第41話 カルム様の告白

「リリアのおかげでデインゲル王国とも友好国になれた。水の加護だけでなく、国のことまで力を貸してくれて感謝したい」

「いえ、たまたま悪人を捕まえられたことがキッカケですから」


 今日はカルム様がやたらと私のことを褒めてくださっている。

 しかも、カルム様の個室に呼び出されて二人きりだから緊張もしているのだ。


「リリアよ……、実はデインゲルの王宮で話していたことでずっと気になっていたことがある」

「なんでしょうか?」

「交流会の時の記憶がないとか言っていただろう……?」

「そうですね……。馬車の移動くらいしか覚えていません。それがなにか?」


 私がそう言うと、カルム様は難しそうな表情をしながらうなっていた。

 当時の記憶がないことで何か困ることでもあるのだろうか。


「なるほど……。ならば全て今までの辻褄が合うか……」

「え?」

「リリアよ、大事な話があるのだ」


 聖女としての任務の話をしてくるに違いない。

 だが、二人きりで大事な話と言われたらドキドキせずにはいられなかった。


「は、はい……。どんな話でしょうか?」

「私の婚約者になってほしい!」

「むむむむむしろよろしくお願いします!!」


 いきなりプロポーズされてしまい驚いてしまった。

 だが、嬉しさのほうが優っていたため、即答で返事をしたのだ。


「……もっと躊躇われてしまうかと思っていた」

「嬉しくて死んじゃいそうです……。カルム様から言われた中で一番!」

「ふ……、リリアにそう言われるのはこれで二回目だな」

「え? 前にも言いましたっけ?」

「あぁ」


 私は結構記憶力は良いほうだ。

 カルム様の発言はだいたい覚えている。

 だが、カルム様に対して一番嬉しいと言ったのは今回が初めてだったはず。


「実はリリアの記憶をなくしたという交流会で、会ったことがあるのだよ」

「そうだったのですか!?」

「あぁ、交流会でリリアのことを知ったからこそ、エウレスの王子に交渉する機会を伺えたのだよ」

「どうして遠く離れたカサラス王国で、私が水の聖女だという噂が流れていたのか理解できました。でも、私自ら水の聖女などと名乗りをあげたのですか?」

「いや、ラファエルから永遠と聞かされたよ」


 ラファエルが私のことをまともに紹介するはずがない。

 散々クズだの偽聖女だのと言っていたはずだ。


「あの人が私を聖女と!?」

「いや、偽聖女がどうのこうのと……。リリアに対して皮肉めいたことばかり言っていたな。だが、直接リリアと接し、すぐに嘘だとわかったよ」

「何をしたのか気になりますね」

「一緒に踊ったのだよ」

「あれ……言われてみると……」


 何か思い出せそうな気がした。

 遠い昔、誰かとダンスをした記憶はある。

 そのダンスがあまりにも楽しくて、私はダンスを嗜むようになったのだ。


 もしかしたら……。


「カルム様が、私の人生の岐路を良き方向に導いてくれていたのですね」

「大袈裟だよ」

「私の記憶は曖昧ですが……。もしも交流会でカルム様にお会いできていなかったら、私は今頃エウレス皇国で……」


「それはこの国にとっても同じことが言える。リリアが来てくれていなかったら国は滅び、父上も病死していたことだろう。ところでリリアはこの国に聖女として連れてこられたと思っているのだろう?」

「え? 聖女の力でカサラス王国を水の都にする目的ですよね?」


 国の財宝の約三割をエウレス皇国に提供してくれたからこそ、私はこの国へ来れたのだ。

 私を救ってくれたからこそ、聖女としてこの国を救いたいと心から思えた。

 だが、カルム様はそれを今になって否定してきたのだ。


「いや、私は社交界でリリアと話していた約束を果たしただけだよ」

「一体どんな約束を……?」

「もしもラファエル殿下に不満があるようなら、必ず君を貰いにいくと言ったのだ……」

「えぇぇええ!?」

「はっはっは……まだ私もリリアも六歳だったか。あの頃からリリアに惚れていたのだよ」


──かぁぁっ


 私の顔がどうしようもないくらい真っ赤になる。

 あまりにも恥ずかしく、その上で嬉しかったのだ。


「表向きには国務として聖女リリアを引き取りたいということになっている。だが、私は個人的にリリアをそばに置きたかったのだよ」


 カルム様は、顔を赤らめながら、次々と説明してきた。

 もうこれ以上はやめてほしい。

 心臓の鼓動がすでにやばすぎるのだ。


「むろん、リリアがラファエルと幸せな生活を送れているのなら、私は手を引くつもりだった。だが、現実は違った。本心としては聖女の力よりもリリアが欲しかったのだよ。迎えに来るのが遅くなってすまないと思っている」


 私は、無言でカルム様の袖をギュッと引っ張った。

 するとカルム様は優しく私の身体を抱きしめてくれた。

 こんなに嬉しいことを言われ、幸福な時間になったのは生まれて初めてだ。

 もう感情を抑えることなどできなかった。


「しばらく、このままでいてほしいです」

「あぁ……」


 どうにかして社交界の記憶は取り戻したい。

 だが、無理なものは無理だろう。

 ならば、これからカルム様との時間を作り、幸せな思い出を作っていきたい。

 そう思ったのだ。


 ♢


 どれくらい時間が流れただろう。

 お互いに無言で抱き合い、カルム様の温もりを堪能していた。


「ところで、どうして今日いきなりこのようなお話を?」

「実は、まもなく父上が国王を引退し、私が引き継ぐことが決まっている」

「いよいよなのですね」

「明日、そのことを公表するのだが、その前に立場上婚約者を決めておかねばならなかったのだ」


 むしろ、このタイミングで感謝しかないが。


「王位継承ですか。しばらく忙しくなりそうですね」

「あぁ、来週には式をあげたい」

「急ですね」

「リリアがそれだけ活躍してくれたからこそだ。嬉しすぎて死んでしまいそうなのはむしろ私のほうかもしれんな……」

「死んじゃダメですよ!!」


 翌日、カルム様は民衆たちへ婚約と王位継承について公表した。

 これでカサラス王国で私は平和で幸せな生活を送れるのだろう。

 カルム様のおかげだ。


 そう思っていたのだが、事件はカルム様が正式に国王になった日の翌日に起こるのだった。


 ♢


「カルム陛下、エウレス皇国のラファエル陛下がお見えです」

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