第9話 猫キャラの語尾に「にゃ」を付けるのは非常にありがち

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった。いや、天井と言うか、木の枝と葉で無数のアーチが結ばれ、まるでドームのように空間を覆っている。


「……ッ」


 そして非常に体が痛い。筋肉痛と関節痛と骨折が、全部同時に襲って来ているかのような痛みだ。


 なんとか起き上がると、周囲を見回す。寝ていたのはなにかの草で編んだ敷物の上で、他にも人の手で作られたようなものがあちこちにあった。土を盛り固めて作った竈や、木の枝を使った吊るし収納。


 作業台らしきものとその横の籠からは、強い薬の匂いがする。あれは薬草かなにかだろうか?


「ここは……?」


 直近の記憶は、割とはっきり覚えている。アークマンティスとの死闘を制し、どちらが生物としての格が上かを分からせた後、出血多量で倒れたのだ。


 そして意識を失う直前、なんか猫が見えた。体を丸めて寝ている、茶色い毛並みで幼児くらいのサイズの猫だ。


「あ、猫」

 

 そう、私のすぐ横で服を着た猫が寝ている。薄いベストに、下はサルエルパンツという装い。服を着てちょっと大きい事以外は、完全に普通の猫だ。


「うにゃ……あ、ん?」


 猫は私が起きたのに気付いたのか、猫らしく大きなあくびと伸びをした。目は猫に良く見られる琥珀色で、顔を洗う仕草も実に猫っぽい。……私今何回猫って言った?


「あ、起きたかにゃ」


「は?」


 だが普通の猫とは違うと示すかのように、目の前のそれは喋った。非常に流暢な人間の言葉で――いや、問題はそこじゃない。


「いやあびっくりしたにゃ、帰ってきたらヒトが倒れてたから、ボクがここまで運んで助け――」


「語尾に"にゃ"って付けるなーーーーッ!!!」


「ニャベラァッ……!?」


 私は思わず渾身のグーパンを猫に放った。錐揉み回転しながら落下し、軽快な音を立てて弾む。


「な、何で今殴ったにゃ!?」


「あ、ごめん。安易なキャラ付けで語尾に"にゃ"を付ける猫が嫌いすぎて、つい」


「えぇ……?」


 猫は困惑した表情でこちらを見る。そりゃいきなり殴られたらこういう反応をするだろう。だがしかし、私は猫キャラあるいは猫耳のキャラが語尾に「ニャ」とか「ニャン」とか付けて喋るのが許せないのだ。


 どれくらい許せないかというと、何度訂正してもファイアーエムブレムをファイアーエンブレムと誤読する奴くらい嫌い。納豆混ぜた箸で大皿のおかず突っつく奴も嫌い。


「あとロングヘアーの美少女を作中で突然ショートにする漫画も嫌い。あと仮面のキャラの素顔を晒されるとちょっと悲しくなる、あと眼鏡キャラが眼鏡外した時のギャップがとても良いのは分かるけど、その後の話でずっと外したままになってる奴は本当に嫌い」


「一体何の話をしてるにゃ……?」


「気にするな、こっちの話だ。それから一応聞いておくけど、お前のそれは安易なキャラ付けの結果としてか?」


「い、言っている意味が分からないにゃ……ボクは生まれたときからずっとこの喋り方にゃ……」


「そうか、ならいい。殴ってごめんね、許して?」


「この人怖いにゃあ……」


 何を言うか、元の世界じゃ優しいお兄さんで通ってたんだぞこちとら。今は……あれだ、死にかけた後でメンタルがまだちょっと安定していないだけだ。

 

「それはそれとして、お前が私を助けてくれたのか?」


「そうにゃ、血だらけで倒れてたからボクが治療したにゃ」


 改めて自分の体を見下ろすと左腕は固定され、傷口に包帯が巻かれていた。籠から香った薬臭さもしているので、恐らく傷薬か何かを塗って貰っている。


「全身もれなくボロボロだったから、持ってた包帯全部使っちゃったにゃ」


「……そうか、ありがとう。正直あのままだと死んでた」


「お礼なんて別にいいにゃ、ボクも家の近くでヒトに死なれたら困るだけにゃし。あ、でもまだ動かない方がいいにゃ。左腕は骨が折れてるし、全身の筋肉もズタズタ、関節部の炎症で熱もあるにゃ」


