第22話 ぼうぐはちゃんとそうびしなきゃいみないぜ!

 整備されたドーナツ状のレース場を12頭の――前脚が退化し、代わりに後ろ脚が非常に発達した[駆竜ドラゴ・ランナー]という種の魔物が駆け抜ける。


『おおっと、最終コーナーをはじめに回ったのは2番、クラリア・エンプレスだぁー! 』


 それを見る人々は駆竜へと歓声か怒号かも分からぬ声を放ち、勝負の行方を見守っていた。


『速い!速いぞクラリア・エンプレス、完全に逃げの体勢だ! それを追う4番スイーツ・ラッシュ、10番コノエ・ケンジンオーが今コーナを曲がったぁ!』





 ――――ドラゴンダービー


 カジノにて遊べるゲームの1つで、出馬ならぬ出竜した12頭の駆竜の誰が1番にゴールするかを予想し、カジノチップを賭ける。競技用の駆竜をプレイヤーが育てることもでき、最も人気のある遊びと言っても過言ではない。


 現実で競馬やってる連中も『ハードとソフトの初期投資以降は月額2500円払えばギャンブルやり放題で安い』とかいう理由でLAOを買ってカジノに入り浸っている。


『さあディアントの直線は短いぞ、追い縋る後続、引き剥がす先頭と……ここでメイフ・ブラック、5番メイフ・ブラックが抜け出したぁー! グングン加速していく、これは、これは! スイーツ・ラッシュとコノエ・ケンジンオーを抜いて、並んだぁ! クラリア・エンプレスと並びました!』


「行けッ……! 行けッ……!」


「勝たなきゃ誰かの養分にゃ……! 抜け……ッ!」


 レースに観客席で齧りつくランドと、竜券を握りしめて静かに趨勢を見守る私。


『ゴーーーール! 1着はメイフ・ブラック! 2着クラリア・エンプレス、3着は意外にも8番レッド・カーテンが末脚でもぎ取った!以下の順位は表の通りです』


「よっしゃあああぁぁぁぁぁ!!!!」


「うにゃああぁぁぁ!!」


 そうして、黒い鱗の駆竜が1着になった瞬間、雄叫びを上げる。それもその筈、買った竜券は5→2→8の三連単、しかも1着のメイフ・ブラックは最下位人気、3着のレッド・カーテンは10番人気の大穴。オッズは約25万倍なので、賭けたカジノチップ200枚が5000万枚以上になった。


「はー勝った勝った! 今日は気持ちよく寝れるな!」


「楽しかったにゃ!」


 やはりドラゴンダービーは最高だ。たった1回買っただけで、店の景品全部交換できる量のチップを稼げるんだからよぉ。


 尚、今日はディアントに来て丁度1ヶ月。その間に冒険者として毎日仕事をこなし、ランクをDに上げた。そして稼いだお金は全てチップ購入に注ぎ込み、それでも足りない分は地竜の買い取り金から捻出して――漸く今日勝てた。


 今回のレースの出場竜の並びだと、かなりの高確率で私が買った大穴三連単通りの結果になる。偶然気付いてから誰にも教えたことがないので、多分プレイヤーの中でも私くらいしか知らないだろう。


 と、順調に人間のクズ、地下労働債務者になるための道のりを歩んでいるわけだが……これには訳がある。カジノでチップと交換出来る景品に、欲しい物があるのだ。と言うか欲しい物しかない。


 レース場から出ると、窓口で配当されたチップを受け取った。流石に単位が単位なので、1000万枚相当の黒いチップが5枚渡される。周囲の連中の視線が凄い、こりゃちょっと気をつけないとヤバいな。


「さっきから3人、後ろに付いてくるにゃ……」


 交換窓口まで歩くだけでも、隙を見てスろうとか、物陰に引き込んで盗もうとか考えてる輩が付いてくる。身なりは良くない、完全に夢の船に乗せられる類の人間だ。


 まあ、襲ってきた所で返り討ちには出来るだろうが、暴力沙汰を起こすと出禁だから早く交換してしまおう。


「すいません、交換お願いします」


「はい。どの景品にしますか?」


「全種類」


「えっ?」


 景品はランクによって必要なチップの枚数が違う。例えば1番ランクの低いハイポーションでカジノチップ100枚。最も高いもので大体2000万枚くらいか。最高ランクの景品は週替り且つランダムなので、欲しい時に狙った物を手に入れるにはチップを溜めておく必要がある。


