第1話 剣の上達と…

剣技訓練が始まってから、もう三ヶ月が過ぎた。最初はただ振り回していただけだった剣も、今では少しずつ、形になってきた。ガウェインの教えを受けて、私は確実に進歩している実感があった。しかし、それでもまだ足りない。彼のようにしなやかで鋭い剣を振ることはできない。今はただ、自分の動きを必死に追いかけるだけで精一杯だ。


庭の練兵場では、いつものようにガウェインが素振りをしている。彼の動きは、まるで一つ一つが無駄なく洗練されているように見える。私はその後ろで、何度も何度も繰り返して素振りを続けていた。体はだんだんと重くなり、腕が上がらなくなる。しかし、ガウェインの視線が私を追い続けるので、私はそれに応えなければならない。


「レミア、右足をもっと前に出せ。バランスが崩れているぞ」


その言葉を聞きながら、私は何度も試みた。だが、右足を前に出しても、今度は左足がうまく踏み込めない。体が言うことを聞かない。それでも、私は必死で続けた。


ガウェインは何度も修正を加えながら、冷静に指導してくれる。そのやり方はとても優しく、でもどこか厳しさを含んでいる。最初は正直、心が折れそうになったこともあったが、彼の言葉には不思議な力があった。今では少しずつ、体が覚えてきたような気がする。


だが、ある日の訓練の後、ガウェインが珍しく早めに切り上げることを提案してきた。


「今日はもう終わりにしよう、レミア。お前もだいぶ疲れてるだろう?」


私は驚いてガウェインを見た。普段ならば、訓練が終わることは絶対にない彼が、急に切り上げを提案したのは初めてだった。


「え?今日はまだまだ大丈夫だけど……」


私は反応したが、ガウェインは微笑みながら首を振った。


「いや、今日は別のことがあるんだ。明日、フィリップ家に王子が来るの知っているだろう?」

「王子が……?」

「ありゃ。忘れていたか」


私はその言葉に驚き、思わず言葉を詰まらせた。王子――ルカス・ダイスカルア王子は、アカシック・エンブリオにてメインの攻略対象となる。ヒロインがゲーム上で一番初めに出会うヒーロである。

短い赤髪で炎の魔術と魔剣ヴィルヘルムを携えて幾度の困難を跳ね除ける。私には、そこまで推しとかそういうものはないのだが…ときめかないわけでもない。

つまりは、私がこのゲームで一番好きだったキャラクターだ。

そんな彼がフィリップ家に来るというのは、非常に大事な出来事だった。王子の訪問は、家族や屋敷にとって、大きな意味を持つ。

彼は、国王の3人目の男子であり、王族での継承権は3位に位置する。


「それって、すごく大事なこと…ですよね?」


私は少し不安げに尋ねたが、ガウェインは真剣な表情で頷いた。


「もちろんだ。お前も知っているだろう?王子が来ることで、家族全員が対応しなきゃならない。ましてや、敵国に最も近い我が北方の地にやってくるのだ。俺も少し準備しないといけない。だから、今日の訓練はここまでだ」


私はその言葉を聞いて、少し戸惑った。王子が来ることは重要なことだとは理解していたが、どうしても訓練を続けたかった気持ちが強かった。それに、王子の来訪なんて、私にはまだ何の関係もないと思っていたからだ。

アカシック・エンブリオの世界は魔術学園島…グリファスを舞台にしている。兄様は来年から通うことになっているが私が通うのは2年後だ。

いや、違う。

レミアは、もう王子に出会っているはずだ。記憶が抜けているのか、すっかり忘れていた。ゲーム上では彼女は8歳の頃に王子と出会って一目惚れしたのであった。それゆえに王子に固執していたのだ。

