第21話 剣鬼と呼ばれた少女(男)

 ギルドを出た私たちは、人の往来で賑わう通りを歩いていた。どうやら観光客に向けた店が多いらしく、あちこちに土産屋や焼き物の屋台が立ち並んでいる。


 かくいう私とランドも半ば観光気分なので、両手に肉の串焼きとりんご飴に揚げパンを抱えていた。いやあゲーム特有のガバガバ文明レベル最高だな、料理の質が現実とほぼ同じで助かる。


 私は食べなくても生きていけるが、常に満腹感があるというわけではない。美味しいものなら飽きるまで食べられるのだ。


「はぐ、はぐ……! やっぱり都会の食べ物は質が全然違うにゃあ!」


「おいこら、頭に食べカス落とすな」


 ランドは肩に足を、頭に顔を乗せてサンドイッチを頬張っている。


 私の頭上が居心地良いのか、一緒に旅をするようになってすぐここが定位置になってしまった。軽いし良いんだけど、今後頭の上で食事するのは禁止にしよう。

 

「それで、2人は何処に行きたいんだ? この街の施設なら大体案内してやれるが」


「じゃあ早速カジノ……」


「にゃ!」


「と言いたいところだが、まずは図書館だな。色々調べたいことがある」


 先程も言った通り、まずは図書館で調べ物だ。なにせ私はゲームのシステムと設定上でしかこの世界を知らない。詳細な文化や歴史には疎いので、そこを調べてから今後の身の振り方を考える。


 ランドは退屈そうだが、昼間からカジノに行くのは駄目な大人の典型だからな。


「図書館なら北地区ね、このまま真っ直ぐ歩いていれば着くわ」


「にゃあ……カジノ……」


「安心しろって、ちゃんとカジノも連れてってやるから。それにあそこは昼間じゃなく、夜に行くものだ。ピカピカ光って夜景が綺麗だぞ」


「光るのかにゃ!?」


「ああ光る、これでもかってくらい光る」


「人の国って凄いにゃあ……」


 自由都市ディアントが拠点として人気な理由の1つに、夜景の美しさがある。この手のゲームに有りがちな文明レベルガバガバファンタジーのお陰で、都市は夜でも非常に明るい。特にディアントはカジノを中心としたネオン街が存在し、ベガスもかくやとばかりに煌々と輝く。


 ゲームでも、その夜景をバックにスクショを取りに来たプレイヤーや賭博ガチ勢、明るいから駄弁りに来る者などでごった返していた。


 私はスロットに時間を溶かされた人種なので、夜景そっちのけで狂ったようにボタンを押し続けていたが。目押し出来ないし、ちゃんと日によって台の設定変わるの厭らしすぎるんだよな、LAOのスロット。


 そうして昔を懐かしみながら歩いていたのだが、ふと視界の先に巨大なモチーフがあるのを見つけた。もう少し近づくと、それが広場の壁に描かれた絵であることが分かる。


 壁画中に沢山の人が立っており、左から右に向かうにつれて人の大きさが小さく、密集して描かれている。どの人物も何かしらの武器を手に、凛々しい横顔や厳かな表情を浮かべているのが印象的だ。


「……ん? なあソフィア、あれは何だ?」


「あれは英雄たちの壁画よ。知らないの?」


「知らん、お上りさんだから」


 お上りさんと言ってもゲームの設定には詳しいが、あんなデザインのものは見たことがない。


「嘗てこの世界で名を轟かせた英雄達を讃え、帰ってくる事を願い描かれた絵だな。左の……一際大きく描かれた5人は分かるか? あれが最も偉大なローンデイルの五英傑だ」


「左から順に序列1位、2位って続いてるの。まあ、全員の力は拮抗していたって話で、一国の軍隊と同等の強さを持つらしいわ」


「英雄、ねえ……」


 2人の口から、また英雄という単語が出てきた。昔この世界にいた大量の英雄級冒険者と、それが一斉に消え失せた落日の空事件。恐らくその件を題材にした絵なんだろうけど、だとすると私にも少し思い当たる節が――――


「手前から千刃の勇者ユーマ、魔導王アドミラド、深淵のリオンガーダ、そして"剣鬼フラムヴェルク"と炎獅子ブラスト。全員この世界に生きていて知らない者はいない」


「……えっ?」


 待て待て待て待て。今何かとんでもない名前が飛び出さなかったか……? 全員、私には聞き覚えがあるぞ。と言うか、フラムヴェルクは私のプレイヤーネームだ。


 よく見ると壁画の絵も、何処となく似ていなくも無い。長い髪に、怜悧な印象を抱かせる横顔。それに薔薇をあしらったバトルドレスは、昔良く愛用していた重ね着だった。


 ということは、やはりあの壁画に描かれているのは、私も含めて――嘗てこの世界で冒険をしていたプレイヤーだ。始まりは皆等しく冒険者、そしてメインクエストが進めば英雄と呼ばれるようになる。


 序列というのは、ランキングの事を指しているのか……?


「剣鬼、フラムヴェルク……」


「おお、あんたもフラムヴェルク様に興味があるのか。あの御方は地上最強の剣士であり、剣の道を志す全ての者の憧れでもある。鬼神の如き圧倒的な強さと、女神のような美しさを備えた完璧な武人だ」


 ケインは子供のように目を輝かせて壁画を見つめている。その視線の先に描かれているのは、剣を手に佇む少女。鬼神の如き強さと、女神のような美しさか……正当な評価だな!


