第6話 ルビーを召喚するために

 カサラス王国に来てから数日が経った今でも、カルム様やイデア、更に使用人も全員が私に優しくしてくれる。


 私は水の聖女として迎え入れられたはずで、まだなにもしてないのに手厚くもてなされているのが心苦しかった。


 直ぐにでも力になりたいと思っているのだが、何も出来ない理由もある。

 カサラス王国には、水が本当にないのだ。


 飲水さえ貴重、風呂に入れたのは一日目に無理して歓迎されたから。それ以降は、浄化魔法でなんとかしている状況。


 試しに私は風呂場で浄化魔法を発動させる前に、聖獣を出そうと試みた。


「お願い、出てきて……」


 しかし上手くいかなかった。

 聖獣は水を司るが、具現化でない天然の水があるところにしか姿を現せない。

 一日目の風呂に溜まっていた水で聖獣を出そうとしたが、魔導士たちが頑張って具現化した水だったのだ。


 これでは聖獣は出せない。


 更にこの砂漠の国に水をもたらすには、聖獣はあまりに力を発揮しにくい状況だった。


 そんなときにどのような場所でも聖獣を出現させ、力を与えられるのが聖女の力。


 ──私の生命力を削れば……。


 だが、死を早めてしまうため、生命力を消費して出すことは聖獣から禁止されていたので、どうすることも出来なかった。


 しかし、こうして迎え入れられた以上何かしなければと思い、イデアに雑用でもいいからと手伝えることがないかと相談してみたがいい返事は貰えなかった。

 絶対に雑用なんてさせてくれず、逆にいたためれない。

 私は、なんとか聖獣を出すにはどうすればいいかを考えるようになった。


 ♢


 カルム様が多忙で、なかなかお会いできない日々が続いてしまったが、今日は久々に会えたので、私の主張を聞いてもらうことにした。


「カルム様、私……遠乗りに出たいです」

 私は申し訳なさがあって気持ちを伝えることも考えていたが、聖獣を出すためにはわがままを言うしかなかった。

 しかし、カルム様は私のわがままに対し喜んでいるようで……。


「勿論構わない。ではリリアがいつでも馬を使えるように命じておこう。勿論操縦者と護衛もつけるが構わないか?」

「はい! ありがとうございます! 明日にでも遠乗りに出たいのですが……」

「ならば急ぎ支度を整えよう。リリア、気をつけて行ってくるのだぞ」


 これで国のどこかにあるかもしれない水源を探すことにした。

 水源さえあれば、聖獣が力を少しずつ得られるはず。

 そうすれば、雨を降らせることもできるようになる。


 私の使命を果たせる、そう思っていた。



「ここもダメそうね……」


 水の聖女として向かえ入れてもらった使命を果たしたい想いで遠くまで来たが……。


 結果として、水源は全く見つからなかった。

 温泉でも湧水でも自然の水であればなんでも良かったが、全くない。


「リリア様、ここは最も水が栄えていたと噂される聖地です。ここで水源がないとなると、やはりカサラス王国内にはもう……」


 悩んでいた私に、護衛は現状の水不足の厳しさを教えてくれた。


「そう……」


「聖女様……大量に仕入れた他国の水ではダメなのですかな?」

 御者は、馬を操縦する準備をしながら提案をしてくれたのだが……。


「それではダメね。聖獣に水で力を与えた加護は、水の根源の国にもたらすものなのよ。だからエウレス皇国で加護をもたらせていた力も、カサラス王国では無力になってしまう。カサラス王国で手に入れた水でないと意味がないの」

「厳しい状況ですな……」


 収穫はなかったが、まだ方法はあるかもしれない。


「一旦王宮に戻りましょう。私は諦めないわよ」


 結果として目的は達成できなかった。

 だが、カサラス王国の環境が大体理解できたので、決して無駄ではない。


 ♢


 王宮に戻り、旅の疲れも気にせずそのまま資料室にこもった。

 水源の手がかりがないか、手当たり次第に探してみたのだ。


 しかし、それらしい情報がない。

 本で調べて分かったことは、雨は数年間全く降っていない。

 水は他国から買い求めているか、魔法で僅かな量を精製する二通りしか入手方法がない状況ということだ。


 ──思ったより酷い状況ね……。


 資料室を出て、今度は王宮の外に出かけて街の様子を見ていた。


 王宮の近くの割には人はまばらで、エウレス皇国と比べてしまえば雲泥の差だ。


 商店には水を使って育つような食べ物があるにはあるが、どれも枯れていたり萎れている野菜である。

 量もほんの僅かしかない。


 魔力で創り出す水では良い作物は育たないからだろう。


「ママー、喉が渇いたよぉー、水が欲しいよ」

「ダメよ! 一日コップ一杯。守れないなら魔力を鍛えて魔法で水を作り出す努力をしなさい」

「魔力増やすなんてダンジョン行かなきゃ無理だよー」

「だから今のうちにダンジョンに入れるくらい一生懸命鍛えるのよ!」


 母親の厳しい叱責で泣いている子供を見たり街の活気の無さを見ていて心が苦しくなってしまった。

 カルム様が財宝を大量に払ってでも私を呼んだ理由が理解できたのに、私は何も役に立っていない。


 ──なんとかしないといけないわね……。


 だが、このままでは聖獣を呼び出せない。


 私は禁止されている生命力を削って私自身を生贄にして、聖獣に強力な力を捧げるくらいしかカサラス王国を救う方法は無いのではないかと思い詰めるようになった。


 ♢


 イデアが私の部屋に入り、いきなり頭を下げてきた。

「……お嬢様、申し訳ございません。本日の食材が僅かな量しか入手出来ませんでしたので、保存食を代用します。お口に合うかどうか……」

「そんな……謝らないで。毎日食べさせて貰えるだけで私は幸せよ。だから顔を上げて」


 気を使われすぎて、謝られてしまうのも心苦しいし、王宮ですら食糧難になるくらい、水不足の影響が甚大なのだと理解した。

 受け取った保存食を手にして私はふと、イデアを見つめた。


「イデア……あなたはご飯毎日しっかり食べているの?」

「……私は一日に一度は食事が与えられていますので問題ありません」

「問題大有りじゃないの!」


 私は慌てて受け取った保存食をイデアに渡し食べさせようとしたが受け取ってくれなかった。


「……お気持ちは嬉しいのですが、受け取るわけにはいきません。私がいただいてしまえば、メイドとしてはクビになるでしょう」


 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 想像以上に深刻なんだとはっきり分かった。

 私は覚悟を決めて聖獣を呼び出すしかないと考え、この後カルム様に打ち明けることにした。


 ♢


「リリア! 遅くなってすまなかった!」

 仕事を終わらせたカルム様が慌てて話をしに来てくれた。


 遠乗りに行ってからカルム様とは会えていなかった。

 故に急いで来てくれたことが嬉しい。

 久々に顔を見た時、私の心臓の鼓動が速くなっていた。

 でも今はそれどころじゃない。


「お久しぶりですカルム様! 大事なお話があります」


 私は全てを打ち明け、私自身を生贄にして聖獣に力を与え、カサラス王国に水の加護を与えると話した。


 黙って聞いていたカルム様の表情が恐くなっていく……。

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