無能聖女と呼ばれ婚約破棄された私ですが砂漠の国で溺愛されました

よどら文鳥

第1話 大勢の前で婚約破棄

「貴様との婚約破棄を申し入れる。聖女リリア」

「婚約……破棄?」


 貴族や大臣たちの集まるパーティーに私は呼ばれ、会場へ入った途端の出来事だった。

 目の前にいるラファエル=エウレス皇太子は、冷徹な目で私を睨みつけてくるのだ。


「そうだ。雨を呼ぶ聖獣使いなどと大それた名前を持って私の元に嫁いでこようとしたようだが、聖女という名だけで何の役にも立たないくせに権力を得ようとするようなグズなどいらん。私は実力派の魔道士マーヤと新たに婚約をする!」


 ラファエルの罵倒はもはや聞き慣れていて、『婚約破棄』と『嫁いでこようとした』以外の言葉は耳に入ってそのまま抜けていった。


「私は殿下の命令で婚約を──」


 それを口にする前に、ラファエルの手が飛んできた。


 ──パァーン


「口答えをするな。これは決まったことなのだ」


 パーティー会場にもかかわらず容赦なく私の頬を叩いてきた。

 ラファエルの視線が冷たく、頬は燃えるように痛い。


「あらあらラファエル様ったら……手が汚れますわよ」


 声の主の方を振り向くと、笑っているようにしか見えなかった。


「すまんすまん。マーヤに触れる前に、しっかりと手は洗っておこう」

「あら……ならば私の水魔法で」


 マーヤと呼ばれた女性は、ラファエルにその豊満な身体を押し付け、勝ち誇った表情をしながら私を見下してきた。


「水よ来たれ!!」


 パーティー会場だというのにもかかわらず、マーヤは魔法でバケツ一杯分程度の水を具現化してラファエルの右手を洗い流した。


「見ろ、マーヤの素晴らしい魔力を! これが貴様とマーヤとの力の差なのだ!」


 マーヤは疲れている様を誤魔化しているようだが、かなり息を上げている。

 どうやら彼女具現化魔法はこの量で疲れてしまうらしい。


 それよりも驚いたことは、皇太子ともあろう方がパーティー会場で婚約破棄をしてくることである。

 他国ならば騒然となるはずだ。


 だが、周りの貴族達は私を見て楽しんでいるだけだった。

 この状況を見ていても、誰一人止めに来ない。


「具現化魔法は高等技術だというのにこうも簡単に出来るとは、さすが魔道士マーヤ様だ!」

「リリアは口だけで一度もこのようなことをしたことがないだろう! 婚約破棄されて当然だ」

「嫌ならマーヤ様よりも凄いところを証明すれば良いだろう!」


 なるほど。

 どうやら王族と貴族の全員が、私のことを邪魔者だと認識しているわけか。

 今までも暴力的な発言や侮辱をされてきていたし、今回の件で間違いないことがわかった。


「私のそばにいるルビーという聖獣が証拠だと言っていますが」


「あんな気味の悪い生物はモンスターだと何度も言ってきただろう! 自分自身で何も出来ぬ愚かな女だ。こんな女と婚約をしていたと思うと手どころか心まで腐ってしまいそうだ……」


 皆が無能聖女だと言ってくるが、ルビーを呼び出すために、そして水の加護を発揮させるために私の聖なる力はほぼ全て使っている。


 その代わり、ルビーと私の聖なる力を混ぜてこの国に雨を降らせたりしているのだ。

 たしかに残された私の力では、マーヤのように水を具現化させる力はない。


 このことは何度も説明しているのだが、信用などされたことはないのだ。

 もはやルビーのことを悪く言う殿下に対して、何も言い返すつもりはない。


 そもそも、求婚してきたのはラファエルである。

 皇太子殿下のもとで仕えれば、聖女としての力も更に発揮できると思っていた。


 だからこそ政略結婚のような形で婚約したというのに。

 今のラファエルはこの女を余程溺愛しているのだろう。


 王宮で行われるパーティーで、あえてこれだけの騒ぎを起こしているところから見るに、皇帝陛下ももう承知の上なのかもしれない。


「貴様が今更何をしようとも婚約破棄に撤回はない。だが喜べ、貴様でも役に立つ時が来た。カサラス王国のカルム王子が貴様を迎え入れると正式に打診があった。『いずれ私は無能聖女とは婚約破棄する』と言ったらすぐに食いついてきたぞ。即答で返事を返してくれおったわ!」


 ラファエルの発言を聞いていた周りの貴族たちが響めきはじめる中、マーヤが私を見下すように皮肉めいたことを言ってきた。


「あんな不毛の土地に行けるなんて、リリアさまにはお似合いの場所ですわねー!」


 ラファエルはマーヤの発言を聞いて、首を縦に振りながら笑っていた。


「その通りだ。どうだ? 嬉しいだろう! あの不毛の土地、カサラス王国へ行けるのだ! 王都ですら水不足だと聞く。使者もあさましくうちの水を喜んで飲んで帰りよったわ! 更にお前を送り出せば、あの国の持つ財宝の三分の一を渡すと言ってきよった」


「……三分の一!?」


 国家の持つ財宝の三分の一というのは、それが引き金となって国が傾くことも十分にあり得る量だ。

 いや、傾かない方がおかしい。

 カサラス王国の王子は、私のためにそれだけのリスクを負ったというのか。


「水の聖女など名前だけで大した力もないことを知らぬ馬鹿な国よ。これで弱ったところに我が軍を差し向ければ、残りの三分の二も我が国のものになるというのに。だからこそ、今回のパーティーを開催したのだ。主役はもちろん貴様だリリア! 父上も喜んで公認してくださった貴様の追放パーティーなのだよ」


 ウィンド皇帝陛下の姿が見えないと思ったら、やはりそういうことだったのか。

 つまり国公認で私を追放したいらしい。


 どこまでもゲスな男は大笑いしながらマーヤと共に私の元から離れて、楽しそうに踊り始めた。

 周りの参加者も、催物が終わったかのように踊り始め、取り残された私はパーティー会場を立ち去った。

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