 と言うかこれ、目の前に本人がいるって知ったらどんな顔をするのだろうか。正体を知られたら絶対に面倒だから今は言わないけど。


「コイツ、フラムヴェルク信者なのよ。あたしは断然アドミラド様だけどね、序列2位だし」


 アドミラド・ミンティ――通称あどミントさんは、魔法系のクラスが好きなプレイヤーだ。ランカーの中では比較的年齢が高く、いつも歳を理由に引退を仄めかしてはいたが、実力は相当なものだった。


 どちらかというとマクロな部分でのさかしさが印象的で、対戦相手の対策――いわゆるメタる事に関しては他の追随を許さない。勝利条件を10本先取にした日には、後半から絶対にあどさんのペースになる。私でも、好んで連戦したいとは思えないプレイヤーだ。


 ま、それでも対あどさんの勝率は7割キープしてたんですけどね!! ここ重要!


「そう言えばあんた、フラムヴェルク様と同じ吸血鬼よね、名前も似てるし……もしかして親戚だったり?」


「本当か!?」


「赤の他人です、はい」


 強さという点で言えば、今の私は本人と言い難い程の雑魚だ。


 この世界の住人が知っているフラムヴェルクは、1人で国1つを相手取れるらしいし。本当にそんなことが出来たら、今頃NPCの統治する国全部乗っ取ってるんだよなぁ。


 ともあれ、消えた英雄がプレイヤーということが分かった以上、余計な騒ぎになりそうだし、当面は不用意に正体を明かさない方が良い。素直に言ったところで、誰にも信じて貰えはしないだろうがな。


 






 ディアント記念図書館の規模はこの大陸で二番目に大きい。一番目と比べると本の数はかなり少ないが、それでも十分な蔵書量だ。


 館内に入るや否や、ランドはケインに連れられて何処かへ行き、ソフィアはソフィアで趣味の探しに行ってしまった。


 取り敢えず目当ての本を手に取りながら適当にブラついていると、女の子が高い場所にある本を取ろうと悪戦苦闘していた。必死に背伸びしているが、指先すら届きそうにない。


「んぅっ……!」


「これか?」


「ありがとうおねえちゃん!」

 

「おう、でも図書館では静かにな」


 代わりに取ってやると、少女は嬉しそうに本を抱えてお辞儀をした。中腰でその頭を撫で、親らしき人の方へと走っていくのを見送る。


「へぇ、子供に優しいなんて意外ね」


「意外とはなんだ意外とは」


 いつの間に戻って来たのか、後ろで腕組みをするソフィアを半目で睨んだ。コイツは人を何だと思ってるのか、こう見えても子供とお年寄りには優しいんだぞ。


「それで、読みたい本は見つかったのかしら?」


「大体な」


 私は適当に返事をしながら、手近な机へと本を積んで椅子に座った。まずは市井の生活などの記述がある文献、次に支配階級――王族や諸侯についての本と、必要な項を探して読み進めていく。


「なあ、落日の空事件で消えた冒険者は全員帰って来なかったのか?」


 本に目を落としながら問いかけると、対面に座るソフィアは首を横に振った。


「勿論、中には戻ってきた人もいるわ」


「さっきの絵にいた中で、誰か帰って来た奴は?」


「ユーマ様とか……序列5位以下の英雄の中だと、重剣のジョーヌとか鉄血のマルギットなんかは普通に噂を聞くわね」


「そいつらは今何処に!?」


 私は机から身を乗り出し、先程少女に注意したことも忘れて大声を上げた。驚いた周囲の視線が集まっているのが分かる。……あと司書さんの鋭い目も、ごめんなさい。


 しかしユーマは無論、ジョーヌもマルギットも知った名だ。特にジョーヌに関しては……いや、今はそんなことどうでもいい。肝心なのは、私以外にもこの世界に来ていたプレイヤーがいたこと。


 居場所が分かれば、こちらから出向くことも吝かではない。


「……やけに食い気味ね。けど冒険者の、それも行動範囲の広い英雄たちの居場所を特定するなんて無理よ」


「そうか……」


 確かに強ければ強いほどプレイヤーの行動範囲は広くなる。普通の人間が立ち入れない場所に行くともままあるし、私自身がそんな地域で一年以上も生活していた。


「あんたもしかして、英雄に会いたいの?」


「会いたいっていうか、まあ……現実に生きている事を確認したいというか……アイツらがちゃんと同じ次元に生きている事実を噛み締めたいんだよ」


「えっ、なんか気持ち悪い……」


「言ってる自分が一番そう思ったからやめて」


 テレビでしか推しを見たことが無いオタクが、ライブに行ったときみたいな台詞吐いちゃった。いや、でも実際心境としては似たようなものだ。


 あくまでゲームのアバターとして交流していた連中も、今やこの世界の住人として生きている。その事実は、筆舌に尽くし難い。あとはクランの仲間の安否はそれなりに気になる。1人くらいこっちに来ていてもおかしくは無いからな。


「じゃあ、あんたの旅の目的は人捜しってわけね」


「基本的にはそうだな」


 強いNPCを探すのも然り、同郷の人間を探すのも然り。それでも特に焦って探すつもりは無く、あちこち観光しながら寄り道旅を楽しもうと思っている。


 それから――意外にもこの世界の文化風習などの文献が面白く、日が暮れるまで情報収集に耽った。







◇TIPS


[ローンデイルの五英傑]


嘗てローンデイル大陸で最強と謳われた

5人の冒険者の総称。


壁画に語られる英雄たちには序列が存在するものの

五英傑のみはその中で力の優劣がないとされ、

誰もが一国を滅ぼしえる力を持っている。

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