第20話 ホテルにあるラウンジは無駄にワクワクする
ゲームのシステム上、ベッドで寝るとリスポーン地点の変更になるため、都市部――ディアントも例外なく宿は多い。LAOが現実となり、寝るという目的以外の需要も生まれた。地球と同じように宿の方向性、グレード、サービスなどは多岐に渡る。
ソフィアに紹介して貰った宿……と言うよりホテルは、中流階級の利用する中でも比較的安い。素泊まりで一泊1500ゼニー。併設しているレストランを利用するなら2000ゼニーだ。
建物は旅人の往来が多い通りに面している。立地としては上等、近隣にはライバルとなりそうな店も無い。
「何を隠そうここ、あたし達も泊まってる宿なの」
「うっわブルジョワァ……」
外観はそれなりに豪奢だが、華美過ぎず品のある佇まいをしている。玄関前に植えてある植物の趣味も良い。雰囲気は、中流階級の家庭がちょっと奮発して泊まりに来る感じだな。
「他と比べればまあ比較的安い方だが、それでも一泊2000ゼニー。若干背伸びしてることは否めないな」
「……グレード下げたらもうちょいお金に余裕出来るんじゃないですかね」
こんないい宿に泊まるならそりゃ月の収入だってカツカツになるだろう。私の250万に文句を言うのなら、出費の割合を見直した方がいいのでは?
「見て分かる通り、ソフィアは見栄っ張りだからな。それに多少割高でもいい宿に泊まるメリットもあるんだぞ?」
「そ、安宿はセキリュティがねぇ……。部屋に鍵付いてないし、盗難とかが怖いのよ」
「そんな頻発するものなのか?」
「部屋に荷物を置いて外出なんてしたら、一瞬で全部盗られるかしらねぇ。その点、ここは鍵も付いてるし、冒険者の利用者も多いから泥棒は滅多に入らないわ」
そう言ったソフィアの横顔は至極真面目なものだった。
「とは言っても、別に金銭的に追い詰められているわけじゃない。毎月の稼ぎは非常時に備えて貯金するから、自由に使える金が余り無いってだけだ」
「お前それ先に言おうな」
金欠は金欠でも「今月ピンチだわ」と言って実は貯金出来る余裕のある奴だったか。本当に金欠の人間は、月末になれば諭吉どころか英世も危うい事をお前に教える。
宿に関しては、この街に住んで長い奴が言うのならそれが事実なんだろう。拠点にしている宿は冒険者にとっては帰ってくる場所だし、妥協し過ぎない方がいいのも分かる。
「あとはお風呂ね。ここ、深夜でも入れる公衆浴場あるから」
「あー、それは確かに大事かも」
風呂はどの世界、時代でも大事な物のようだ。昔、ド田舎の祖父母の家に住んでいた頃は、家に風呂が無いから銭湯に通っていたが、あれはいいものだった。
入浴は命の洗濯、日本人たるもの毎日湯に浸かるべきだと私は思っている。LAOにも温泉街とかあったし、その内行きたいな。
「やっぱり女子としては譲れない部分よ」
「うんうんそうですねはいはい」
女の子としてかどうかは置いておくとして――と言うかアレ? もしかして公衆浴場って、私女湯に入らないといけないのでは……? それは不味くない!?
生まれてこの方、母親と祖母以外の女性に裸を見せたことが無い。逆に女性の裸体も1度しか見たこともないし、そもそも見るのは色々と問題がある。
「さ、入りましょ」
私が内心で悶々としている間にもソフィアは玄関を潜って宿内へ。慌てて追い掛けると、お洒落な内装のロビーが出迎えた。
天井から魔法を蓄える石――魔石の照明がぶら下がっている。カーペットや壁紙の色も暗色が多めで、上品な落ち着いた雰囲気は非常に私好みだ。LAOの建築デザイン自体が洒落てるから、現実にもしっかり反映されているのが分かる。
「ソフィア様、ケイン様、お帰りなさいませ。そちらの方は……新規のご宿泊のお客様でしょうか?」
「あ、はい」
すぐ目の前にある受付に立っている従業員の女性も、背筋が伸びていて綺麗な所作だ。ソフィアが推すのも頷ける。
「リトリアの
「フランです。こっちはランド」
「よろしくお願いしますにゃ」
礼儀には礼儀で返すのが私の主義。きっちり下げすぎない角度でのお辞儀に、こちらも小さく頭を下げる。
「何日のご利用でしょう?」
「取り敢えず食事付きの1ヶ月で。部屋のグレードは選べたり?」
「大変申し訳ないのですが、現在セミスイート以外が満室になっております。部屋の料金は変わりませんので、そちらのお部屋をご用意させて頂いて宜しいでしょうか?」
「はい」
料金が変わらないのなら、特に言うことも無い。セミスイートなら2人程度余裕だろうしな。
「では、こちらへサインと、1月分の料金――62000ゼニーを。お荷物などありましたらお運び致します」
そうして料金を支払い、部屋に案内される。5階建ての内の4階にあり、しかもソフィア達の2つ横だった。正確にはケインの1人部屋だが、まあご近所さんには変わりないだろう。
