第7話 イデアの力
「それは絶対にダメだ! 国の為といえど命を犠牲にするなど私は認めん!」
「ですが、私の使命を全うするにはこれしか方法が……」
カサラス王国が私を呼ぶためにどれ程財宝を費やしたか、国中がどれだけ大変な思いをしているかはよく分かったから覚悟を決めた。
水の恵みをもたらすために私をここへ連れてきたのなら、喜んでくれると思ったのに、返事は違ったのだ。
「とにかくダメだ! それでは私が一生悔やむことになる。命を捧げれば聖獣を呼び出すことができることはここにいる者以外には絶対に他言するな。良からぬ者がリリアを利用するかもしれんからな」
私のことを気遣ってくれるような発言は嬉しかった。
「でもこのままでは私はなんのためにカサラス王国に来たのか……」
「何を言っている? 既に十分来た理由がある!」
まだなにも役に立てていない。
カルム様が何を言っているのか理解出来なかった。
「私はどうしたら……」
「とにかく、たとえどんな状況であっても、命を捨てることは絶対に許さん。私を苦しめないでくれ。きっとまだ方法があるはずだ」
とは言ってくれるが、既に詰んでいる。
切り札の聖女の力が使えないとなれば、ラファエル達の言っていたように無能聖女と思われてしまっても仕方がない。
せめて湧水でも構わないのだが……。
「リリアよ、もしもこの先聖女としての力を発揮するのが困難だとしても、決して責めるでない。事情はわかっているのだから!」
どうしようもできないかもしれない状況が伝わってしまったのだろうか。
カルム様は慰めてくれるのだ。
だが、私だってこのまま何もできない無能聖女で終わらせる気はない。
「カルム様……。お気持ちは嬉しいのですが、たとえ命懸けになったとしても、水の加護をもたらせる方法をこの先も探していくつもりです」
強めの口調かつ真剣な眼差しでカルム様に言ったのだ。
カサラス王国が国の三分の一もの財宝をエウレス皇国に渡してまで私をここへ連れてきてくださった。
これが私にとってどれほどの救いだったことか。
ラファエルやマーヤにあれだけ無能だ無能だと言われ続けてきたし、結果を出さなければあの人たちの言うとおりになってしまうではないか。
私が何とかしなければ!
決意は変わることはない。
「気持ちは変わらぬ顔をしているか……。リリアの悩みに解決できそうな場所の心当たりがあるにはあるのだがな……」
「え!?」
カルム様は何故躊躇っているのだろうか。
遠乗りに行くときに教えてくだされば真っ先にその場所へ向かったというのに……。
「今まで黙っててすまない。だが、その地は危険があるかもしれぬ場所なのだよ」
「危険とは?」
「過去に登山で行った者が相次いで記憶喪失になって帰ってきた。医師に診てもらったところ、登山した時期だけの記憶が消えているらしく、その地に何かあるのではないかという話だ。私自身も過去に調査しようと試みたが、立場上危険な場所に行くなと皆に止められてしまってな。それ以降、秘密にしておくべく侵入禁止にしていたのだ」
「一体どこです?」
喰い気味に尋ねた。
それだけ私の調査したい気持ちは固いのだ。
「エドナ山脈だ」
「え? 前回の遠乗りでエドナ山脈の馬車で移動できる範囲までは行きましたが……」
「途中から馬車では踏み入れぬような急勾配になっただろう。その更に先が侵入禁止なのだよ」
確かに私が何も言わずとも御者がすぐにUターンして戻った記憶がある。
馬車ではあのまま先には行けないから特に気にもしていなかったが、そういうことだったのか。
「王族に伝わる噂では、大昔の聖女様か神様が残した不思議な力が眠っているという……。過去に調査した王族の者も揃って記憶喪失になってしまったから悪魔の力が眠っているのではないかという噂もあるが」
「それを聞いたら行くしかありませんね。例え侵入禁止だとしても、記憶を失ったとしても……」
このまま何もしなければ、カサラス王国はこのまま砂漠の国のままかもしれない。
どちらにしても命を使ってでも国を変えようとしたくらいだ。
ならば行ってみる価値はあるはずだ。
「危険なことに変わりはない。だからこそ今回は反対を押し切ってでも私も同行するが構わぬか?」
「カルム様まで!?」
「リリアが命を賭けてまで行動しようとしているのに、私が動かないでどうする?」
私とカルム様では立場が違うだろう。
義務としても成し遂げなければならない私に対して、国の王子ともあろうお方が命を賭けてまで動き、巻き添いを喰らってしまうかもしれないのだ。
理解ができずに難しい表情をしてしまった。
「やはり立場として考えると、私一人でその場へ向かった方が良いのではないかと……」
カルム王子はしばらく黙ったまま何かを考えているようだった。
流石に抗議しすぎてしまったか。
「リリアよ……もしかして財宝のことを気にしているのか?」
「国の三分の一を払ってまで交渉したと聞きました。故に私にはこの国に水の加護を与える義務があると思っています。たとえ命がけになろうとも」
「だからこそ、リリアが命を粗末にするようなことをされては困る。今はリリアもカサラス王国の人間だ」
カルム様の真剣な説得を聞いていたら私の気持ちが少しだけ変わる。
今までだって、自分の命を粗末にするつもりはなかった。
だが、ルビーをここに呼び出せなければ役に立てない。
「それでも私、そこへ行ってみます!」
「……話は聞いてました。私もエドナ山脈までお供しましょう」
「わ! びっくりした」
メイドのイデアが突然私の後ろ側に現れ、私に向かってそう告げてきた。
イデアは時々、いきなり姿を表すので驚くことが多い。
「ふむ、イデアが一緒ならこれ以上頼れるものはいないが、良いのか?」
「……当然。お嬢様を守るのも私の任務のはず」
イデアはカルム様に対して敬語を使っていない。
前々から気になっていたことだが、カルム様が先に答えてくれた。
「おっと失礼、先に言っておくべきだった。私はイデアとは昔から仲が良かったのだよ。流石に国務や玉座の間では敬語にしてもらっているが、それ以外では普段通りに接するよう話をしていたのだ」
幼馴染のようなものなのだろうか。
私もイデアからは敬語を使わないで仲良くしてほしいと思ってしまうが、今はエドナ山脈のことがあるので考えないでおく。
「イデアは生まれながらに魔力の才能がずば抜けていたらしくてな、王宮直属の魔道士として最初は仕えてもらった。おまけにこの若さで国の騎士団隊長もやっていたのだよ」
「……殿下、ずば抜けてはいない。お嬢様の力の方がきっと上。私では国を救えない」
「リリアよ、イデアも一緒ならば道中の命の危険は激減する。行ってくれるか?」
「勿論です。私から頼みたいくらいですので」
出発までの間、期待だけしかなかったのであった。
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