剣技で頭がいっぱいになっていて、目的を忘れていた。

私はふうっと息をついて、肩を落とした。


「わかったわ。じゃあ、少し休むことにする。」




その後、私は屋敷内を歩きながら、家族がどれだけ緊張しているのかを感じ取った。母はメイドや使用人に指示を出し、父は王子にふさわしいもてなしができるようにと、気を使って準備していた。私も何かしら手伝いたい気持ちはあったが、何をしていいのか分からなかった。


ガウェインの言葉が頭の中で響いた。訓練のことを考えると、まだ足りないところがたくさんあったけれど、王子の来訪という事実が、私に家族としての役割を再認識させてくれた。家族を支えるために、自分も何かできることをしなくてはならない。だが、まずは目の前の現実に向き合うことが大事だということを、改めて思い知らされた。


「私ももっと強くならないと」


心の中で呟きながら、私は一度深呼吸をした。少しでも無駄にしないように、これからの時間を有意義に過ごさなければならない。そして、ガウェインとの訓練は、私にとっての大きな糧になるだろう。王子が来る日がどれだけ私が力になれるかわからない。

それでも私は、自分にできることを全力でこなすつもりだった。


その後、私は屋敷内を歩きながら家族が忙しく準備をしている様子を見かけた。父は王子を迎えるための会話の準備をしており、母は料理やおもてなしの段取りに追われている。スタッフたちも慌ただしく動き回っていた。その中で、私はいつの間にか家族に手伝えることを見つけては積極的に参加していた。


「お母様、何かお手伝いできることはありませんか?」


厨房で忙しくしている母に声をかける。母は少し驚いた顔をして私を見上げたが、すぐに微笑んで言った。


「レミア、ありがとう。ちょうど手が足りないところだったの。お願いできる?」


私は無意識に笑顔を見せ、母の指示通りに手伝いを始めた。私の動きは無駄がなく、かつ自然に他のスタッフと調和していたため、誰も私の存在を邪魔だとは思わなかった。それどころか、私が手伝いに加わることで、空気が少し和んでいるのを感じた。


その後、父にも「何かお手伝いできることがあれば言ってくださいね」と声をかけてみた。父はしばらく考えてから、書類の整理を頼んでくれた。それを聞いて、私は急いで父の元に向かい、書類の整理を始めた。何も特別なことはしていない。ただ、ただ言われた通りに動いているだけなのに、何故か家族の顔にほっとした表情が浮かんでいるのを見て、少し驚いた。


私は自分が何をしているのか、何を目指しているのかをよく理解していなかった。ただ、家族ともう一度信頼関係を築きたかった。以前の私が何をしていたのかを考えると、それがどれほど遠いことだったのかを実感する。だからこそ、私は何も言わずにただ行動していた。

そう言えば、父さんと母さんにはこういう事出来てなかったなと少し、多分もう二度と会えないだろう片側の記憶の家族に思いを馳せる。


その日は、夕食の準備が整うころには、翌日への準備がすべて整っていた。母も、父も、そしてガウェインも、私が手伝ったことを自然に受け入れ、どこかほっとした様子だった。私はそれを見て、少し安心した。


でも、私は気づいていなかった。自分が家族にとって、少しずつ「頼りにされる存在」に変わりつつあることを。無意識に振る舞っていたが、その一挙一動が、まるで家族の信頼を少しずつ取り戻していく手助けとなっていたのだ。


それが、私にとってはただの努力に過ぎなかった。ただ、人に頼りにされることが嬉しかっただけなのだが、家族の反応を見ていると、どうやらそれが自分にとっても、彼らにとっても大切なことだったのだと気づくのである。




月の光が窓から差し込む中、私は机に向かい、これからの計画を練っていた。白い羊皮紙が目の前に広がり、その端には羽ペンが置かれている。

普段なら、こんなことをするのは億劫に思えるのに、今日は違った。王子、ルカスとの再会――その重要性を考えれば、この時間を軽視するわけにはいかなかった。


フィリップ家の長女として、王族に対して失礼があってはならないのは当然だ。だが、それ以上に私には個人的な事情があった。この世界に転生した今、私は悪役令嬢という立場にいる。それは、物語の中で常に破滅を迎える運命を背負ったキャラクターだ。

