第10話 いや、お前それ生まれつきじゃん

 オスカントに隣接したギオーラ火山、その麓にケット・シー、ミ族の集落は存在した。通年霧深い森の中に、隠れるように住む猫妖精は人々の間に伝承として語り継がれている。


 ケット・シーは偉大なる猫の王『アル・テ・ガルナンド』を祖とし、その子孫がそれぞれテ族、ラ族、ミ族、ウ族の4つ氏族に分かれた。その誰もが高い知性と芸術性を持ち、付与魔術の使い手である。


 特に宝石へと力を与え、特別な効果を発現させることに長け、それこそがケット・シーの位の高さを決定させる唯一の指標でもあった。


 ミ族族長、ミ・ナンドの息子であるランドは、生まれついてその才能が無い。有り体に言えば、この世界に暮らす者が祝福として授かる[技能の樹スキルツリー]の選択肢に、[魔力付与エンチャント]系統の技能が無かった。


 ケット・シーとしても、氏族としても、それは初めてのことだった。


 成長に伴い[技能の樹]の選択肢が増えることもある。ランドが幼い間は父も静観していたが、何年経とうと[魔力付与]は生えて来なかった。


 [魔力付与]を持たないケット・シーを次期族長へは出来ない。それどころか、集落の者たちからランドは落ちこぼれの烙印を押され蔑まれ、やがて恥を隠すように家から出ることも禁じられた。


 しかし、ランドには外への憧れがあった。


 家に閉じ込められ、書物を読むことしか出来なかった際に、世界の広さを知ったのだ。その時よりランドは、ケット・シーのミ族として生きる道を捨てたのだろう。


 それから行動は早く、鞄に詰め込めるだけ荷物を詰め込み、誰に知られる事無く集落を出た。まだ見ぬ世界を求めて――――





 







「――――というわけで、ボクは一人ここにいるというわけにゃ」


 ランドの話は10分で済むところを2時掛けて語られた。その間私は暇すぎたので、上がったレベルの確認とスキルの取得に勤しんでいた。


「もしかして全然興味無かったにゃ?」


「うん」


「本音でも即答しないでほしいにゃ!」


「だってお前の生い立ちとかマジで興味ないし、逃げ出した雑魚乙って感じ」


 なんだよ自由を求めて集落を出た落ちこぼれって。ありがちなんだよ、素人の書いた小説の主人公かおい。もうちょっと設定盛ってないと読者は付いて来ないぞ。


「そ、そんなこと言わなくてもいいじゃにゃいか! だったらフランは、ボクに他の選択肢があったと思うのかにゃ!?」


「集落の猫を全員シバき回して頂点に立ち、その上で力こそが最も尊きものだという思想を赤子から老人に至るまで植え付ける」


「発想が蛮族と邪教のハイブリットにゃ……」


「今のは極論な。他の才能で馬鹿にしてくる奴らを黙らせられるんなら、それに越した事はないってこと。それでも無理なら、そん時は集落の連中の頭が固かったって話だ」


 まあ、でも集落を出た判断は多分正解だ。一つの要素のみを尊び、そのことに関して劣っている者を排斥するような社会にいても苦しいだけだろう。


「……ん? と言うか、じゃあなんでお前はこの森に住んでるんだよ」


「そ、それは……」


 世界を見たいと言うなら、火山のお隣であるオスカントに住んでる理由が分からない。話を聞く感じ、かなり長い期間滞在しているようだし。


「じ、実は……人間の国に行くのが、怖いのにゃ」


「はい?」


「ボク、今まで一度も森から出たことがなくて、ヒトがいっぱいいる所に行くって思うと怖くなっちゃったのにゃ……」


 それで、この危険なモンスターひしめき合うオスカントの樹海に住んでると? なんか色々と矛盾とまでは行かないが、意味が理解出来ない部分がある。


「私もヒトだし、普通に話してるじゃん」


「フランはなんか……こう、ヒトっぽくないにゃ。どっちかというと魔物の類にゃ」


「毛皮剥いでファーにすんぞこのクソ猫」


 誰が頭のネジの外れた思考回路モンスターやねん。私はただちょっと戦うのが好きな美少女吸血鬼ですぅ!


「というかモンスターの方が危険で恐ろしいだろ」


「それは問題無いのにゃ。精霊に頼めば、ボクを魔物から見えないようにしてくれるからにゃ」


「精霊? 待て、お前今精霊って言ったか?」


「そうにゃ? ほら」


 ランドがそう言った直後、その姿が半透明になった。消える前を見ているから辛うじて認識出来たが、森の中でこれをされたらすぐに見つけられる自信はない。


「昨日も、アークマンティスが近くにいたからこうして隠れたにゃ」


「……多分、お前が[魔力付与エンチャント]出来ない理由が分かったぞ」


「えっ、どういうことにゃ!?」


 これは職業[精霊術士]の[光の精霊術]カテゴリで取得できるスキル[光透隠形ホロ・スニーク]だ。走る、攻撃などの動作をしない限り、プレイヤーあるいはモンスターから姿を隠せる。


「お前、生まれつき[精霊術士]だから、なったこともない[彫金師]のスキルが取れるわけねーんだよ」


「えええぇぇぇぇ!?!?! にゃんだってええぇぇぇ!?!?」


 そしてこのスキルを取ったということは、当然職業[彫金師]の[魔力付与エンチャント]は全く別のスキルカテゴリな為、そもそもツリーにすら現れない。


 ケット・シーは生まれつき皆[魔力付与]を取得出来るという話だったので、ランドを除いて種族単位で[彫金師]が固定の職業なのだろう。ゲームの内部データだと、ドワーフのNPCはほぼ全員[鍛冶師]だったし。


