死んだ貴方は星じゃなくて夜になるのね(3)
わたしがたまたまコスモくんを知ったのは、お母さんが死んで、妙子さんの家に引き取られてしばらくしてからのことだった。
お母さんが入院しているあいだ家の仕事を一手に担っていたわたしは、妙子さんの家でも同じように家事をしようとしたけれど、妙子さんは子供の仕事は勉強と遊びと言って家事をさせてくれなかった。わたしもわたしでやりたくてやっていたことではないので、だんだんと家事から離れていったけれど、今度は時間を持て余してしまって、そんなときにMy tubeという暇つぶしを見つけた。
最初はネコとかアザラシの動画をぼんやりと眺めていたけれど、だんだんとMy tuberの企画動画なんかを観るようになった。観始めてみるとこれが意外と面白くて、一時間や二時間があっという間に過ぎるなんてことは当たり前だった。わたしはどんどん動画の世界にのめり込んでいって、いろんなチャンネルをザッピングするなかでコスモくんに出会った。
まだ三本目の動画で、話はたどたどしく企画も粗削り。キャラや路線だってぶれぶれで、素人が編集しただけの動画が垂れ流されている以上のものではなかった。他にもっと面白いMy tuberなんて星の数ほどいたと思う。だけど、コスモくんは言ったのだ。たしか前回アップした動画に一件、辛辣なコメントが寄せられて、才能がないとか誰かのぱくりとか、おまけに親の顔が見てみたいとまで言われて、次の動画の冒頭で少し寂しそうに笑いながら言ったのだ。
『親の顔が見てみてえってね、俺も見たいっすよ。知らねーっすもん。俺、施設で育ったから。施設の人はいつか迎えに来てくれるって言ってくれたけど、結局誰も来なくて。だから俺、それでMy tuberやってるみたいなとこあるんすよねぇ。有名になったら、どっかで母さんが俺に気づくかもしんねえっすもん。一緒には暮らせなかったけど、なんとか元気でバカやってんよって、伝わるかもしんねえっすもん。だから俺は才能なくても何言われても、My tuber辞めねえっすよ』
さ、気を取り直して――と、コスモくんは今回の企画紹介を始めていく。呆気にとられながらタブレットを観ていたわたしは我に返り、それから反射的に八乙女コスモというMy tuberをフォローする。六人目のチャンネル登録者だった。
たぶんコスモくんでなければならない理由なんて一つもなかった。ただお母さんを喪ったばかりの喪失感が、母親に置き去りにされたコスモくんと重なった。そして同じように、いやたぶんわたしよりもずっと、苦しみや寂しさのなかにいるはずなのに前を向いて笑いながら動画を配信するコスモくんを、わたしはかっこいいと思ったのだろう。
事実、わたしは救われた。コスモくんの動画を観ていると、胸の奥につかえていたものがゆっくりとほどけていって、せめて次の動画が投稿されるまでは頑張ろうと思うことができた。宝石病によって何もかもが変わってしまった生活を、毎日あとほんの少しだけ頑張る勇気を、コスモくんがくれたのだ。
たぶんわたしはいつの間にか、コスモくんのいない生活は考えられなくなっている。東京の学校にうまく馴染めなくても、周大のために自分のいろいろなことを犠牲にしてきたのに最近すごく煙たがられていても、コスモくんがいるからやってこれた。
だけど蜘蛛の糸を手繰って進むことでぎりぎり保ってきた日常は、また宝石病によって奪い取られる。そんな実感の伴わない未来の確定事項が、わたしの首をゆっくりと絞めつけていた。
こんなことを言っていると、そんなはずないとバカにされるかもしれない。けれど、推しのいなくなった世界でどうやって生きていけばいいのか、もうわたしには分からなかった。
†
四二万七〇〇〇円――。また数字の増えたオークションページをわたしは眺めている。
コスモくんの値段は少しずつ、でも着実に上がり続けている。人が明確に誰かの所有物になること。その価値が死によって完成されること。それはつまり、死につけられる値段であること。いろんなことがわたしに圧し掛かって、あるいは心のなかに捻じ込まれるように入ってきて、そのたびに胸の奥のほうがじくじくと疼痛を訴えていた。
わたしにできることはなかった。コスモくんにつけられた値段は、すでに貧乏な高校生が手を出すには高すぎたし、もし吐いて捨てるほどお金が有り余っていたとしても、人の死に値をつけるという行為へ自分が積極的に関わっていくことができるとは思えなかった。だってコスモくんの死に値段をつけることは、大きな話題になることもなくあっという間にトパーズになって死んだお母さんの死に些細な価値もないと認めるような、そんな気がしてしまうからだ。
