第31話 外で食べるラーメンは最高に美味い

 領主の屋敷を出てすぐ、先頭を歩いていたソフィアが唐突に足を止めた。


「あんたからしたらくだらないでしょ、あたしがディアントで1番強いって言われてるの」


「んあ?」


 それからこちらを振り返り、苦笑を浮かべてそう言った。成程、さっきの彼女がディアントで1番の冒険者であるとかなんとか言ってた話か。


「あたしの主観だけど、あんたの実力は間違いなくAランク相当よ。無名ってだけで、あたしが持て囃されてるの、気に入らないんじゃない?」


「ソフィア、流石にそれは……Aランクなんてどこの支部にもそうはいないぞ。買い被り過ぎじゃないか?」


「どうでもいいよそんなこと」


「……そう?」


 あくまで他者評価だしなぁ。他人にどう思われていようが、何処の誰と比べられようが、結局戦って勝った方が強い。それだけが真実である。


 そもそも単に名声が欲しくて強くなりたい訳じゃない。結果として手に入るならそれはそれで良いが、私の場合目的はもっと別の所にある。

 

「それより今日もランドと出てくる。夕方には帰るから心配すんな」


「あっ、ちょっと!? せめて何処に行くかくらいは教えなさいよっ!」


 ソフィア達に一言告げ、ランドを肩に乗せて門を出る。道は昨日行った通りに辿れば良いから、10分程早く着いた。廃屋へ入り、ちゃんと閉めておいた床板を外して再びダンジョンへ。長い階段は相変わらずなので、少し駆け足で降りていく。


「さてさて、今日は100まで上げるぞ!」


「あいにゃ! だいぶコツを掴んだから任せるにゃ!」


 ランドもグループのタゲを引くコツを掴み、怪僧での立ち回りにも慣れてきた。精霊術は攻撃と補助のどちらかを選択して行う為、瞬時の判断が必要となる。その点で言えば、野性的な感覚に優れたランドは非常に相性が良い。


 今日も雑魚狩りから始め、怪僧が湧いたらそちらを倒すルーティンを繰り返す。昨日と違って午前中からのレベリングなので、時間的もここの適性レベルまで上げることが出来る。


 



 5時間後。


 まだ日が落ちきらない内に2人のレベルは100に到達した。怪僧のポップが思ったより多かったことと、狩りの効率化があったことで予定よりも数時間早く終わった。


 これでやっと3桁の大台に乗ったわけだが、100レベルでは特に覚醒などの恩恵は受けられない。


 覚醒の段階は50レベルからは30刻みで、私とランドはもう1段階強くなれる状態ではあった。ただ、今はステータスの補正が1次覚醒の時点で確定するのと、私の知らない新しい派生クラスが無いか探すので保留にしていた。


 このまま110まで何も無ければ、予定通り2次覚醒は[羅刹剣豪]にする予定である。ランドは望むクラスに進ませたいが、精霊術士から後衛としての派生は基本1本道だ。


「さて、どうするか」


「帰るにゃ?」


「いや、まずメシだ」


 取り敢えず勝手に敵の湧くことがない庫院の中で戦利品を確認しがてら、遅めの昼食と洒落込むことにしよう。今日の昼食は昨日買った乾麺セット。つけ麺ではなく、温かいラーメンの方を食べる。


「どれどれ……」

 

 ここでラナからお礼の品として貰った冒険者用の便利グッズの出番だ。この世界の技術もゲームから色々進歩しているようで、魔物から取れる魔石を燃料にした持ち運びコンロと、重ねて仕舞える金属製のカップを取り出す。


「ランド、水頼む」


「あいにゃ~」


 1番底にある大きいカップへと精霊魔法で水を注ぎ、コンロを着火。ガスではないので、バーナーからは赤い火が灯った。燃料以外は普通にキャンプ用の小型ガスコンロと同じ扱いで良さそうだ。


「おお、こりゃ便利だな」


「温かいにゃ……」


 地下寺院は少し肌寒いから、小さな火でも少し気分が落ち着く。お湯が沸いたらそこへ半分に折った乾麺を投入。その間に取皿用のカップへとスープの素を入れ、インベントリからお茶を取り出した。


「まだかにゃあ」


「こういうのは待ち時間が1番楽しいもんだ」


 茹でている間に今日の戦利品――主に人形兵から入手したアイテムを確認する。基本は魔石と壊れた人形兵の手足や武器やらだが、中にはダンジョンのみで使用出来る転移スクロールなどもあった。