 転職すればその限りでは無いだろうが、聞いた感じそういう知識も無さそうなんだよな。そもそも現地人は、ゲームのシステムをどう認識しているのかすら私はよく分かってない。


「ステータスウィンドウは開けるか?」


「知ってるけど、自分で開いたことないにゃ」


「一筆書きで十字を書け、自分から見て左が始点だ」


 言われた通りにランドが十字を書くと、魔法っぽいエフェクトと共に半透明のパネルが浮かび上がった。


「うにゃ!?」


「それがステータスウィンドウ」


「なんか一杯文字が並んでるにゃ……」


 この反応を見るに、ステータスウィンドウの開き方は一部しか知らないのか。はたまたランドが教えて貰えなかっただけか。他の人間がどうかは分からないので、今のところはランドが特別だと考えておこう。


 だとしたら、一体どうやってスキルを取ったのかは謎が残るが、私と現地人とじゃ何か仕様が違う可能性はある。成長と共に、才能があったり努力した分野のスキルにポイントが割り振られていくとかな。


「私に情報を共有する設定に出来るか?」


「共有かにゃ……? えっと……」


 基本、他人のウィンドウを覗き見することは出来ない。操作していることが傍目から分かるだけで、ウィンドウ自体は魔法陣のような幾何学模様のアニメーションが映るだけだ。


 ただ、任意の相手に共有することは可能で、その場合は周囲にいるプレイヤーを指定して許可の欄をタップする。


「こうかにゃ?」


「よし、見えた」


 ランドもその操作が出来たようで、後ろから覗き込んでいた私にもステータスが表示された。




 

===================


[名前]ミ・リリイア・アル・ランド

[メインクラス]精霊術士[サブクラス]薬師

[種族]ケット・シー

[性別]男


称号:元跡目


Level:16

HP:452/452

MP:650/670

EXP:2041/8459

===================

===================

STR:43

VIT:55

AGI:120

MAG:345

DEF:23

MND:420

===================


 あ、やっぱり思った通りだ。メインは元より、サブにもう一つ設定出来る職業が[薬師]になっている。傷薬の調合をしていたのを見たからそうじゃないかと思ったんだ。


 それにしても、ステータスは結構高い。全体で見るとそうでも無いが、このレベルでMND精神力が400超えは明らかに[鍛錬値]が偏っているな。


 バフ・デバフや継続回復に長ける[精霊術士]は普通の魔法系職業と違って、諸々の計算をMAGではなくMNDで行う。純ヒーラーの[神官]系と上げるステが被ってるお陰で、兼業している奴も多い。


 生産系職業の[彫金師][薬師][錬金術師]なども、作業の成功率を弱冠MNDに依存する。ビルドとしては、この上なく合理的で理想の道を進んでいると言っていいだろう。


「この恵まれたクラスとステータスで落ちこぼれ認定されてたら世話ないな」


「そ、そうなのにゃ? あんまり自覚ないにゃあ……」


 私は絶対にこういうビルドは組みたくないけど。ダメージソースを持たず、味方に火力を依存する支援型ビルドは死ぬほどストレスなのだ。バフ・デバフの時間管理も面倒臭いし、殴ってれば倒せる近接職が一番良い。


 とは言え支援型のキャスター魔法系後衛はパーティーに必須なので別に悪いわけじゃないし、寧ろ人口が少ない分重宝されがちだ。


 なんか殴り合い強そうなクラスだったら育てて戦おうかとも思ったが、柔らかい後衛を殴っても仕方ないよなぁ。


「あ、あの……」


「何?」


 と、私が内心で勝手にガッカリしていると、ランドが改まった声を上げて居住まいを正す。


「フランにお願いがあるにゃ」


「ほう、申してみよ」


「なんで偉そうなのにゃ……」


 なんかそういう流れだと思ったから……。


「まあいいにゃ。見たところ、フランは冒険者にゃんだよにゃ? その……ボクも一緒に旅に連れて行って欲しいのにゃ」


「えぇ…………?」


 ちょっと察してはいたが、いざ本当に言われるとアレだ。元々ソロ狩りが好きな人間なので、あんまりパーティーメンバーは欲してないんだよなぁ。


「死ぬほど嫌そうな顔するのやめるにゃ」


「別にぃ……? そんな事無いけどぉ……? ただちょっと、足手まといの猫を抱えて行くのが不安なだけでぇ……」


「それ結局嫌ってことにゃ!」


「はい」


「はいじゃないにゃ」


 助けてもらった恩に何か1つは言うことを聞こうとは思ったが、「仲間にして欲しい」だけは断りたい。第一、危険に自分から突っ込む私みたいなタイプには付いて来ない方がいいと思う。守りきれずに死なれても困るし。


「……取り敢えず、どうせまだ動けにゃいんだから、傷が治るまでに考えておいて欲しいにゃ」


「絶対嫌でーす! プエプエプエ~!」


「お前マッッッッッッジで性格終わってるにゃ!!」


 私が舌を出しておちょくるように指をワシャワシャ動かすと、ランドは怒って何処かへ行ってしまった。


 馬鹿な奴め。こんな奴に付いて行くより、もっと別の良い道があるだろうに。







◇TIPS


[精霊]

物質の概念的な部分が現実化した存在。

水や火など分かりやすいものから、

人の生み出した道具などにも宿ることがある。


精霊の声を聞くには素質が必要であり

エルフなどは種としてその能力を備えている。


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