借金

「というわけできっちり支払ってくださいね」

助けてくれた女性、アンリエッタが提示したのは、見たことのない金額だ。


国家予算だろうか?


「すまない、俺様の見間違いか?0が多いような気がするが」

ロキは何度も目を擦り、瞬きを繰り返すが、数字が減ることも変わることもない。

 

ロキは無茶をした代償で、一週間寝たきりとなっていた。


アンリエッタはロキを街に運び、医者を読んだり、呪術師を呼んで解呪を頼んだりと、甲斐甲斐しく動いてくれたそうだ。


ロキの魔法が回復属性となって、ようやく完治することが出来た。


するとアンリエッタが改めて契約書を見せてくれる。


助けてくれたお礼に、報酬を支払うという内容が書かれた契約書だ。


(いや署名した覚えはあるけど、こんな法外な値段だったろうか?)

この契約をしたのは意識朦朧としていた時で、助けてくれたらいくらでも払うとロキも確かに言った。


口約束では心もとないとアンリエッタに言われ、力のない手で震えながらサインもした。


「間違いないです。あなたを助けるために奔走したこと。あなたの為に呼んだ医者と呪術師への謝礼金。あなたを街まで連れてくる為に頼んだ深夜の馬車代、ここの部屋の滞在料金、そして……」

アンリエッタは眉間にシワを寄せながら言う。


「あなたを助けるために婚約破棄された私への慰謝料が含まれています」


「はぁ?!」

内訳の最後に、飛んだ爆弾を投げられた。








アンリエッタは貴族らしい、しかも高貴な身分だそうで。


冒険者ギルドにも登録していて、ダンジョンに潜ることもあるが、普段は慎ましやかな生活を送る貴族令嬢らしい。


魔力は使うと鍛えられるし、魔力の高さは貴族のステータスともなるので、遠慮なく魔法を使うにはダンジョン、いや魔物退治は丁度いいものだった。


冒険者に混じり、ギルド登録する令息や令嬢は案外いるそうだ。


アンリエッタもその一人。


あの日、帰ろうとしたアンリエッタはギルドでたまたま聞いた話が気になっていた。


今日ダンジョンに行ったよそ者が帰ってこないと。


夜になれば魔物の力は増す、だから、夜になる前に戻ってくるのが通例だ。


なのに夜になっても帰ってこず、しかも初めてここのダンジョンに潜る冒険者。


死んだのではないかと心配になった。


アンリエッタも魔力は高く、腕には自信があるほうなので、中層くらいまでは見に行った。


しかしロキが居る痕跡はない。


皆が帰る中、アンリエッタはもう少し待ってみようと思い、ダンジョンの入口付近で待機していた。



恩も義理もないし、関係ない人だが、妙に気になる。


それだけの為に深夜まで待っていた。



そろそろ帰ろうと思った時に、その内に救命信号の音を聞きつけ、駆けつけてみる。


そうしたら満身創痍のロキが倒れていたのを見つけた。


体には呪いを受け、黒く変色した肌が見える。


急いで手持ちの聖水を振りかけ、回復薬も飲ませ、一人では運べないからと馬車を呼びに街に走った。


あれよあれよと看病しているうちに、アンリエッタは家への連絡を忘れてしまった。


翌日の婚約者と会う約束もすっぽかしてしまい、訝しんだ婚約者が調べると、アンリエッタはロキの看病につきっきりだ。


縁もゆかりもない冒険者に対して親身に接し、婚約者を蔑ろにした。


不貞を疑うには充分だった。


アンリエッタの婚約者は、自分よりもぽっと出の冒険者を優先したと憤慨した。


貴族としてのプライドもあり、アンリエッタの実家は大いに責められた。


婚約破棄、そして多額の慰謝料の請求、そしてアンリエッタの貴族籍を剥奪することを条件に言われた。


婚約者側の方が爵位が上なのもあり、アンリエッタの父は泣く泣く受け入れるしかなかった。


「あなたを助けたが為に、私には何も残らなくなりました。お金以外で、どう責任を取るつもりです?」


「すまない……」

若き女性の人生を潰してしまったのだ、ロキは本当に悪いと思っている。


「まだまだ借金は減らないか…」

酒場で項垂れ、ぼんやり呟いた。


時折アンリエッタの監視の目をかいくぐり、こっそり受けていた仕事の報酬でちょこっと飲みに来た。


早めに借金は返したいが、息抜きもないとなると辛い。


「美人で魔力も高い。気配りも出来る。それが俺様みたいなのを看病するために婚約破棄だなんて、かわいそすぎる」

婚約破棄の慰謝料も破格の値段だった。


相当怒ってるのだろう、と思われる金額だ。


ロキもかなり稼いでいるが、まだ元金にすら届かない。


そんなこんなで各地のダンジョンを回ってお宝集めに奔走することとなった。



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