 ゲームでは現在いる地点から1つ前のポイントに転移するという仕様だったが、今はどうなのだろうか? ラーメン茹でてるから試せないけど。


 因みにここで使うと、敵のいない入り口前の門へ戻される筈だ。


「お、5分経ったぞ」


「早く、早く食べるにゃ!」


 まずは茹で汁をカップに注ぎ、スープの素を溶かす。それから麺を盛り付け、オーク肉の角煮を乗せれば完成。インベントリに入れたアイテムは時間経過の影響を受けないから、食べ物を保存しておけるのはやはり良い。


「よっしゃ、頂きます!」


「にゃ!」


 箸は持っていないので、フォークで麺を持ち上げ啜る。少しこってりとした豚骨スープが絡み、疲れた体に染み渡る濃厚な風味が口の中一杯に広がった。喉越しの良い中細麺の相性も良く、乾麺とは思えない程に美味い。


 何より、外で食べるラーメンというのが最高のスパイスになっている。


「やっぱ運動したあとはこってり系だよなぁ!」


「昨日と言ってること違くないかにゃ……?」


 別にいいんだよ、その時の"腹"ってのがあるんだから!


 途中で半固形タイプの辛味調味料を加えて味変をした。これもまた絶品で、まったりとしたスープと上手く調和して、また違う味わいになる。


「ふぅ……ご馳走様でした!」


「美味しかったにゃぁ……」


 あっという間に平らげて食後のお茶を飲んでいると、満足して帰りそうになるが、これからもう少し頑張る必要がある。


 目標までレベルを上げたので、ダンジョンで次にやることと言えば1つ――ボスの討伐だ。


「さて、行きますか」


「うにゃあ、お腹いっぱいで眠いにゃあ……」


「道中は雑魚しかいないから着くまで寝てろ」


 寝転がってウトウトしているランドを背中に担ぎ、庫院を出る。ここからは30分程掛かるので、一眠りする時間はあるだろう。その代わり目が覚めたらしっかり働いてもらうぞ。


「……最深部にいるボスって何なのにゃ?」


「あの人形兵共をちょっと大きくしただけだよ」


 ボスは目測でも五メートルはある巨大な人形兵で、両手に大きな曲刀を持った仏像みたいな外見をしている。AIのルーティンとしては比較的単調で、スライムのような無知性型のモンスターだ。


 そもそも設定が『寺院を守護する為の人形兵』だからな。基本的に決められた動きしか出来ない。


 道中に出てくる雑魚を蹴散らしつつ進むこと30分と少し。幾つかの階段と堂を通過して、ようやっと本堂へと辿り着いた。


(……ここもゲームのままか)


 一対の仏像が壁の中に鎮座し、その先へ更に巨大な門が静かに佇んでいる。周囲に気配はなく、寺社仏閣らしく静謐な空気を保っていた。床の木板は歩く度にギシギシと音を立てるが、底が抜ける心配はない。


 本堂はダンジョンに良くあるボス前のセーフゾーン。ここでバフの掛け直しや、作戦会議などを行う。今回は私とランドだけなので、特に何かをする必要はないが、折角なので筋力強化のポーションを飲んでおくか。


「おい、起きろ。着いたぞ」


「ん……あと5分にゃあ……」

 

「寝ぼけてんじゃねえよ、オラ!」


「ふに゛ゃ!?」


 床にランドを叩きつけて起こすと、閉じたままの門前まで歩いて行く。これを開けば、ボス部屋まで続く一本道が現れる。


「何気にこっち来て初か、ボス戦」


 私は高揚を隠しきれずに笑みを浮かべながら、門へと手を添えて押した。重厚な木の音を立てながら徐々に開き、眼前に再び石畳の道が広がる。


「行くぞ」


 開かれた門を抜けて石道を進んで行けば、それは途中で唐突に途切れ、広い正六角形の空間に出た。


 壁の素材などは先程の本堂と同じだが、壁には3対6本の腕を持つ像が1体だけ立っている。顔は最低限目を表す2つの孔だけが開いており、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


 そして部屋の中央には、胸の前で合掌したまま微動だにしない、巨大な木製の像が胡座を掻いて座っていた。両脇には身の丈程もある曲刀が2本置かれている。




 あれがユノン地下寺院のボス――――[閣の守護者テンプル・ガーディアン]だ。








◇TIPS


[閣の守護者テンプル・ガーディアン]


ユノン地下寺院最奥に座す、巨大な人形兵。

両手には大振りの曲刀を持ち、激しい叩きつけや回転攻撃を行う。


寺院を守護するための存在だが、

同時に寺院を攻略する者に試練を課す存在でもある。


つわものは多勢に無勢を嫌い

またその身1つで切り結ぶ剣客との死合を望む。

その目に適う者が訪れた時、真なる試練が待ち受け

突破した暁には新たな力を手に入れることだろう。

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