第11話 猫も歩けば竜に当たる
2日程で傷は完全に塞がった。
やはりゲームと違って、HPの自動回復速度は確実に遅くなっている。あの深い傷が2日と考えると異常な回復具合なので、ある意味妥当とも言える変化だ。
快復してから3日程はランドの手伝いで薬草を集めたり、拠点の周辺に魔物除けの薬を塗ったりしていた。
やはりと言うか、あの香辛料の匂いがする何かが魔物除けだと知って納得である。枝や草を刈って道を拓いたのもランドのようだ。
魔物除けは、この地で最も強いモンスターである地竜の糞を使っている。臭いで縄張りを主張する習性を生かして、他のモンスターを近付けさせないようにしているらしい。実に森暮らしらしいライフハックだが、どうやらアークマンティスだけは例外のようだ。
モンスターのデータによれば『格上であろうと獰猛に襲いかかる性質』ゆえ、奴らは森の何処にでも現れる。幼体時の共食いが酷く、成長出来る個体が僅かなのが救いだろう。
逆に過酷な生存競争に生き残ったと考えれば、どれもが無視できない強さを持っているという意味でもある。
私が倒した個体は、その中でも群を抜いて強かった。他の個体を一方的にバリムシャ出来るんだから、多分レベル80じゃきかない。恐らく90か、高ければ100前後はあった筈だ。そう考えると本当によく勝てたな私……。
尚、助けて貰ったお礼として、私が倒したアークマンティスの素材は全部ランドに渡してしまった。内臓は炒って粉末状にすると貴重な薬の材料になる為、非常に喜んでいた。
なので私もそれで手打ちにしてくれると思っていたのだが……。
「やだー! ボクも連れてくにゃ!」
「いい加減離れろこのクソ猫……!」
穴の空いた服もなんとか修復して出立の準備を整えた私の顔に、ランドがしがみついていた。クソッ、無駄にモフモフで柔らかいなコイツ……。
「なんで一緒に連れて行ってくれないにゃ!?」
「私は滅多に仲間を作らない主義なの!」
力付くでランドを引き剥がし、その辺に投げる。仲間を作ると余計な心配事が増えて、私が自由に行動できなくなるのだ。
「絶対嘘にゃ! 単にボクを連れてくのが面倒って顔してるにゃ!」
「よく分かってんじゃねーか! だったら大人しく引き下がれ!」
精霊術がある限り、ひっそりと隠れ住むだけなら問題はない。元々ケット・シー自体が、凶悪なモンスターの縄張りを隠れ蓑に集落を築いている。
私と来るということは、それを捨てて自ら無用な危険に首を突っ込むということだ。強い奴を端から端までしばき回すのが当面の大雑把な目的だからな。付いてくるなら、命の保証は出来ないし責任も取れない。
特に[精霊術士]は柔らかい魔法職。私のビルドが仲間の防衛に特化したタンクなら一考の余地があったが、このビルドだと正直後衛を連れて歩くのはランドにとってリスクしかない。
モンスターが後ろへと抜けた瞬間に、冗談抜きで8割死ぬ。そんな状況で楽しく剣を振れる程、私も大胆な性格はしていない。一人だからこそ、無謀にも思える立ち回りが出来るのだ。
「嫌にゃ嫌にゃ!! 一人はもう嫌なのにゃ!」
「じゃあ大人しく実家に帰るか自分で人間の国へ行け!」
「それも嫌にゃ!」
「あーもう……我儘か!? 珍獣として奴隷商に売りつけんぞ!」
「ケット・シーは人間の国と契約を結んでるから、勝手に奴隷にしたら犯罪にゃ!」
「ぐぬぬ……」
何言っても駄々を捏ねやがって。危険があることは説明したのに、まだ理解してない我儘な甘ちゃんがよぉ……。
こうなったら仕方がない、実力行使だ。
「さあ、ボクを一緒に連れて行くにゃ!」
「……分かった、ただし――私に付いて来られたな!!」
「に゛ゃっ!?」
私は颯爽と踵を返すと、全速力で走り出した。アークマンティスとの戦いで上がったAGIのお陰で、以前とは比較にならないほどの速度が出ている。
木々をみるみる追い越し、一瞬で周囲の景色が切り替わる。
「フハハハハ! あばよクソ猫!」
「待つにゃああああああああああ!!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいねえぞ!!」
背後で聞こえるランドの声も遠ざかり、数十秒もすれば完全に聞こえなくなった。その後も念のため10分程小走りし、追ってきていない事を確認してから足を止める。
「……撒いたか?」