金額がまた一万円上がった。わたしの気持ちはまた少し沈んだ。リビングのテレビでは大物芸人にいじられながらコスモくんが笑っていた。
「この子、最近よく出てるわねぇ」
おばちゃんがやってきて、テーブルに置いたお盆から取り上げたマグカップをわたしの前に移動させた。ミルクが入って濁った紅茶からは甘い香りが立ち込めていて、わたしは念入りに息を吹きかけてからそれを小さく啜った。
「宝石病、なんでしょう、この子」
「うん」
恐る恐る置いたようなおばあちゃんの言葉に、わたしは小さく頷いた。
「自分の死体に値段をつけるなんて、なんだか嫌ね」
「まあ、落札金はぜんぶ児童施設に寄付するみたいだし、いいんじゃない」
わたしは考えるより先に、コスモくんを擁護していた。おばあちゃんの言うことはもっともで、わたしだって確かに同じ気持ちのはずなのに、コスモくんを否定する言葉に同調はできなかった。きっと母親を宝石病で喪っているわたしを気遣ってのことだったのだろう。おばあちゃんはもう少し何かを言いたげだったけれど、何も言わずにチャンネルを変えた。切り替わったテレビ画面ではプロ野球選手が年棒一億で契約更新とテロップが貼り付けられ、爽やかな笑顔で球団の偉い人と握手を交わしている映像が流れていた。
けっきょく、ぜんぶ同じなのかもしれないと、わたしは思った。年棒一億円。時給一〇七二円。そして死体の売値四八万七〇〇〇円。生きていても間もなく死ぬとしても、わたしたちは常に自分の何かを価値と交換し続けなくちゃいられない。そしてその最も分かりやすい物差しの一つがお金なのだろう。わたしたちはその、自分にぶら下げられる価値の多寡に一喜一憂して生きるのだ。
わたしは少しだけぬるくなった紅茶をぐっと飲み干した。マグカップをシンクへ運んで水につけ、逃げるように部屋へと上がった。ベッドでうつ伏せになって目を閉じると、見覚えのある笑顔が浮かぶ。だけどわたしは、それがコスモくんのものなのか、それともさっき見た名前も知らない野球選手のものなのかすら分からなかった。
†
そんなふうに心を振り乱される日々がしばらく続いて、コスモくんは死んだ。割と呆気なく、テレビで笑っていたことなんて夢だったみたいに、コスモくんが死んだ。
朝のニュースで彼の訃報を知っても、やっぱり涙は出なかった。界隈のみんなSNSでコスモくんとの思い出を、コスモくんのことをどれだけ好きでいたかを投稿していて、宝石病になってからついた新規のファンのほとんどはとくに何も言わず、打ち寄せた波が必ず引いていくように、静かにいなくなっていた。
ところで、ラピスラズリになったコスモくんの落札金額は最終的に七〇〇万円にまで跳ねた。
伸びた、ではなく、跳ねた、なのには理由があって、八〇万円くらいで動きの鈍くなっていたのだけれど、とうとうコスモくんの左半身のほとんどが宝石化したという配信のあとで五〇〇万円の入札がぽんと飛び込んだ。競合する人が一万円だけ上乗せすると、すぐに七〇〇万の入札、勝負が決した。
落札者の名前は今のところ明かされていない。七〇〇万円もの大金をすぽんと出せる大金持ちであることは間違いがなくて、わたしはできれば最大瞬間風速で時の人になったコスモくんの安らかな眠りを願う人であってほしい、と思った。
そんな矢先のことだった。久しぶりにすーぱーささきちゃんからのDMが届いた。コスモくんの宝石病の件で何日かに一回やり取りはしていたけれど、彼が亡くなってからは初めてのメッセージだった。
「え」
珍しい長文のメッセージを読み始めてすぐに、唖然としたわたしの手からスマホが滑り落ちた。フローリングを叩いたスマホが嫌な音を立てて、わたしはすぐに我に返って落としたスマホを拾い直す。画面には右側に蜘蛛の巣みたいな細かい罅が走っていて、わたしは亀裂の向こうに見えるすーぱーささきちゃんからのメッセージをもう一度読み直す。
まきこちゃんおっひさぁー、元気してた? 突然なんだけどね、うち、無事にコスモくん落札の手続きが完了して、正式にコスモくんの持ち主になりました! じつはぁ、七〇〇万円の落札者はうちだったのです! ぱちぱち~。それでね、それでね、今度コスモくんの追悼オフをホテルニューオータニでやろうと思うの~。もちろんコスモくんも連れて行くよん。前に関東って言ってたから、まきこちゃんにも来てほしいな。くわしいことは、リンク貼っとくから見てねぇ!
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