10秒かそこらだった筈。ステータスの強化はまだ続くが、今からもう一発入れられるかどうかは怪しい。


「勿体ないからハイ!」


 左手首には届かないと判断した私は、すぐさま下半身へ飛び込んで袈裟斬りを放つ。どこでも良いから当てておきたいと思ってしまった。多分普通にバフなしで手首斬った方が良かったな。


「チッ……木製の癖に固いんだよお前」


 エンチャント付きでも、胴体への攻撃はまるで手応えを感じない。


 ダメージ自体は普通に入っているが、元のHPが多すぎて相対的に減少量も微々たるものなのだ。地竜とはまた違った意味で徒労感がある。


 怯みから立ち直った守護者が残った左腕を振り回し、私はそれを避ける為に1度大きく距離を取った。


「[朱剛絢武]」


 3回目の攻撃で防御無視のダメージを発生させるスキルを発動。息を吸い、下半身に力を籠めて一気に地面を蹴った。


「いち!」


 手首を斬りつけてすれ違い、足でブレーキを掛けながら復路を行く。


「にぃ!」


 対象を見失った守護者の背後から追撃を見舞い再度反転。


「さん!」


 三撃目の斬り上げを叩き込むと、ジェル状の魔力による繋がりが断たれて手首が落ちる。奴が胸の核を守る手段を失った。


「ランドォ!」


「合点!」


 怒声にも近しい声音でランドを呼ぶと、その意図をちゃんと理解してもう一度[炎霊王の息吹]が飛んで来た。剣が蒼白に烟る焔を纏い、空気を焼き焦がす。


「らあッ!!」


 無防備によろめく守護者の胸元に向けて、石畳が割れる程強く跳躍。赤い核を間合いに捉え、大上段に構えた剣を振り下ろす。硬質な物を叩いたような高い金属音が鳴り、核が衝撃に明滅した。


 これでワンセットだが、普通ならパーティー全員で殴ってる所を1人なので、大体あと5回は同じことをしなければならない。


「ッ!?」


 そう思っていたが、核への攻撃で大ダメージを負った守護者は――――腕を再接合させずにその場に膝を着いた。


「あれ、これ倒した時のモーションだぞ……!?」


「えっ? じゃあやったのかにゃ!?」


 いやいやいや、一体どういうことだ!? たとえ私の攻撃力がレベルよりも高かったとして、ダンジョンボスの核を一撃で破壊出来る威力は出せる筈がない。


 ただ、HPを最後まで削られずにボスが倒される場面と言うのも、存在しないわけではなかった。寧ろ、今のこの状況は間違いなくそれに相当する場面だ。


「フラン、核が!」


「まさか――――」


 そんな私の予想を肯定するかのように、守護者の赤い核から黒い粒子が漏れ出し始めた。それが徐々に全身へと広がり、体を覆い隠してしまう。


 部屋全体を見えない圧力が襲い、ヤバい時に感じるうなじの痺れが走った。


 しかして、一際強く黒い波動が放たれ、巨体が完全に黒霧へと変わる。それは暫く蠢くと、鈍く光る赤い核へと集まり――人の形を成した。


 背丈は先程とは違い、人の範疇。ケインと同じか少し低い程度だ。笠を被っており、顔は黒い靄に覆われて見えない。唯一目だけが赤く揺らめく光を放ち、こちらを睨めつけている。


 服は和装、その腰には二振りの刀が差してあり、どちらも異様な雰囲気を放っていた。まるで、侍のような出で立ちをしている。


「これは、真ボスだ」


 特定の条件を満たすことで出現する、ダンジョンの真なるボス。従来の攻略と同じフェーズを突破した際、その姿を現すのだ。恐らく目の前の侍は、それに該当する。元のボスよりも強いことが大半で、圧倒的にAIの思考レベルが違う。


 ユノン地下寺院に真ボスはいなかった筈だが、この世界ではそういう記憶が頼りにならない。今目の前にいる、というのだからそれが事実だ。


 ただ、



「そうこなくては」



 いずれにせよ戦うだけである。強い相手となれば尚更、それに戦い慣れたボスよりもよっぽど楽しそうだしな。


 私が剣を正眼に構えると、黒い侍も腰の刀の柄へ手を添え――第二フェーズが始まった。








◇TIPS


[真なる試練を課す者トゥルー・ガーディアン]


ダンジョンに座する守護者の真なる姿。

更に上位の[究極試練を課す者プライム・ガーディアン]も存在する。


討滅の方法はボス毎に異なり

従来のダンジョンボスと同様にギミックは健在。


極端にHPの低いボスや

一騎打ちという人数制限を持つボスなどの差異はある。




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