私の目標は、この運命を変えること。王子との関係も慎重に築く必要がある。近すぎても、遠すぎてもいけない。そのバランスが私の未来を左右するのだ。


一つ目の計画:「礼儀正しさを第一に」


羽ペンを取り、紙に文字を記す。まずは基本中の基本、礼儀だ。貴族の令嬢として、王族に対する敬意を欠くような言動は避けなければならない。しかし、それはただ形式的に頭を下げるだけでは不十分だ。相手に「心から敬意を持っている」と感じさせるためには、微妙な言葉遣いや立ち振る舞いも重要になる。


「過剰な謙遜は避けるべき。けれども、自分を持ち上げすぎない程度の自信を持つ」

そう自分に言い聞かせながら、思いついた例をいくつか書き出してみた。挨拶の仕方、声のトーン、そして微笑みの角度。これらを自然にこなすにはレミアの記憶が頼りだ。今さら、直そうとしてもどうあがいても付け焼き刃だ。

レミアの思考からの言葉に御園沙織の思考でチェックを行う。これしかない。


二つ目の計画:「距離感を大切に」


次に、私は「距離感」という言葉を書き出した。過剰に親しくしようとすれば、「馴れ馴れしい」と思われる危険がある。実際、ゲームでもレミアは王子に自分の立場を利用してベタベタと王子に引っ付こうとしていた。一方で、冷たく接しすぎれば、ただの無礼者と見なされるだろう。その中間を探ることこそが、今回の最大の課題だ。


「相手がどう感じるかを考え、行動すること」

これは過去の人生ではあまり意識したことがなかった。けれど、今の私には必要不可欠なスキルだ。彼の言葉や表情を注意深く観察し、それに応じた対応をする。会話が膨らみすぎないよう、適度なところで切り上げることも重要だと考えた。


三つ目の計画:「話題を慎重に選ぶ」


次に考えるのは会話だ。王子と何を話すべきか、それが一番の悩みどころだった。ありふれた話題では退屈に思われるかもしれないし、逆に突飛な話題は不適切だ。私の目的は、あくまで「印象に残る」ことではなく、「無難に過ごす」ことなのだから。


「趣味や日常の話題を軽く振りつつ、彼の意見を引き出す形にする」

そう結論づけて、具体的な質問例をいくつか紙に書き込んだ。例えば、「最近、王都で流行しているものをご存じですか?」とか、「王家の庭園は四季折々の風景が楽しめると聞きました」といった具合だ。これなら、彼に不快な思いをさせるリスクは低いはずだ。

……ダメだ。

剣技しすぎて、今の流行り全くわかんない。

うん。これは、パスだ。

書き記したものにバッテンで上書きする。


四つ目の計画:「自分を自然体で見せる」


最後に考えたのは、「無理をしすぎない」ことだ。これまでの人生で学んだ教訓の一つは、自分をよく見せようと努力しすぎると、必ずどこかでボロが出るということだ。私は自然体でいることが、かえって好印象を与えることに繋がると信じる。


でも、それが『自然体』って一番難しいんだけどね

そう心の中でつぶやきながら、羽ペンを置いた。計画を立てるのは良いが、すべてがうまくいくとは限らない。結局のところ、彼との会話がどんな方向に進むかは、私がコントロールできるものではないのだ。

最後に紙を見つめ、深呼吸をした。私がどれだけ慎重に準備をしても、王子とのやり取りの中で予想外のことが起きる可能性は十分にある。それでも、私は自分ができる限りのことをしようと思った。この出会いが私の運命を変える一歩になるかもしれないのだから。


「さあ、あとは実践あるのみ」

そう自分に言い聞かせ、私は机から立ち上がった。計画がうまくいくことを祈りながら、ベットへとダイブする。

「せめて、相談できる相手位は欲しいわ。」

そんなアリもしない願いを口にして瞼を閉じた。

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