第42話 再会

「お似合いですね」

「そうか? あまり慣れないのだがね……」


 カルム様が玉座の席に座り、サマになっていた。

 いささか威厳を持つという意味では弱いかもしれない。

 だが、それもカルム様の優しさ溢れる顔だし気にすることではないだろう。


 私も王妃になったわけだが、特に何も変わらない。

 毎日ルビーと一緒に水の加護を与えて国を守っていく。

 カルム様の横に立っているだけでも光栄なことだ。


「カルム陛下、エウレス皇国のラファエル陛下がお見えです」


 カルム様の部下が慌てながら部屋の扉を開けた。


「わざわざカサラスまで来るとは。まさか……!? リリアに護衛を!」

「承知しました!」

「リリアよ、絶対に私から離れるでないぞ?」

「ルビーも近くで私を守ってくれていますし。なによりもカルム様がこうして側にいてくださっているのですから安心です」


 私は何を言っているのだろうか。

 カルム様と一緒になれたことに浮かれすぎているのかもしれない。

 むしろ、ルビーを巨大化させてカルム様をしっかりと守らなければ。

 ラファエルがわざわざここに来るということは、それだけ危険なのだ。

 状況を知ったイデアまでもが、私のそばで護衛をしてくれた。


 ラファエルが玉座の間に入ってくると、信じられないような表情をしていた。


「カルム王子よ、私は皇王になったのだよ」

「左様ですか。実は私も先日国王になりましてな。こうしてここにいるわけですが、ひとまず改めて挨拶を」

「な……なんだって!?」


 ラファエルが早速悔しそうな顔をしていた。

 皇王という威厳を使って、カルム様に対し色々と言いたかったのかもしれない。

 ラファエルは相変わらずわかりやすい人だ。


「ときにカルム王よ、この国はいつから水で溢れる都になったのですかな? とてもじゃないが砂漠の国の面影などないじゃないですか!」

「お褒めの言葉と捉えておきましょう。すべて聖女リリアのおかげですよ」

「な!?」

「彼女が水の加護を毎日欠かさず発動してくれたおかげで、我が国だけでなく隣国デインゲル王国も救ってくれたのです」

「やはりリリアは聖女だということか……」


 ラファエルがさらに悔しそうな表情をしている。

 歯をギリギリと動かし、顔も強張っていた。


「おっと、今ではリリアは私の妃になっていますからな」

「そ……そうですか、はは」

「ところでラファエル皇王よ、我が国に何の用ですかな?」


「え、えぇと、そうだな……。観光?」


 なんで質問なんだよ。

 タイミングが良かった。

 カルム様が国王に就任しているからこそ、ラファエルが今までのように何でも言えるような状況でなくなったのだから。


「あ、そうだ。ラファエル王よ、ひとまず水が欲しい。来るときに全て水を飲み干してしまってな」


 このとき、カサラス王国とエウレス皇国の立場が明らかに逆転していることを改めて再確認したのだった。

 まさかラファエルが水を求めてくるとは。


「一杯につき銀貨一枚で取引を行いましょう」

「なんだって!?」


「驚くことでもないでしょう? 我々の国がそちらの国から水を購入する際、一杯銀貨三枚と言っていたではありませんか。半額以下で驚いているのですか?」

「ぐ……それは……」


 そんな高値で水を買い取っていたなんて知らなかった。

 銀貨一枚で水を買うにしても、樽十個分くらいが相場なはず。

 ぼったくりもいいところだ。

 カルム様はあえてラファエルにそう提案しているだけだとは思うが。


「仕方がない。銀貨一枚で水をくれ」


 ラファエルは、水を勢いよく飲み干した。

 すると、生き返ったような表情をしていた。


「カルム王よ、取引がしたい」

「どんな取引を?」

「リリアを返してほしいのだ」

「却下だ!」


 カルム様は即答で返事をした。

 だが、ラファエルは必死に喰いついてきたのだ。


「仕方がない……。受け取った財宝の三分の一を返すからどうだ?」

「却下だ!」


 またしても即答だ。

 痺れを切らしたラファエルは、徐々に顔が強張っていく。


「そもそも、カルム王がリリアが聖女だと言わないで取引を持ちかけたのだろう? こんな卑怯なやり方で奪って満足か?」

「何をおっしゃっているのですか。私は何度も確認しましたよ? リリアは聖女でその力は偉大だと。それでもリリアを捨てるというのなら、国の財宝を渡してでも引き取りたいと」

「そうだっけ……?」

「貴国の大臣たちも私の発言で笑っていましたよね。よく覚えていますとも」

「過去のことはどうでもよい。ともかく、現在我が国は雨が降らず大変なのだ。リリアが必要になってしまったのだよ」


 あまりにも図々しく身勝手な発言ばかりだったから、つい私も声を出してしまった。


「またあの地獄のような生活を考えたら戻る気にはなれません。それに、今はこうしてカルム様の側に付き添うことが私の使命でありますのでお引き取りください」

「なんだと!? 貴様、私に対しては何も身体の奉仕をしなかったくせにその薄っぺらい体格の男は抱くとでもいうのか!?」

「はぁ……そんなことをこの場で言うとはな。ラファエル皇王には呆れてしまうよ」


 カルム様が大きくため息を吐いた。


「今をもって宣言する。金輪際エウレス皇国とは二度と関わらぬ。国交断絶だ。其方も二度とこの地に足を踏み入れるでないぞ!」

「い、いや、それは困る。このままでは私は皇王としてやれず、民も隣国へ移民してしまうかもしれないんだ」

「リリアに対しての暴挙、失言。本来ならばこの場で処刑になることをしたのだぞ」


 カルム様がこんなにも声を荒げているなんて初めてだ。

 私のことでここまで怒ってくれることが嬉しいが、少々怖い部分もある。


「くそう……人の弱みにつけこみおって……」

「おっと、我が国でも移民の受け入れは構わぬぞ? ただし、聖女リリアのことを悪く言うような者は拒否する」

「おのれ……。誰がこんな国に助けを求めるものか!」


 ラファエルは悔しそうな表情をしながら玉座の間から姿を消した。


「ふぅ……。ところでリリアよ、あぁは言ったものの民は心配だ。やはりエウレス皇国にまで水の加護を与えるのは難しいのか?」

「無理ですね……。距離が離れていますし、それに元々エウレス皇国は本来ここよりも人が住めるような環境ではなかったと聞いたことがあります」

「そうか。あのような者が皇王でなければ、向こうとも仲良くすることだってできたかもしれぬというのに。だが、いずれあの者は皇王の座から下されそうな気もするがな……」

「国のためにはその方がいいんですけれどね」


 当時、私はエウレス皇国の王族貴族、そして民衆からも散々酷い言葉をかけられてきた。

 当時の婚約相手がまともな人だったらそんなことにもならなかったのかもしれない。

 今更エウレス皇国の心配をしても仕方がないが、ラファエルが皇王になってしまった以上、滅ぶのも時間の問題なんじゃないだろうか。

 そんな予感がしていたのだった。

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