気づけば、数日前にオークを狩って野営した場所まで引き返して来ていた。積もった灰と骨の残骸を見つけ、私は大きな溜息を吐いた。
自分が善人であるという自惚れは無いが、若干の罪悪感はある。行きたいのなら、自己責任で連れて行けば良いんじゃないかとも思った。それでも、抱えるリスクを考えば軽々と「連れて行ってやる」なんて口には出来ない。
「でだ」
これはランドから聞いた話だが、あのまま右――曰く西に歩いても高い岩壁にぶち当たるだけで何もないらしい。森を抜けるには南へと向かわねばならず、その方角にはオークの群れがいる。
私も記憶にあるオスカントの地図と、教えてもらった地形を照らし合わせて、大体どういうルートを取れば良いかは把握した。廃都市があるのが北なので、その逆方向へと歩いていけば良い。
「取り敢えずレベリングに、オークでも狩るか」
それと並行し、道中でレベルは最低でも80まで上げておくのも忘れないようにする。
◇
LAOの経験値システムは以前語ったが、モンスターを倒した際の詳しい内訳についてはまだだ。
基本的に討伐時には戦闘で動き回ったことによる微量の経験値と、討伐自体により加算される経験値の二つが同時に入ってくる。
ここで大事なのは後者の経験値だ。
実は倒した際のモンスターのレベルをプレイヤーが1でも上回ると、取得経験値は大幅に減少してしまう。逆に自分よりレベルの高いモンスターを倒すと、ボーナスが付与される。故に「自分より数レベル低いモンスターで楽にレベリング」は不可能ということだ。
1時間程狩りをして8体のオークを倒したが、その中で経験値が殆ど貰えない個体が2体いた。それらは戦った時点での私のレベルを下回っていたということになる。
どうやらオスカントに出現するオークは、かなり個体差があるらしい。恐らくだが、はじめに倒した個体、あれも80レベルに満たない弱いオークだったのだろう。かなり楽に倒せた理由が分かってスッキリした。
今の私のレベルは"59"。雑魚オークでのレベリングはそろそろ打ち止めだろう。
他に良さげな相手を探しつつ南下しているが、今のところ一度出会ったことのあるモンスターしか見ていない。猿型の"スケアリー・エイプ"とか、鳥型の"デス・コッコ"とかのモンスターもいる筈なんだが、棲息圏がこことは違うのか?
そう言えば、暫くモンスターの気配がしないな。森が不自然に静まり返っているというか、生き物が皆息を潜めているように感じる。
「……なんだ?」
かくいう私も、何か異様な空気を感じ取っていた。腹の底が落ち着かない、うなじの辺りがピリピリとする。嫌な感じだ、生物としての直感が警鐘を鳴らしている。
慎重に歩みを進めながら数分が経った頃、鼻腔に憶えのある臭いが漂ってきた。いや、知っている物よりも一層鼻を衝くような、濃い生物の臭い――
「これは、地竜の……」
地竜の糞だ。
排泄直後のせいか、臭いがかなりキツい。周囲の木々を見れば「ここは自分の縄張りである」と、示すかのように大きな爪痕が幾つも残されている。
成程、気付かない内に地竜の棲家に入り込んでしまったらしい。だが、肝心の家主は不在のようだ。何処へ行ったのかを確かめる為、私は少し周辺を調べて見ることにした。
「足跡、新しいな」
無数にある古いものの上から、南西へと足跡が続いている。
「ッ!」
そうして地面に出来た窪みを撫でた直後、少し先から悍ましい咆哮が聞こえた。
空気を震わせ、木々から鳥が羽ばたいて逃げていく。それだけじゃない、近くに潜んでいたであろう大型のテナガザルのような魔物、スケアリー・エイプの群れが私を傍目に一心不乱に音の中心から遠ざかっていった。
「……はは」
明らかに尋常では無い。恐らくあれが、今のが地竜の咆哮だ。私は気付かない内に手が震えていることに気付いて、思わず乾いた笑い声が漏れる。
だが、
「――ゃ」
その直後、微かに耳へ届いた声に全て上書きされた。
「――――にゃあああああああっ!!!!」
「あいつまさか……!?」
どう聞いても聞き間違いようの無い、ランドの声だ。
◇TIPS
[精霊術士]
精霊と言葉を交わし、その力を借り受けて行使する術士。
普遍的な魔術師と違い、
本人の魔力を用いない代わりに高い精神力を要する
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