 あ、ほんとに筋肉痛と関節痛と骨折が全部同時に襲って来てたのね。そりゃ痛いわけだ、全然無事じゃない。


「猫、名前は?」


「ボクはケット・シーのミ・ランド。ランドが名前でミが家名にゃ。おねーさんは?」


「フラム……いや、フラン。吸血鬼だ」


 そう言えばケット・シーなんて種族いたなぁ。いや、でも確かNPCとしては未実装だった覚えもある。次弾の大型アプデでネームドNPCが追加されると噂されてたから、名前だけは知っていたが……。


「……ああ」


 そうか、現実世界にアップデートは無いから、この先ゲームで追加される要素も全部初めからあるんだ。多分、レベル上限も私の知っている頃より高いだろうし、知らないエリアも増えている。


 つまり、まだ見ぬ強敵が何処かに大勢いるということ。オラわくわくすっぞ!


「フランは凄いにゃ、あの[傷負]のアークマンティスと互角に戦って、倒しちゃうんにゃから」


「当然だ、私は世界で5本の指に入る程強いからな。あんな虫けらと一緒にされちゃ困る」


「自己肯定感が高すぎるにゃ……」


 今のは半分冗談としても、5本の指に入るというのはある意味では事実だ。前にも言ったが、対人戦の戦績を競うPvPランキングは、ライバル数千万人の中で最高4位。総合的なポイントを比べるプレイヤーランキングでも、常に上位10位以内をキープしていた。


 クランランキングは所属クランが少数精鋭だったせいでいつも低かったが、ゲーム内だとそこそこ……それなりに有名だったと思う、多分。あ、でも一応ゲーム雑誌のインタビューも受けた事あるから!


 しかし私のプレイスタイルと性格のせいか、やけにアンチも多かったんだよなぁ。掲示板は常にアンチスレ立ってたし、PKプレイヤーキルクランに狙われたこともある。あの頃はログインを出待ちされて襲撃されるなんて日常だった。


 まあ全部返り討ちにしたんですけどね。最終的にそのクランのマスターをPKして、煽り散らかしたのはいい思い出だ。後で聞いたら15歳のクソガキだったらしく、泣きながら報復して来たからもう一回殺して装備全部ひん剥いてやった。


 ただ私はとても優しいので、その後オークションに相場の3倍の価格で流して回収させてあげている。


 因みにそのお陰で私のマイハウスが最高ランクに改築出来た。LAOはモンスター狩るより、こういうプレイヤーから剥ぐのが一番稼げるからな。


「惨めで草ァ!」


「急にどうしたにゃ!?」


「なんでもない、ちょっと敗北者に思い出し煽りをしただけだ」


「この吸血鬼、性格終わってるにゃ……」


 それは否定しないが、あの世界じゃ先に手を出したらどれだけ手酷い報復をされても自己責任だった。相手が高校生だろうと社会人だろうと関係なく、ゲーム内では皆等しい立場で殴り合いをしていた。右の頬を打たれたら、相手の両頬を往復ビンタしていい世界だった。


「ところでランドは一人でここに住んでるのか? 森はモンスターだらけで危険だろ」


「そうにゃ。なんでか理由、聞きたいにゃ……?」


「えっ、いや別に」


「そう、あれは数年前。ボクがまだミ族の集落にいた頃の話にゃ――」


「いいって言ったのに語り始めたぞ」


 意外と我が強いなコイツ。なんか長くなりそうだから、体も辛いし一回横になっとくか。


 おーイテテ……吸血鬼は頑丈で再生力も段違いとは言え、傷が深いと回復まで多少時間が掛かるらしい。傷口自体は塞がっても、炎症で発熱しているから全身怠くてかなわん。








◇TIPS


[PKプレイヤーキル]


一部のエリアを除き、行う事ができる

プレイヤーによるプレイヤーを殺害する行為。


殺した側は殺害対象のインベントリから

ランダムにドロップしたアイテムを幾つか手に入れる。

それらは盗品として扱われるため

正規の方法では売却が出来ない。

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