第2話 カラム=カサラス
すぐに自室へ戻った。
肩に乗っかることができるサイズに小型化している聖獣『ルビー』が私を迎えてくれる。
「きゅーーー……」
ルビーは悲しそうな表情をしながら、汚れてしまったドレスを綺麗に浄化してくれた。
私はルビーの背中を撫でて、もふもふに癒されながら亡き両親の言葉を思い出して我にかえる。
大きくため息を吐いてしまった。
──水の加護を与える力で、砂漠の国を守ってね。
私が小さい頃、聖女だったお母様からはそのように教えられて生きてきた。
特殊な力を発動できる聖獣を、聖獣界から召喚できる能力を持つのが聖女。
聖獣のルビーを召喚し続けることで、本来は水とは無縁といえる程のエウレス皇国に水の恵みをもたらせていた。
──きっといつか感謝される日が来るから。
でも、現実はそうじゃなかった。
小型化しているルビーの愛くるしい見た目で聖獣とは信じてくれない。
本来の大きな姿になるためには、私の聖女としての力に加えて、もう一つ必要な力がある。
だが、エウレス皇国の状況では、その力が発動できない。
おまけに『エウレス皇国は水が豊富な国』だと上位貴族や王家の人間が認識しているのだ。
これでは民衆に聖女のことを知られることはない。
「ルビーは正真正銘の聖獣なのにね……」
ルビーは動物もしくはモンスター、それを利用して聖女だと名乗る悪女だと思われるようになってしまった。
ラファエルがそう噂を流し始めたのがきっかけである。
そしていつの間にか皆が私のことを『偽聖女』と決めつけ、恨まれ嫌われる存在になった。
それでも聖獣は出し続けて国を守ってきた。
恨まれている私は、今では感謝されたくてこの国を守っていたわけではない。
「ルビー、今までありがとう。遠く離れても私の大事な親友だからね。新しい国へ行ってもよろしくね」
「きゅーーー……」
ルビーは悲しそうな表情をしながら、元の聖獣界へ消えていった。
一度聖獣界へ帰ってもらわないと、新たな地で加護を発動することができず、いつまでもエウレス皇国で雨を降らせることになってしまう。
こればかりは暫く我慢するしか方法が無かったのだ。
ずっと一緒だった親友が消えてしまい、涙が溢れる。
泣いてしまった理由は、心の和みだった親友がいなくなってしまったことだけじゃない。
このエウレス皇国は十日もしないうちにきっと、水の加護が消えてしまう。
理不尽でも守ってきた国が衰退していく想像はしたくない。
地獄のような毎日でも、生まれ育った故郷を守れなくなることが悔しかったのだ。
エウレス皇国で過ごす最後の夜が更けていった。
♢
次の日、あっという間に荷造りを使用人たちがすませた。
「リリア様のために、早急に準備してやったわよ! もっと喜びなさい!」
確かに今までとは比べものにならないほど迅速かつテキパキとやってくれた。
余程早く消えてほしいのだろう。
使用人達も所詮はラファエルの手のもので、来る日も私の邪魔や嫌がらせばかりをしてきた。
エウレス皇国に私の味方などいなかったから、未練はない。
王宮を出て、久しぶりの日差しについ目を細めてしまった。
見送りと称して沢山の上位貴族達が集まっているが、皆私を憫笑している。
「不毛な土地に行かれるなんて可哀想に……」
「いなくなったら寂しいわねぇ、哀れな姿が見れなくなるんですもの……」
などと私に聞こえるくらいの声で呟いてくる者もいて、私は黙って誰とも目線を合わせないようにして歩き始めた。
王宮の外に待っていたのは……。
「お待ちしておりました。聖女様、どうぞこちらへ」
「これは……豪華な……」
見たこともないほどの装飾を携えた綺羅びやかな馬車と、燕尾服の使用人。
そして馬車の中から出てきた人は……。
「はじめまして、聖女リリア様。私はカルム=カサラス。カサラス王国の第一王子です」
「えっ……王子自らっ!?」
「当然のことです。この時がくるのをどれだけ私が待ち望んでいたことか……」
褐色の肌に優しい瞳。
この国の人間に比べればかなり痩せて見えたが、それでもなお力強さを感じるような眼力を持った方だった。
周りの大衆はこのことを良く思っていないようでバカにするような声が聞こえてきた。
「あの程度の国の王族だから、王子が来てもおかしくないわよね」
「聖女様ったら、知らずに喜んでいるなんて、なんてお幸せなこと……」
更に私達の邪魔をする様にマーヤが嫌味を言いにやってきた。
「水の聖女とまで言われた力、見せてくればいいわ。この土地はもともと水が豊富にあったのに、それを自分の手柄のようにするなんて卑しい女ね。せいぜい不毛の地で水の聖女っぷりをみせてくればいいわ!」
周りの声など気にもしないように目の前の王子は私にこう呟く。
「よろしく頼みます、聖女リリア様」
「はい……」
今まで暴力や嫌がらせ、いじめしか受けてこなかった私は、素直に喜ぶことはできなかった。
カサラス王国へ行っても、私は道具として扱われるのではないかと少しばかり思ってしまったのである。
でも、ラファエルたちの嫌がらせよりはマシだろう。
エウレス皇国の誰にも挨拶をすることもなく、馬車へ乗った。
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