大浴場は3階、レストランやカクテルラウンジは1階にある。本当に現代のホテルのようで、実に馴染み深い。因みに4階にも別でバーが入っており、ソフィアはそこの常連のようだ。
◇
リトリアの泊樹の部屋のグレードは3段階ある。ソフィアが泊まっているのも、私と同じセミスイートに該当する部屋。本来は2人部屋のようで、かなり広々とスペースを使っていた。
荷物を広げる必要もないので、暇になった私は早速ソフィアの部屋に遊びに来た。ランドはケインの所に行っている。
尚、扉から顔を覗かせた彼女はマジで嫌そうな顔してたし、一回扉を閉められかけた。そこはHNKの集金ばりに足を挟んで無理やり入った。
内装はヨーロピアンテイストと言うのか、ファンタジーらしいお洒落さが溢れている。流石ゲーム、都合よくこういう所だけは快適だ。
ソフィアのベッド周りには服やら本やらが散乱しており、片付けの出来ない人間であることが分かる。まあ、性格からしてカッチリとした私生活を送ってそうではないとは思っていた。
「おじゃましまーす」
「人は本当に邪魔をしているという自覚があるなら、他人の部屋のソファにいきなり寝転がったりしないのよ」
「うわあ、部屋汚いなぁ……」
「うっさいわね! 文句があるなら帰りなさい!」
そう怒鳴りつつもコーヒーを淹れて出してくれるの好き。あ、お茶請けは柔らかいクッキーなのか。普通に美味いな。
「はぁ……あなたの[祝福]が羨ましいわ、荷物の整頓なんてしなくていいもの」
「その[祝福]? っていうのは、私の[インベントリ]とかの事を指すのか?」
「……あんた、本当になんにも知らないのね、いいわ教えてあげる」
「いや別にいいです」
多分ゲームのシステム的な、メタい要素を現地民はそういう解釈で理解してるんだろう。説明されないでもなんとなく語感から[祝福]の立場は分かる。
「[祝福]っていうのは、神から一部の人にのみ与えられた特殊な権能よ。亜空間に物を仕舞えたり、情報を文字にして転送したり出来るの」
「とてもべんりだなあ」
あ、はいやっぱりそうですよね。
「規格も何段階かあるけど吸血鬼、あんたの[インベントリ]はどれくらい入るのかしら?」
「えっと――ほぼ10万個だな、スペースがあればなんでも入るぞ」
プレイヤーのインベントリは、基本1枠に同じアイテムが99個までスタックする。これはサイズ関係なく、収納出来る全てのアイテムが対象だ。アプデを重ねて今はそれが900枠あるため、最大10万個のアイテムを持ち歩ける。
「へえ、10万個ねぇ……って、それ最上位の[祝福]じゃない! 何でそんな便利なものを、神様はあんたみたいなボンクラに……」
「誰が度し難いバカだよ!」
「そこまで言ってないけど、自覚あるのね」
「常識を持った上で、それを一旦遠くへ放って行動してるからな」
私は他人から見れば常軌を逸した、あるいは考えなしの行動をしている自覚がある。自分の中で理屈や原理はあるが、それを他人が汲み取れない事も分かっている。
とは言え、生まれつきこんな性格だったわけじゃないからな。昔はもっと大人しくて、あまり感情を表に出すような子供ではなかった。今の恐怖心や道徳心があっても、行動の歯止めが効かないような人間になったのは、色々とまあ……そうなるきっかけがあった。
「自慢になってないし、頭おかしいって自己紹介かしら……?」
「そ、私は遠い昔に
「また意味の分からない事を……」
ただしNTR、どれだけ私が常軌を逸した思考回路に成り果てようがテメーだけは許さない。
あの文化をNTRる側として許容した瞬間に、人は敗北者に成り果てる。恋愛――引いてはその先にある行為とは好き合った者同士で行うべきものであり、同じクラスのヤリチンチャラ男とか催眠術が使える用務員のおじさんとかは絶許なのだ。
「純愛最高!」
「はあ?」
「ソフィアもちゃんと1人の男を愛せよ」
「あたし、世の男共を恋愛対象として見れないのよねぇ。あんたみたいな幼稚で馬鹿な奴ばっかだし、臭いし」
「酷いなおい」
フン、と鼻を鳴らしてそう漏らしたソフィアに、私は渋い顔をする。
男を若干見下している上に、私はそれと同じ分類に入れられていた。いやまあ実際当たってるんだけどさ、もう少しこう何というか、手心というか……。
寧ろケインとはそういう仲だと思っていたが、違ったことに驚きだ。男女2人だけのパーティーって、確実にデキてないとならなくない?
「それで、何か用があって来たんじゃないの?」
「別に」
「本当に遊びに来ただけだったのね……」
だって暇だし。
◇TIPS
[インベントリ]
神による祝福を受けた者のみが持つ特殊な権能。
大きさに関係なく物体を出し入れでき
またその上限は祝福の度合いによって変化する。
最上位の祝福は英雄たちしか持たないこと
それを知る者は数少ない。
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