「か、かしこまりました! 少々お待ち下さい……」


 私が黒のチップ5枚をカウンターに置くと、窓口の女性は奥に引っ込み、暫くすると他の従業員を連れて全種類の景品を持って戻ってきた。


「こちらになります、確認を」


「はにゃあぁ……凄い量にゃ……」


「あ、袋いらないです」


「はい? ですがこれを手に持ってお帰りになられるとは……」


 こういう時、インベントリは便利だ。片っ端から突っ込んで、整頓ボタンを押せば種類別に並んでくれる。驚く女性に会釈すると、私たちはカジノを出た。


「えっと……」


 内約を確認すると――ポーション、アクセサリー、魔法のローブ……大体私の知っているレパートリーと相違ない。今後の冒険の助けになることだろう。ただ、1番の収穫は最もランクの高い景品。


 黒を基調とし、篭手と肩当てには赤の差し色が入った装備、[夜衾やきん黒鎧こくがい]である。[伝説級レジェンダリー]のレア度を持つ女性用軽鎧系の最強防具シリーズだ。


 交換に必要なチップは、約2200万枚。先程言った景品の中で最も高いのがこれ。性能も折り紙付きで、防御力は大したこと無いものの、第一線級の追加効果を持つ。


 襟元や裾にラッフルの装飾がされており、装備の性能云々を抜きにしても普通にお洒落な服だ。


 データが消える前の私はこの装備を愛用していた。どうせ素の防御力も紙以下だったから、見た目と追加効果が好きなものを使ってたからな、懐かしい。


 尚、プレイヤーが自分で製作する場合には当時最高峰の難度を誇ったコンテンツ、[深淵迷宮ヴォイド・ラビリンス]最深部でエンカウントする[死侶の女王]のドロップ素材が必要となる。装備が大破した場合にも、修理に素材がいるが……まあ滅多に壊れることはない。


 確か、カジノの景品になっているこれは、蒐集家であるオーナーの私物だった筈……って、あれ? そう考えると、1度プレイヤーの手に渡った装備がまた景品になっているのはおかしくないか?


 私はアイテム化してインベントリに仕舞った[夜衾の黒鎧]を調べてみた。


「……ううむ」


 プレイヤーメイドの場合、装備の性能欄に製作者の名前が載る。これも例外ではなく、"ララトア・ララミア"という名前が記されていた。


「ララさんか……」


 ララトア・ララミア――通称はララさん。生産系職業で遊ぶ――クラフターと呼ばれる類のプレイヤーで、私も彼女には幾つも装備を作ってもらった記憶がある。


 クラフターのみで構成されたトップクラン[四畳半工房]のマスターでもあり、上位層の使っている装備は大体彼女かそのクラメンの手製だ。恐らく手元にあるこの装備も、彼女が無数に作って市場に流していた物の1つが偶然、ここへ辿り着いたのだろう。


 これはララさんの忘れ形見だ、多分死んでないけど。折角巡り合わせたのだから、ありがたく使わせて貰おう。


 問題は現実でこれ着ることに若干の抵抗があることと、装備するのにレベルがあと20足りないことくらいか。後者はともかく前者は……なんせ肩出し脇見せファッションだ、元男が着るのなら結構勇気がいる。それから、今の下着と絶望的に合わない。


「どうしたのにゃ? そんなに難しい顔をして」


「私は今、大変な問題に直面しているかもしれない」


「……?」


 ここで装備と合わせる為に下着を買い替える事は、私の中の大事な何かを失うことになる。具体的に言うと、男としてのプライドとか諸々。


 ただ、スポブラでは折角の肩出しファッションの見栄えが最悪になってしまう。ビジュアルガチ勢でもあった私にとってそれは耐え難い。着るなら完璧に着こなしたいが、いやでも流石に完全に女物の下着はちょっとなぁ……。


 まあ、今日はもう夜も遅い。下着云々はまた後日考えるとして、そろそろ至福の癒やしタイムの時間だ。早く宿に帰らねば。







◇TIPS


[深淵迷宮ヴォイド・ラビリンス]


異界へと続く鏡の門から入れる迷宮。

全99階層から成り、最下層には

世界が生まれる以前より存在したとされる悪魔が眠っている。


入り口である鏡の門は

なんの変哲もない古道具屋

あるいはとある学院の寮

もしくは美しき銀の吸血鬼の住まう城にあるとされる。

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